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【2024年】私の推し本(自由が丘翻訳舎メンバー)


曽根田愛子の推し本

2024年はまわりの人にいいことがたくさんあって、ぜんぶ心からうれしいと思えて徳を積んだはずなので、2025年にいいことがあるのはわたしだと信じています。

『一年一組 せんせいあのね』(鹿島和夫、理論社、2023年)
小学校で英語を教えていると、たまに低学年の児童が英語を言えず「せんせい、ひらがなでこたえていいですか?」と訊きます。日本語という言葉を知らないからだろうけど、うまいこと言うなあと思います。そういう類のセンスがこの本につまっていて、書店で立ち読みした時、吹きだして、泣いてしまいました。ちゃんと買いました。

『太陽帆船』(中村森、KADOKAWA、2024年)
短歌集。今年、純粋に自分のために買った貴重な一冊。装丁もいいし、どこから読んでもいいし、朝、午後、真夜中いつ読んでも合う。読む時々で絡めとられる句がちがって、なんだか健康診断を受けているみたいになります。正直、こういう本に反応できる感性がまだ自分にあるとわかって、わりとホッとしました。

『My Mate Shofiq』(Jan Needle, 1978)
レジュメ作成のクラスで課題になった本。とても古くて、邦訳が出る可能性はほぼなくて、持ち込み目的で探してもたぶん自力でこの本にたどり着くことはないからこそ、読めてよかった一冊でした。貧困と暴力と理不尽のもと、人種の違うふたりの少年が手探りで友情を築いていく。もう後がなくて肩を寄せあう冬のシーンが印象的。思いかえしてまた読みたくなってきました。

2025年もいい本との縁がありますように!

本間綾香の推し本

今年の年始に引いたおみくじは小吉でした。ケッと思って見なかったことにしたのですが、振り返ってみるとわりと当たっていたというか、いろんなことが思い通りに進まず、鬱々とした気持ちで過ごすことが多かったです。幸い大惨事みたいな場面はなかったので、凶ではなくやはり小吉的な一年だったと思います。

さて、今年の私の推し本は、phaさん著『パーティーが終わって、中年が始まる』(幻冬舎)です。これは念願の蟹ブックス(高円寺)に行ったときに購入しました。この本は、シェアハウスを運営しながら自由な半ニート生活を送ってきた著者が、40代になり、一人暮らしをしながら人生の下り坂の長さに途方に暮れている現在の心境を綴った作品です。タイトルが近年の私の気持ちに重なっていて読んでみたいと思っていたのですが、中身もやはり共感する部分が多々ありました。

私もハレだった頃の自分を時々目を細めて懐かしみながら、今は粛々とケの日々を送っています。もうあの気力も体力も残っていないし、メンタルぐちゃぐちゃなあの頃に比べたら、今はのっぺりと低め安定で生きていて、良くも悪くも凪です。

ノードラマな毎日に飽きてたまに刺激が欲しくなったときは、得体の知れない人たちとひとときだけ人生が交わった頃の思い出をエイヒレのように味わって、「あの人は今頃どうしているだろうか」と考えます。そして、どれだけ残っているかわからないこの先の時間を思い浮かべながら、また十年かそこらで最後の線香花火のように、昔とは違ったハレの日々が訪れるのではないかという予感もしています。そうなったらいいなと期待がほんのり膨らんできて、健康維持に努めようという気にもなるのです。

というわけで、2025年からはピラティスを始めようと思っています。

岡田ウェンディの推し本

辰年の2024年も終わりですね。ドラゴンイヤーということで、今年の夏に早川書房から刊行された全米で売れに売れているロマンタジー(ロマンス+ファンタジー)小説をご紹介します。
 
『フォース・ウィング――第四騎竜団の戦姫―〔上〕』
レベッカ・ヤロス著
原島文世 訳
早川書房
2024年9月4日発行

ストーリー★★★★★
ヒーロー ★★★★★
ヒロイン ★★★★★
ハラハラ ★★★★★
切ない  ★☆☆☆☆
笑える  ★★☆☆☆
ホット  ★☆☆☆☆

ファンタジーはその世界観に浸れるかが重要だと思うので、ちょっとまとめてみます。
・架空の王国ナヴァールと近隣のポロミエルは400年以上にわたり敵対している。兵器としてナヴァールは竜、ポロミエルはグリフォンを使用。
・ナヴァールのバスギアス軍事大学(ここがお話の舞台)には、騎手科、書記官科、治療師科、歩兵科がある。中でも竜に乗る騎手科が花形だが、とんでもなく危険な訓練が課され、生きて卒業できる者は少ない。
・主人公のヴァイオレットは二十歳で、小柄で華奢でひ弱だが、賢くて優しく勇敢。そもそも書記官になりたかったが、軍司令官である母親の命令で騎手をめざすことになった。
・ヴァイオレットの母親は、数年前の反乱軍の首謀者を数多く処刑したため、その子供たちに恨まれていて、その恨みはヴァイオレットにも向けられている。
・反乱軍に加わった者たちの子供には、「反乱の証痕(レリック)」が体のどこかに刻まれている。
・命がけの試験をパスすると、竜と絆を結べるかどうかを試す試煉(しれん)を受ける。誰と絆を結ぶか選ぶ権利は竜にある。
・竜と絆を結ぶと、竜から皮膚に魔法で名誉と力の象徴である証痕をつけられ、それを通じて小魔法が発動する。また、自分の竜とだけテレパシーみたいなもので会話ができるようになる。自分の考えていることはすべて竜につつぬけになる(!)
・それぞれの竜と騎手の固有の絆によって、炎や氷、水、影、嵐などを操る力や、人の記憶を読む力、人の思考を読む力である「験(しるし)」を与えられる。
序盤からいきなり命がけの試練がヴァイオレットを待ち受けます。竜を乗りこなすにはバランス感覚が必要とのことで、険しい渓谷にかかったわずか45cmほどの幅しかない石造りの橋を、重いリュックを背負って渡りきらなければなりません。これがいわば入学試験ですが、落ちれば即死です。どうにか石橋を渡りきったヴァイオレットですが、次は「籠手試(こてだめ)し」と呼ばれる垂直の障害物コース(超危険なフィールドアスレチックみたいな感じでしょうか)をできるだけ短時間で通り抜けなくてはなりません。これも落ちれば即死です。さらに格闘技の訓練は殺し合いも同然で、短剣で刺されたり骨を折られたりと、読んでいるだけで痛いですが、体が小さいというハンデを背負いながらも決して弱音を吐かず、知恵を武器に試練に立ち向かう姿には胸を打たれました。

この分厚い本を読むにあたって注意すべきこととして、学園ものあるあるですが登場人物が多く、誰が誰だか途中でわからなくなるかもしれないので(私はなりました)、人物名をぱっと見られるようにしておくといいと思います。紙の書籍には人物表がはさんであると思いますが、私はkindleで購入したため大変てこずりました。最低限、主人公のヴァイオレット、幼なじみで親友のイケメン上級生デイン、入学試験で意気投合した友人リアンノン、反乱の証痕を持つ第四騎竜団団長で危険な魅力を放つゼイデンだけわかっていればとりあえず大丈夫かと思います。
上巻は過酷な試験や訓練、竜との絆が結べるか、デインとの恋は? 危険な魅力あふれるゼイデンとはどうなる? というところを軸にお話しが進みます。ロマンス好きとしては、デインとゼイデンとの間で揺れるヴァイオレットの気持ちが綴られるのかと期待していましたが、デインがなんだかなぁ……という性格であることがわかり、揺れる要素ゼロでした。一方、つっけんどんな態度ながらもつねにヴァイオレットを守り、助言してくれるゼイデンがとっても素敵です。というわけで、元々敵同士だったヴァイオレットとゼイデンとのひりつくような情熱を、もっとたっぷり楽しめる下巻へGO!

『フォース・ウィング――第四騎竜団の戦姫―〔下〕』

ストーリー★★★★★
ヒーロー ★★★★★
ヒロイン ★★★★★
ハラハラ ★★★★★
切ない  ★★★★☆
笑える  ★★☆☆☆
ホット  ★★★★☆
泣ける  ★★★★☆

下巻ではロマンス要素がバーンと描かれます! とうとう堰を切ったようにお互いの欲望を野蛮なほどにぶつけあうヴァイオレットとゼイデン。濃厚な描写が微に入り細を穿ち綴られます。巷ではエロティックが過ぎるといった意見も散見されるこの本。たしかにYAファンタジーだと思って気軽に手に取った少女たちを戦慄させ、ふだんロマンス小説を読まない大人の読者たちの眉をひそめさせるかもしれませんが、ロマンスものに慣れた読者にとってはそこまで身構えるほどでもないと思います。それより、ホットなシーンでゼイデンがやたらと「くそ、○○すぎる」など、くそくそ言いすぎるのがちょっと嫌でした。語彙力をもっと高めるか、黙ってやってほしいです。
さて、その後も息つく暇もなく物語が展開します。正直なところ、戦争ものがそれほど得意ではないので軍事演習のあたりはちょっとうとうとしてきましたが、突然とんでもない事実と裏切りが発覚します。そこで「えっ?!」と目が覚め、しばらくすると「ええええ~?!」となり、それから怒涛のクライマックスへ。ベニンという忌まわしい存在とそれが操るワイヴァーンという怪物と騎竜団たちとの死闘が繰り広げられ、手に汗握る大迫力に圧倒されました。Amazon primeでドラマ化が進められているらしいですが、映像で見たらさらにすごいことでしょう。壮絶なシーンの後にどんなことが待っているか、ぜひ読んで確かめていただけたらと思います。
バスギアス軍事大学に入学してからの一年ほどで、華奢でひ弱な女の子から世界を救う戦姫へと大きく成長したヴァイオレット。それに引き換え、自分はこの一年、一体何をしていたのでしょう? 年の初めに立てた誓いさえなんだったか思い出せません……。楽しいことも悲しいこともありましたが、なんとなくぱっとしなかった一年でした。来年はもっとvividな年にしたいと思います。
自由が丘翻訳舎のnoteを読んでくださったみなさま、今年もお世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

古森科子の推し本

2024年は新しいことに色々挑戦した年で、そのせいか、
いつもより一年の進みが遅かったような気がします。
そんな中で読んだ本のうち、推し本を7冊紹介したいと思います。

ビル・パーキンス『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(児島修訳、ダイヤモンド社、2020年)
自己啓発書が好きで、『小さいことにくよくよするな!』、『チーズはどこへ消えた?』、『嫌われる勇気』など売れ筋は大体読んできたが、本書は気になりつつも若者向けのような気がして読んでいなかった。だが11月に開催された出版翻訳者ミーティングで、翻訳者の児島さんと編集担当の畑下さんから本書の出版経緯を拝聴する機会があり、興味を持って読んだところ、50代の自分にぴったりな内容だった。特に心に響いたのは「タイムバケットリスト」の箇所。これはやりたいことをただ羅列するバケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)とは違い、5年~10年のタイムスパンでやりたいことを書き出すもの。早速50歳~55歳、56歳~60歳…と区切って書き出してみたら、漠然と考えている以上に残された時間は少ないことに気づく。手遅れになる前にどんどんやらないと!背中を押してくれた本書に感謝したい。

デイヴィッド・グラン『絶海 英国船ウェイジャー号の地獄』(倉田真木訳、早川書房、2024年)
1740年9月18日に、約250人を乗せてイギリスのポーツマス号を出発した英国軍艦ウェイジャー号の乗組員の一部がブラジルのリオ・グランデ港に到着したのは、1742年1月28日のことだった。帰還者は30数名。その間いったい何があったのか。本書は乗組員の日誌等に基づき、様々な視点から緻密な描写で克明にあぶり出す。航海中にどれほど過酷な現実が彼らを待ち受けていたのか。過酷という言葉だけではとても伝えきれない極度の限界に直面した人間が向き合う現実を、是非本書で体感してほしい。埋もれていた史実を精緻な調査によって詳らかにした、デイヴィッド・グラン渾身の一冊である。

川添愛『言語学バーリ・トゥード Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』(東京大学出版会、2021年)
以前読んだ『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』がすこぶる面白かったので、某所でU先生に薦められたときに同じ著者だと知ってすぐに手に取った。ただ著者がこれほどプロレス好きだとは知らなかったので、その熱量にやや圧倒されるも著者の文章がぶっちぎりに面白くて一気に読み終えた。プロレスに興味がなくても、言語学に明るくなくても楽しめる、推しへの愛が注がれまくった本書を推したい。
(2024年8月に第2弾『言語学バーリ・トゥード Round 2: 言語版SASUKEに挑戦』が刊行されていた。こちらも読まねば!)

フランツ・カフカ『絶望名人カフカの人生論』(頭木弘樹訳、新潮文庫、2014年)
実は今年、2ヶ月だけ神保町の書店で働いた。しかし翻訳との兼業は甘くなく、すぐに断念。再び翻訳者に落ち着いた。その時お世話になったスタッフ兼棚主さんの棚から最終日に本書を購入した。「将来に絶望した!」、「夢に絶望した!」といった具合に、章ごとに様々な絶望についてカフカの言葉や手紙を引用して解説する本書に悲壮感はなく、読んでいるうちに不思議と勇気づけられ、元気が出てくる。それは決して、優越感とか軽蔑といった傲慢な感情によるものではなく、カフカという、様々な困難や逆境に見舞われながらも、精一杯生ききった一人の作家に向けられた敬意ゆえなのだろう。

吉本ばなな『キッチン』(ベネッセコーポレーション、1988年)
同じ本を何度も読むことはまずないが、『キッチン』はこれで3度目だ。今年、いつか通いたいと思っていた製菓教室に通い始めたとき、『キッチン』に料理教室のシーンがあったのを思い出して読み返したくなる。私は小さな頃から食いしん坊で、美味しいものを食べると心から「生きていて良かった」思っていたが、皆が皆そうではないと知った時はちょっと衝撃だった。また、私の思い出は大抵食べ物の記憶(美味しいお店とか出された食べ物とか)と結びついているが、これも皆が皆そうではないのだろう。本書においしそうなカツ丼が出てくるのもいい。最後の晩餐はかつ丼がいいとずっと思っていたが、最近はそんなに食べられなくなってきて、少し揺らいでいる。

大田ステファニー歓人『みどりいせき』(集英社、2024年)
正直、読みたかったというより、今の若者の感覚についていけるだろうかといった怖いもの見たさで手に取った。最初は知らない世界を覗き見している気分で、これって『限りなく透明に近いブルー』っぽい?などと考えながら呑気に読んでいたが、次第に主人公の先行きが気になりハラハラしながら一気に読み進めた。途中で出てくる蝶の描写が常々思っていたことに極めて近くて、理解者を得たような、秘密を共有できたような気がして嬉しかった。

間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房、2024年)
何となく読まなければいけない気がして手に取ったが、ひらがなで書かれた冒頭にとまどいつつ読み進めると、徐々に全体像がわかってきて、どこにも救いのない世界に心底いたたまれなくなる。どうすれば良かったのか、どうしてこうなってしまったのか、そんな思いで読んでいたが、最後の主人公の決断に少しだけ救われた気がした。過去の選択が、行為が、その連続が未来を決定づける。そんな言葉にすると当たり前のことが、この物語から痛いほど伝わってきた。最初の方で出てくる棋士のエピソードが、唐突なようでいてこの物語の肝のようでもあり、読み終えた後もずっと余韻が残っている。

来年もいろんな本との出会いがありますように!

倉田真木の推し本

はからずもコロナデビューしたことで、今年は布団の中でロマンタジーやSFのわくわくする世界があらたに拓けました。印象に残ったのは以下の作品(順不同)。居ながらにして時空を超えて旅できたことに感謝。

アン・マキャフリー『歌う船』嶋田洋一訳、東京創元社、2024年
豊永浩平『月ぬ走いや、馬ぬ走い 』講談社、2024年
青崎有吾『地雷グリコ』KADOKAWA、2023年
レベッカ・ヤロス『フォース・ウィング』原島文世訳、早川書房、2024年
柚木麻子『BUTTER』新潮文庫、2020年
佐藤究『テスカトリポカ』角川文庫、2024年
山口未桜『禁忌の子』東京創元社、2024年
紀蔚然『台北プライベートアイ』舩山むつみ訳、文春文庫、2024年
彬子女王『赤と青のガウン』PHP研究所、2024年
ビル・パーキンス『DIE WITH ZERO』児島修訳、ダイヤモンド社、2020年
近藤康太郎『三行で撃つ』CCCメディアハウス、2020年
斎藤真理子『本の栞にぶら下がる』岩波書店、2023年
豊崎由美『時評書評』教育評論社、2023年



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