【小説】まおとプラネタリウムーぼんやり見えるその先に 第6話 未来への希望
まおとお兄さんと図書館司書ロポット・フラワーは、花園図書館の中を歩き始めた。天井はとても高く、青空が広がっているような雰囲気だ。3階建てだが、階段がなく、全体が緩やかなスロープによって連続的に結ばれているので、まるで街の中を歩いているかのような感覚になる。
「これ、外じゃないよね?」
まおの問いかけに、フラワーが聞き取りやすいはっきりとした声で説明を始めた。
「花園図書館館内は、中世ヨーロッパをイメージして造られています。また、刺激的な読書体験や芸術鑑賞、ゆったりとした時間をカフェでくつろいでいただきたいという願いをこめて造られており、まるで青空の下にいるような感覚を味わうことができます。近年の日本の図書館は、花園図書館のように、様々なテーマをイメージした個性豊かな図書館が建設されており、2030年を過ぎてからは日本全国の図書館ツアーが流行しております。ぜひ、ゆっくりとお楽しみくださいませ。」
「まるで、おとぎの国のような空間・・・」
まおは、読書が大好きだ。文字が読めるようになってから、日本の昔話や絵本、海外の物語まで数多くの本に触れてきた。目が見えにくいまおは、拡大写本といって、ボランティアさんに文字を大きく書いてもらった本で読んでいる。小さい本を読むのは大変だけれど、拡大写本なら楽に読むことができる。それに、ボランティアさんたちは元の本に描いてあるイラストも同じように手書きで描いてくれる。ぬくもりのある本に沢山触れてきて、まおは本が大好きになったのだ。だから、このおとぎ話のような空間で、拡大写本を読む日が来るのかなぁとわくわくしてきた。
「こちらがキッズ図書ルームでございます。」
「わぁ!」
まるで、ディズニーランドや遊園地のような空間がそこには広がっていた。青空の下、遊園地のような乗り物のそばに本が飾ってある。
「ここ、キッズ図書ルームじゃないの?」
「はい、キッズ図書ルームでございます。あちらのメリーゴーランドエリアやトーマスなどの乗り物周辺は、赤ちゃんから未就学児までのお子様のための絵本があり、絵本を手にとったあと、メリーゴーランド内の馬車の中やトーマスなどの乗り物の上で絵本を読むことができます。そちらのコーヒーカップエリアや、ゴーカードエリア、ジェットコースターエリアの周辺には、小学生以上のお子様向けの児童小説や絵本、図鑑など数多くの本を手にとって楽しむことができます。」
「こんなにわくわくする図書館、わたしが子どものうちにあったらいいのに~楽しそう!」
「ぼくも10歳のときに出来た時は、毎日通ってたよ!きみも、いまはまだないけど、将来出来るから楽しみにしててね。大人になってからでも、キッズエリアも楽しいし、大人エリアも刺激的だから楽しめるよ!写真撮っておこうか。」
お兄さんは、最初にまおに渡したタブレットのカメラをまおから受け取って、写真を撮ってくれた。タブレットの中に今目の前に広がっている光景が写り、すぐに撮れたものを確認できた。
「使い捨てカメラじゃないんだ・・・すごいなぁ。」
まおは、コーヒーカップのそばに並んでいる本のそばまで行き、一冊手に取ってみた。その本は、偶然にもまおが今読んでいる【赤毛のアン】だった。お兄さんがまおに言った。
「そこにビッグライトとスーパーメガネがあるからとってくるね。お母さんも使っているんだ。」
「なにそれ?」
まおはいつも拡大写本になっていないときは、拡大読書器という弱視のための文字の読み書きが楽にできる機械を使っている。ビッグライトもスーパーメガネも聞いたことがない。ここでもまおは、「ドラえもんのスモールライトみたいなかんじかな?」と想像して楽しい気持ちになった。
「はい、このビッグライトを使うと、本の表紙に当てるだけで、全ての本を読み上げてくれるんだ。それから、文字をなぞると、文字がその人が見たい大きさのサイズの文字になって目の前に見えるんだ。絵のところにあてたあとに、絵を触ってみると・・・!ほら、絵の形が浮き出てきて触って楽しめるようになっているんだよ。」
「えー!魔法のライトだよ、それ!」
「ぼくもびっくりしたんだけど、数年前に開発されたんだ。」
「スーパーメガネは?」
「スーパーメガネは、メガネやコンタクトで矯正することのできない弱視がかけると・・・かけてここのメガネの横をくるくる回してみて。」
まおがメガネの横についているくるくるしたものを回すと、なんと文字が大きくなったのだ!
「さっきのタブレットのカメラと同じだよ。あれは、指でこうやって触ると大きくなるでしょ?それを、メガネにも応用して開発されたんだ。最近は高齢化社会だし、目が見えにくい人が沢山いるからね。弱視のお母さんも、おばあちゃんも、みんな大喜びだよ。」
まおは嬉しくてたまらなかった。今すぐこれがほしい、と思いながら、まおは【赤毛のアン】を読んでみることにした。みんながいつも椅子に座って姿勢よくかっこよく読んでいるように、弱視のまおもかっこよく読むことが出来た。
「お兄さん、わたしね、みんなが当たり前のように姿勢を正して、かっこよく本を読んだり、書いたりしていることが羨ましいの。だって、わたしは顔を近づけないと読めないから。姿勢も悪いし、頭も痛くなるの。みんなで一つのノートや地図を眺めるときも、わたしだけ見えないでしょ?そういうとき、悲しくなるの。誰にも言えないんだけどね。」
まおが今まで誰にも言えなかった思いを、お兄さんにぽつりぽつりと話し始めた。お兄さんは、「うんうん」と優しく聞いている。
「今日の社会科見学だって、わたしはみんなを見失わない様に必死だったの。結局見失っちゃったから、未来にきちゃったのかな・・・。」
「ちがうよ!見失ったんじゃないよ。きみは、ぼんやりと見えたその先に、ぼくのいるここにつながるドアが見えて、そこを開けて入ってきたんだよね?それはきっと、今はぼんやりとした視界で見えにくくて困ることもあるけれど、未来のドアがあって、未来に向かってきみが頑張って進んでいけば、きみにとっても過ごしやすい未来にいつか行けるんだよってことなんじゃないかな?」
フラワーも続けてまおに話しかけてきた。
「きっと、そうですよ。わたしは、あなたのいる1996年から2032年までの全てを知っています。この数十年で日本も様々な困難に直面しました。あなたもです。でも、あなたは、見えにくいながらも、色んなことを経験して、一生懸命に前を向いて未来に向かって歩いていきます。そして、今のあなたは、とっても幸せです。可愛い高校生の男の子もいらっしゃいます。」
フラワーがニヤッと笑って、お兄さんのほうを見て、つんつんと前足で肩をたたいた。
「え?」
まおとお兄さんは二人同時に顔を見合わせた。
「きみのなまえは?」
「ほんだまお」
お兄さんは、一瞬固まってから、つぶやいた。
「もしかして・・・お母さんが過去からきたのか・・・。」
ーえー!わたしがこのお兄さんのお母さん?!!ー
〈最終話につづく〉
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