【小説】まおとプラネタリウムーぼんやり見えるその先に 第1話 不思議な子ども科学館
「はぁ、明日の社会科見学イヤだなぁ」
まおは、明日4年生で行くことになっている、子ども科学館への社会科見学のことを考えて、ため息が出た。
弱視のまおにとって、遠足や社会科見学はちっとも楽しみだと思えない。毎回ハプニングが起こる。今回だってきっと何か起こるに違いない、ドキドキの連続の社会科見学になるだろうと、まおには簡単に想像できた。
まおは生まれつき両目の視力が0.02しかない視覚障がいの弱視だ。お医者さんには、原因不明だと言われている。家族で弱視なのはまお一人だけ。4年生にもなると、弱視だからこその嫌なことも沢山味わってきた。だから、その行事が楽しいものになるのかならないのか、まおには参加する前からわかっていた。どれだけ見て楽しむことができるのだろうかー友達に置いていかれないだろうかー不安が頭を駆け巡る。でも、休むことはできない。
まおは、気分が重たかったけれど、明日の準備を始めた。
弱視が遠くを見るのに必要な単眼鏡、近くのものを見るためのルーペ、先生が持ってくるようにと言っていたスケッチブック、子ども科学館のパンフレットをリュックに詰めた。
「明日は仲良しのさきちゃんとゆかちゃんと一緒のグループだし、きっと大丈夫。」
まおは、自分に言い聞かせるように、つぶやいて、ベッドに入って眠りについた。
ー翌朝ー
天気は快晴。ポカポカと暖かくて、窓の外では小鳥が鳴いていた。まおは、お気に入りのワンピースを着て、朝食にまおの大好きなはちみつをたっぷりかけたトーストを食べた。すると、不安だった気持ちがほんの少し消えて、ウキウキし始めた。リュックを背負って、玄関で靴を履いていると、お母さんがまおの少しはねた髪の毛を直しながら言った。
「まおちゃん。いい?もしも、先生やお友達とはぐれたら、子ども科学館の大人の人に助けてもらうのよ。気を付けてね。」
「うん!行ってきまーす」
家を元気よく飛び出すと、近所に住むゆかちゃんも踊るような足取りで走ってまおの隣にやってきた。
「おはよー!まおちゃん、いっしょに学校行こう!子ども科学館楽しみだね。」
「おはよー!楽しみだけど、ちょっと不安だな。わたし見えるかな…みんなとはぐれないかなぁ。」
「大丈夫だよ!わたしもいっしょにいるから、いっしょに見て回ろ!」
優しいゆかちゃんがそう言うのだから、きっと大丈夫。今日は楽しい1日になるはず。まおはゆかちゃんと手をつないで学校に向かった。
学校に着いて、先生が点呼を取り、いよいよ出発だ。今日は、バスを貸し切って、4年生全員で子ども科学館に行く。まおたちは、決められた席に座って、隣の子とおしゃべりをしたり、先生が用意したレクリエーションをしながら、楽しいバスの時間を過ごした。
子ども科学館は、まおが幼稚園児の時に、お兄ちゃんたちと家族みんなで来たことがある。でも、まおはあまり覚えていなかった。見えにくいまおにとっては、興味があるものは強く記憶に残るけれど、興味がないものは一生懸命に見ようとしなければ、記憶に残りづらいのだ。
バスが子ども科学館の駐車場に止まった。その子ども科学館は、宇宙船のような形をしていて、プラネタリウムの丸い大きな屋根が印象的な、どこか不思議な雰囲気のある建物だ。まるでそこだけ違う世界が広がっていそうだ、とまおは思った。バスから降りて、子ども科学館の前の広場に生徒たちが集まると、先生が大きな声で言った。
「子ども科学館のなかには、沢山のエリアがあって、とても広いんだ。恐竜エリア、地球エリア、人体の不思議エリア、宇宙エリア、生物エリア、科学実験エリア、プラネタリウムなど。みんなに事前に渡しておいたパンフレットをグループごとによく見て、グループで行く順番を決めてあるはずだから、その順番を守って、迷子にならないように気を付けて行動すること。先生たちも、それぞれのエリアにいるようにするから、困ったときは、先生や子ども科学館のスタッフに声をかけるように。」
館内では、グループ行動だ。1グループ4~6人。まおは、ドキドキしてきた。1度迷子になったら、友達のことを見つけられるかわからないから。先生に声をかけてと言われても、シャイなまおにはそれができるかどうかわからない。同じグループのさきちゃんとゆかちゃん、ののかちゃんとゆうきちゃんの洋服の特徴をよく見て覚えた。
館内に入ると、まおたちはまず、宇宙エリアに行くことにした。そこには、宇宙服や宇宙船が展示してあったり、宇宙ステーションの中を体験できるふわふわした部屋がある。
「宇宙ステーションの中を体験できるんだって!あそこ入ろう!」
さきちゃんたちは、一目散に宇宙ステーションめがけて走り出した。まおは慌てて後ろを追いかけた。照明が暗くて、見えにくい。さきちゃんたちを見失ったら大変だ。
あそこっていうけど、あそこってどこー?!
視力0.02のまおには、あそこと指差されてもどこのことなのかさっぱりわからないのだ。でも、夢中になっているさきちゃんたちは、まおが見えにくいことを忘れ、遅れてついてきてないことにも気づいていない。楽しそうな声が近くから響いてくる。きっともう、ふわふわした部屋にいる。声を頼りに、まおはうっすらと暗い科学館の中を走り、やっと宇宙ステーションにたどり着いた。
「あ、まおちゃん!はやくはやく!」
「うん・・・」
まだ子ども科学館に来たばかりなのに、一日ついていけるのかなぁ、とまおは思った。楽しそうにしている友達を見て、その気持ちを伝えることはしてはいけない。宇宙ステーションの部屋で、身体中がふわふわしているのを感じながら、ぼんやりと友達の笑顔が見える。もしかしたら、まおが感じているこの感覚が、本当に宇宙にいるときの感覚かもしれない。身体がふわふわとしながら、ぼんやりと見える、楽しいなと不安だなという二つの気持ちで心がゆらゆら揺れている。見えにくいまおだから、きっとこの感覚を味わえているのかもしれない。まおは、そう思うようにしたら、なんだかおかしくなった。
宇宙ステーションを体験したあとは、みんなでぐるぐると館内を回った。まおのグループは恐竜が怖い子ばかりなので、恐竜エリアはあんまり楽しくない。
「トリケラトプスかっこいいなぁ!」
興奮する他のグループの子たちを横目に、
「恐竜は怖いねぇ~。迫力がすごい。つぎいこう!」
と通り過ぎる。
地球エリアは、部屋全体に大きな地球儀があって、地球儀の中の気になる国を触ると、その国の映像が流れる。さきちゃんたちは、楽しそうに見入っていた。でも、まおには、薄暗い照明のなかでその映像を見ても、よく見えなかった。単眼鏡を出して見てみたけれど、単眼鏡は全体が見えないからいまいちよくわからない。まおは、またキュッと胸が痛くなった。
そして、一通りグループで館内を回った後、集合場所に集まった。
「これから、プラネタリウムを見ます。今から入ります。二列になって、入ってください。」
先生はそう言った。次はプラネタリウムか、プラネタリウムなら、星がはっきり見えなくても綺麗だということはわかるし楽しめるかな、とまおはホっとした。
そのプラネタリウムは、子ども科学館の中というよりも、大自然の中にいるのかと錯覚するような、自然の匂いや風の音、ひんやりとした空気を感じる不思議な空間だった。
「真っ暗でよく見えないねぇ」
さきちゃんたちはそう言うけれど、まおにとってはぼんやりと見える世界が普通だから、いつもの景色だってプラネタリウムだって変わらないな、と心の中で思った。自然の匂い、風の音、ひんやりとした空気ーそれらが感じられれば充分なのだ。でも、ここは子ども科学館の中なのに、不思議だなぁとまおは思った。
それぞれのグループごとに座席に腰かけた。そこでまおは、トイレに行きたくなった。入る前に行けばよかったのに、まおはどうも始まる前にトイレに行きたくなるところがあるのだ。
「トイレ行ってくるね」
一緒についてきて、とみんなに言いたかったけれど、みんなが楽しそうにおしゃべりを始めていたので、まおは一人で行くことにした。
「大丈夫か?トイレはあっちだよ」
入口で先生がトイレの方向を指さした。近いし大丈夫だろうと、まおは一人でトイレに走って行った。
トイレを済ませ、プラネタリウムの前まで来た。
「あれ?先生はもう中に入っちゃったのかな?」
さっきまで入口に立っていた先生がいない。あたりを見渡しても、スタッフも誰もいない。プラネタリウムのドアも閉まっている。ドアが二つある。さっきよく確認しなかったけれど、左のドアだったかな、と思いながら、まおはプラネタリウムのドアを開けた。
「え?」
プラネタリウムのドアが閉まり、中を見渡すと、そこに子どもたちの姿はなかった。まおは、慌ててドアを開けようとしたけれど、ドアが重たくて開かない。
「どうしたの?」
慌てているまおに、高校生くらいの男の子が話しかけてきた。
ー誰?ー
〈第2話につづく〉
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