消費増税問題は、グループシンクに陥っていないか?(月例経済報告と景気動向指数の乖離を分析した結果より)
消費税10%への増税を巡る議論が活発に行われてきましたが、経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案が6月11日に発表され、いよいよ増税は間違いないかな…と考えております。以下は日経新聞の記事より。
政府は11日、経済財政運営の基本方針(骨太の方針)の素案を公表した。今年10月に消費税率を10%に引き上げると明記した。「海外経済の下方リスクが顕在化する場合には機動的なマクロ経済政策を躊躇(ちゅうちょ)なく実行する」と記し、景気動向次第で経済対策を編成する方針も記した。
以前から安倍首相や菅官房長官含め内閣の閣僚は「リーマン・ショック級の出来事が無い限り実施」と繰り返し発言してきました。
具体的にして抽象的な発言であり、幾人かの政治家が「具体的にはどういう出来事?」と追求してきましたが言質は得られませんでした。
それもそのはずで、元々から「これ」という正解は無かったと思います。もし何かしらの経済指標をもって提示してしまうと、数字が一人歩きしてしまうからです。
唯一、口を滑らしたのが麻生大臣です。5月14日の参議院財政金融委員会で自民・愛知議員の「リーマン・ショック級が起こらない限り既定路線は堅持するということでありますけれども、(略)少なくとも今はそういう状態ではないんだということを改めて認識を伺いたいと存じます」という質問に対して次のように発言しています。
…日本としては、あのとき対応するために、政府としては補正予算を三回組んで、通常予算と併せて一回成立させて、当初予算と一回させて、そこそこ迅速に対応したんだと思いますけれども、少なくとも、ああいったような状況になって、日本として、九七年のアジア通貨危機の経験がありましたので、これはもうえらい勢いで取付け騒ぎが起きるのははっきりしていますので、取付け騒ぎの行き着く先が日本ということになりかねませんので、こっちはこっちでいろいろやらにゃいかぬことがありますので、…
途中から「下らん反応したな」とでも思ったのか、話が全然違う方向に飛んでますね。見方を変えれば、何度か補正予算を組むぐらいの状況になれば、とも読み取れます。
ちなみに平成30年度は第2次補正予算を成立させていますから、あと1回やれば「リーマンショック級じゃないのか?」と比較させられるところでした。危ない危ない。
というわけで、明日、或いは数か月後にも訪れるかもしれないリーマン・ショック級の事態も為政者が「これは違う」と言えば増税は実行されますし、ちょっと好況感が後退しただけでも「これはリーマン・ショック級」と言えば増税は延期される状況なのが現在です。
果たしてそれで良いのかという議論はありつつも、それで今日を迎えたわけですから、そういうものなのでしょう。
ここで1度冷静になって考えなければならないのは、では現在の景気をどのように考えればいいのかという点です。
現在の景気は、どう捉えれば良いのでしょうか?
政府が景況感を測る方法
勃興と衰退を寄せては返す波のように繰り返す企業の活動を、総合的に集約した結果が「景気」だと考えてみます。複数の波が入り混じる感じです。
すると、誰もが認識を一致できる「景気」という測れる数字があるわけではないと分かります。私たちは目に見えない雰囲気のような「何か」に、実際にはあるんだと仮定し「景気」と名付けて測っているに過ぎません。
G7各国の景気の測り方を見比べても、全く統一されていません。(データ元は2001年基準なので少し古いです)
各国の景気動向指数
日本政府として公式見解が示される景気判断は毎月提出される「月例経済報告」と「景気動向指数(に基づく基調判断)」が該当します。
①月例経済報告は国内外の様々な指標を元に、最終的に「人」が景況感を判断したレポートです。経済全般が総括的に評価されるだけでなく、個人消費、民間設備投資、住宅建設、公共投資、輸出・輸入、生産、物価、雇用情勢、地域経済、海外経済などの動向、さらには先行きの見通しやリスク要因も言及されます。(中には景気動向指数も含まれています)
2019年5月分のレポートには「景気は、輸出や生産の弱さが続いているものの、緩やかに回復している。」と記載されています。つまり現在は「景気拡大期の可能性が高い」と言っています。
月例経済報告(令和元年5月)
②景気動向指数は景気に関する統計指標を活用した、総合的なインデックスです。人為的な思考は入り込まず、かなり「機械的」に判断されます。
詳しい説明は以下の内閣府のページが分かりやすく書かれているので、参照してください。ざっくり言えば、量を把握するCIと波及テンポを把握するDIの2種類があるけど、景気変動の大きさや量感を把握するために2008年からCIを重視してるよ、という感じです。
景気動向指数には、①現在の景気とほぼ一致して変動する一致指数、②一致指数より数ヶ月先行して変動する先行指数、③景気や一致指数の影響を受けて変動する遅行指数、大きく分けて3種類の指数が存在します。それぞれの指数は9~11の経済統計を元に、2015年を100としたインデックスが作成されています。「だいたいの動向を示している」と見ればいいでしょう。
基調判断は、景気動向指数のうち一致指数を用いて判断します。「ⅭIによる景気の基調判断」では詳細な判断基準が発表されており、人為的な判断が入り込む余地は無さそうです。
景気動向指数平成 31(2019)年 4 月分(速報)の概要
一致指数、一致指数に基づくそれぞれ3ヶ月後方移動平均、7ヶ月後方移動平均を算出し、安倍政権後の推移を見てみました。ちなみに景気動向指数の数字は2015年7月に第11次改定が行われており、それ以前の数字と以下の数字は必ずしも一致しません。
2019年4月分速報レポートでは「基調判断として、景気動向指数(CI一致指数)は、悪化を示している。」と記載されています。つまり現在は「景気後退期の可能性が高い」と言っています。
あれ? 1つの部署から2つのレポートが提出され、全く違う報告が記載されているようです。
ちなみにカナダやフランスのようなGDPによる判断を下す国もあるようなので、それらにも目を向けてみましょう。というかGDPの方が網羅性は広そうで信憑性も高く感じます。
2019年6月10日に公表された2019年1-3月期2次速報によると、前期比四半期GDP成長率は0.6%(年率換算2.2%)となりました。こちらは機械的に判断するなら「景気後退期ではない」と言えます。
「月例経済報告」と「GDP」を見れば景気拡大期、「景気動向指数」を見れば景気後退期となります。この矛盾をどう解決すれば良いのでしょうか?
そもそも景気動向指数は正しいのか?
当然ながら、多くの人が「どちらかが正しくて、どちらかが間違っている」と考えるでしょう。
実際に、先ほど紹介した5月14日の参議院財政金融委員会での自民・愛知議員と麻生大臣のやり取りの中で「景気動向指数が前月差でマイナスとなり、基調判断が悪化をしているへと下方修正されたそうでありますけれども、この点についての認識を伺いたい」と愛知議員が質問したところ、次のように答えています。
これは、景気動向指数というものについては、これは毎月の生産とか雇用とかそういった経済指標を統合したものなんですけれども、いずれにしても、その基調判断というのはあらかじめ機械的に決められている表現がありますので、あれは、そういった意味では悪化を示しているものになるんだと思います、数字はめていきますと。
それはそれなりのあれなんですけれども、政府としては、いわゆる月例経済報告というのにおきまして様々な景気指標というのを動きを見させていただいて、その背景を理解した上で景気の基調を判断しているというのが我々の基本的な姿勢なんですけれども、このところ輸出の伸びが鈍化してきた中国の関係もあり、鈍化してきましたし、一部の業種がそれに合わせて生産活動を抑えることになりますので弱さが見られてきたという背景から、いろいろな減速などの影響があるものと認識しておりますけれども。
※太字は松本による強調。
景気動向指数に基づく基調判断は「それはそれなりのあれ」だそうで、月例経済報告が基本的な姿勢だと読み取れます。要約すると「機械的に決められている表現で言えば悪化だけど、背景理解など視野を広げれば必ずしもそうとは言えない」になるでしょう。
となると、景気動向指数及び基づく基調判断は「景況感を掴みきれてい無いポンコツ指数」になるでしょうか。
東京新聞は以下のように報道しています。
現在の調査方法で景気動向指数を発表し始めた2008年以降「悪化」の判断は3回目ですが、発表時期が同じ月例経済報告で同様の判断が出たことはありません。ただ過去2回は「弱含んでいる」「弱い動き」。今回は「回復」の文言が残り、食い違いが目立ちます。
つまり、①そもそも景気動向指数が「悪化」としたタイミングで月例経済報告も「悪化」とは言っていない。②それでも今回は「回復」と言っているのはギャップが大きすぎる。と言えるでしょう。
では、GDPと比較するとどうなるでしょうか? 四半期GDP成長率と、景気動向指数の伸び率を見比べてみます。
景気動向指数は1か月単位なので、1~3月の3か月中央平均を算出し、四半期GDPの1~3月であれば3か月中央平均の景気動向指数2月時点、4~6月であれば3か月中央平均の景気動向指数5月時点とそれぞれ比較しています。
基本的には似たような動きをしているように見えますが、33時点中13時点で片方が正なのに片方が負の動きを見せました。約40%です。特に2018年後半に入ってからの乖離が激しいですね。
現在公表されている四半期GDPは1994年4~6月まで遡れますから、参考までに見てみました。
上下を±5に設定しています。100時点中30時点で片方が正なのに片方が負の動きを見せました。30%です。微妙なズレですね。
ちなみに全体では平均1.7ポイント(標準偏差1.9ポイント)のズレでした。
すなわち景気動向指数の一致指数は「現在の景気とほぼ一致して変動する」とは言うものの、①ほぼ一致とは言えズレ幅が大きい、②計測している景気がGDPと違って狭い、このどちらかだと言えます。
一致指数の内訳を見てみましょう。
①生産指数(鉱工業)
②鉱工業用生産財出荷指数
③耐久消費財出荷指数
④所定外労働時間指数(調査産業計)
⑤投資財出荷指数(除輸送機械)
⑥商業販売額(小売業)(前年同月比)
⑦商業販売額(卸売業)(前年同月比)
⑧営業利益(全産業)
⑨有効求人倍率(除学卒)
資料出所を見れば分かりますが、①②③⑤は鉱工業指数という製造業、いわば第2次産業に掛かる指数です。9分の4が第2次産業…?
日本のGDPのうち、第2次産業が占める割合は25%程度です。70%強が第3次産業であり、そりゃズレるよな…と感じます。
データを信じるか、人を信じるか
「景気」を捉えるために、月例経済報告、景気動向指数、GDPの3種類を紹介しましたが、それぞれをもってしても「正確に景気動向を捉える」ことが何と難しいかが分かります。
特に後退局面を捉える際、全ての指標が一気に後退するとは考えられず、どれが正確なのかを判断するのは非常に難しい。正確な景気判断はおよそ1年かかると言われる由来がよく分かります。
機械的な判断と、人による判断。それぞれメリット・デメリットは以下のように分かれます。
それぞれメリット・デメリットの等価交換が成り立ちますので、基本的には補完し合う関係にありますが、悲惨なのは「結論が異なる場合」です。
データサイエンスの報告会では「あるある」ですね。
「頂いたデータから導かれるのは、景気後退局面という判断です」
「う~ん、どうだろう。僕はそうは思わないけど」
「えぇっ…?」
「そうですねぇ。データが全てじゃ無いですからね」
「…(だったら何で発注したの!?)」
「このデータ入ってないよね。このデータも」
「…(後出しするなよ!)」
みたいな現場、皆さんに見覚えありませんか。僕は記憶から抹消したので覚えていませんが何故だか目から涙が出て胸がズキズキします。
今まさに重要なのは「なぜ景気動向指数は悪化としているのに月例経済報告は景気回復としているのか?」ではありません。「月例経済報告では補足して景気動向指数では補足し切れていないデータは何か?」です。そして「そのデータを加えれば、景気動向指数は改善されるのか?」は至急計算する必要があります。
国会の論戦でも、そのような議論が必要なのですが、みんな「2つのレポートの結論が違う」に目が取られて上げ足ばかりです。
「人間の恣意的な判断が入る月例経済報告は、官僚が首相に忖度して結論を捻じ曲げているのではないか?」
そのような粗筋を思い描いているのでしょうが、その結論の行く先はどん詰まりです。なぜなら景気動向指数も同じように「官僚が首相に忖度して悪い数字を入れていないのではないか?」という仮説が思い浮かぶからです。
消費増税を巡る議論は社会心理学観点で報道を
消費増税を巡る議論は、事実ベースを除くと「増税の可否」を巡る政治家の人間ドラマか、(計量)経済学者たちの「景気への影響」しか出てきませんが、もう1つの観点が抜け落ちています。
それは社会心理学、特にグループシンク(集団浅慮)の観点です。グループシンクとは、簡単に言えば「合意に至ろうとするプレッシャーから、集団において物事を多様な視点から批判的に評価する能力が欠落する傾向」を指しています。
最近では東日本大震災における一連の対応がグループシンクの罠に陥っていたのではないかと言われています。この本でかなり精緻に指摘されていますね。
グループシンクについては、このページが分かりやすいでしょう。
グループシンクには8つの症状があると言われていますが、消費増税を巡る議論はかなりこれに陥っているのではないかと感じています。考えてみるとうち6つが当てはまります。
症状1:自分たちは絶対に大丈夫という楽観的な幻想
「アベノミクスで景気は良くなったことになっているのだから、消費増税で景気が腰折れするわけがない」
症状2:外部からの警告を軽視し、自分たちの前提を再考しようとしない
「リーマン・ショック級の出来事が生じない限り、予定通り実施する(菅官房長官)」
症状5:異議をとなえることへの圧力
「萩生田は何様のつもりだ!」
症状6:疑問をとなえることへの自己抑制
「萩生田発言は「個人の見解」(菅官房長官)」
症状7:全員一致の幻想
「自民党全体がそう考えている」
症状8:集団の合意を覆す情報から目をつぶる
「景気動向指数に基づく基調判断は「それはそれなりのあれ」」(麻生大臣)
これらの症状は、以下のような結果をもたらすとジャニスは警告しています。
結果1:代替手段が十分に検討されない
結果2:目標が十分に吟味されない
結果5:情報収集が不十分
結果6:手元にある情報を偏見に基づいて分析する
結果7:うまくいかなかった時の二の矢、三の矢があらかじめ検討されない
結果8:最終的に成功確率が低下する
なるほど、消費増税をしたい側、やりたくない側の情報戦は熾烈で、少しでもスキを見せたらいけないのかもしれません。
しかし政治家たちの目的は、消費増税ではなく、私たちの国が今もこれからも安らかに健やかに暮らし続けられる国を維持することにあるはずです。
政治家、官僚が揃いも揃ってグループシンクに陥り、議論ができていない。なぜ異論を唱えてはいけないのか。なぜ情報から目をつぶるのか。この現状こそマスコミは報道すべきではないでしょうか?