「この商品を買わない理由は何?」と聞くほど真実から遠ざかる。なぜなら消費者自身がその理由を説明できないから。
今回のnoteは、消費者に対するアンケートに「商品を買わない」理由なんて聞いても意味が無い理由と、その代替案である行動観察や投影法を用いたリフレーミングについて説明します。
今回の話も僕が勤めるデコムで実践済です。いよいよ、インサイトに関するnoteでは、どうやってインサイトを手繰り寄せるのかに関する話題が中心となってきました。
「買わない理由」を直接聞くアンケートはほぼ無意味
「顧客重視」の一貫でしょうか。お客様の声にこそ答えがあると言わんばかり、2018年の年末から2019年の年始にかけて、複数社から「アンケートのお願いについて」と題したメールが届きました。
2〜3分で終わるものもあれば、中にはがっつり回答させて20分ぐらい必要なものもあり、気合入ってるなぁ〜と感じました。ちなみに抽選で十数名に当たると書かれていたAmazonギフトコードは全て落選しました。残念。
Googleアンケートなどリサーチツールのデジタル化と発展に伴い、顧客の声を聞くことが非常に簡単になりました。言い換えれば、消費者の声をいつでも誰でもどんな風にでも聞けるようになりました。
消費者の声を大事にする。その気持ち自体は大切にしなければいけません。ですが、聞き方に難があると思います。
「この商品を買わなかった理由は何ですか?」
「この商品にどのような不満がありますか?」
そんな直接的に聞いて大丈夫なんでしょうか。じゃあ、その不満を解消したら買ってくれるのでしょうか。おそらく「いや、そうでは無い」と答える人が大半でしょう。
なぜなら、物を買うとき、サービスを利用するとき、私たちは全てにおいて「買わない理由」「買う理由」を決めてから買っていません。
例えば昼食を食べた後、ファミマでスイーツを買ったとします。すると、いきなりセブンイレブンのコンシューマーセンターの人が肩を叩いて話しかけてきたとしましょう。
「セブンイレブンを選ばない理由を教えてください」「当社のシュークリームを買わなかった理由を教えてください」「なぜエクレアなのか理由を教えてください」「なぜ一緒にコーヒーを買わないのか理由を教えてください」「なぜ現金を使うのか理由を教えてください」「なぜnanacoを使わないのか理由を教えてください」
うるせぇ!こっちが知りたいわ!って思いませんか。私は思います。たった120円のスイーツ買うのに、そんなに深い理由なんてありません。全て「なんとなく」としか言えません。買わない気分になった理由はこちらが聞きたいぐらいです。
しかし、現実の顧客向けアンケートはこのような内容が多いのではないでしょうか?
ただえさえ、私たちの日常生活において選択肢は多い。近くのドラッグストアに行ったとき、思わず歯ブラシコーナーや目薬コーナーの写真を撮ってしまいました。
この中から、歯ブラシや目薬を1つ選ぶんですよ。1つ1つの商品に目を向けて「これは買わない」「これは買わない」と決めている人、いますか?
人間の行動には全て理由が思ったら大間違いでしょう。人間は想像以上に直感的な生き物です。つまり、買わない理由・買う理由を聞いても「なんとなく」という返答が本音の場合は非常に多い。
やっかいなのは、アンケートで「当社のシュークリームを買わなかった理由を教えてください」と聞かれて、本音は「なんとなく」なのに、その理由を無理やり言語化してしまう人が多くいることです。
「セブンイレブンのシュークリームは生クリームが多くて胃がもたれる」
「セブンイレブンのシュークリームはバニラが少ないから本格的ではない」
「セブンイレブンのシュークリームは…」
言語化するというのは、自分で表現できる言葉に置き換わっている反面、買わなかった瞬間の気持ちが欠落していることが非常に多いです。自分でも分からない気持ちは、当然ながら言語化できません。そんな内容は信頼性に欠けるのではないでしょうか。
だから、無理やり言語化された不満を解消して「ほら、これがあなたの欲しかったシュークリームでしょう!」と提示しても「いや、そうでは無い」と答える人が大半なのです。
「値段が高くなると人は考える」は本当か?
「100円200円の低価格商品であれば買う理由は特に無いかもしれないが、高額商品になると話は違う」と言う人が中にはいます。
果たして、本当でしょうか?
実は、掃除機、体重計、冷蔵庫を買うために、家電量販店に行って下調べをしてきたのですが、似たような機能には似たようなお値段が付いていて、ちょっとした違いがあっても、何がどう違うのか私はわかりませんでした。
どれも一緒に見えてしまう私は平均的な日本人以下なんでしょうか。
ちなみに、掃除機も似たような感じだったので、20分くらい家電販売店でウロウロしたあげく、デザインが良かったダイソンの掃除機を買いました。
よく下調べをして、比較表を作り、メリット・デメリットを検討して、コスパも把握した上で最終的に購入する。皆さんは1万円以上の家電を買うときにそこまでやっていますか?
ちなみに私が今使っている三菱の黒い冷蔵庫は「大きさの割に安い」だけ。最初は各社メーカーのHPを見ていましたが、「よう分からん」となり、最終的には「えいや」で決めました。
別の目線で考えてみましょう。
たまの連休に恋人から「旅行しよう」と言われたとき、なぜ国外ではなく国内なのか、なぜ信州ではなく新潟なのか、なぜ温泉旅館ではなくロッジなのか…私たちは無数ある選択肢を一瞬で切り捨てて「熱海に雰囲気良いロッジの宿あるから行こう〜」と言ってしまうのでしょう。
それに対して「もっと真剣に検討しよう」と言わないのはなぜでしょう。
実際のところ、私たちは自分にとってのお気に入りでもない限りは、値段に関係なく商品をなんとなく選択し、なんとなく決定しているのが実際ではないでしょうか。
本当に深堀りすべきは「なんとなく」
では、消費者を対象とするアンケートは無意味なのでしょうか。
私はそうは思いません。聞き方さえ間違わなければ、極めて有効だと感じています。というか今まさにそういう仕事をしているので、有効じゃなかったらおまんま食い上げです。
自分でも気付けていないがために言語化できておらず、「なんとなく」としか表現できない、無意識の奥に隠されている「理由」にアクセスできるアンケートなら大きな価値があります。
この「自分でも気付けていない理由」こそインサイトが隠れています。
では、どうやって「なんとなく」としか表現できない無意識の奥に隠された自分でも気付いていない理由にアクセスすれば良いのでしょうか。
方法は2つあります。
1つ目は、行動観察など「事実」から紐解くアプローチです。代表的な手法としてエスノグラフィーが考えられます。
エスノグラフィーは、主に文化人類学で使われる研究手法の1つです。対象となる部族の「文化」における特徴や日常的な行動様式を観察し、詳細に記述する手法を指していました。
今日では「観察手法」がビジネスに応用され、エスノグラフィー調査と題して、消費者の行動という「事実」を詳細に観察して、無意識な行動の奥に隠された深層に探る方法として幅広く活用されています。
2つ目は、投影法など「感情」から紐解くアプローチです。代表的な手法として文章完成法や写真投影法が考えられます。
投影法は、主に心理学で使われる研究手法の1つです。人格検査のために用いられることが多く、本人にも自覚のない潜在意識を浮かび上がらせる手法として知られています。
もっとも、投影法の種類は様々で、いろいろな形でビジネスに応用されています。消費者のホンネの心理という「感情」をあぶり出し、潜在意識に隠された深層に探る方法として幅広く活用されています。
インテージ社が公開している以下のページがわかりやすいので、詳しく知りたい人はご参照ください。
「事実」から、あるいは「感情」からと切り出したのは、この2つが揃っていなければ悪いインサイトに仕上がるからです。言い換えると、行動観察や投影法を使ったからといってインサイトが仕上がるわけではありません。
インサイトとは「人を動かす隠れた心理」を意味します。「洞察」や「潜在意識」をインサイトと言っている人も中にはいますが、"動き"が無ければ単なる隠れた心理です。しいたけ占いとそんなに変わらないでしょう。
詳しい定義は以下のnoteを参照して下さい。
したがって、「事実」あるいは「感情」を起点に取り出した潜在意識の奥にある「自分でも気付いていない理由」は、決まったフォーマットに落とし込んで整理・要約・編集が欠かせません。
各社様々なフォーマットを用意しているようですが、私の勤めるデコムではインサイトを発見する要件として、シーン、源泉要因、背景要因、そして情緒の4観点をフレームワークとして活用しています。唯一、情緒だけ主観ですが、その他は事実です。
「お茶漬け」商品をなぜ買わないのか。そのインサイトを調べてみたデコム社内の事例を紹介します。
調査の結果、「一人でお茶漬けを食べている時に、カサッカサッという音を聞くと、なんか孤独で寂しい感じがして嫌です」という回答がありました。これをインサイトの4観点のフレームワークに落とし込んでみます。
シーンも、源泉要因も、背景要因も事実です。情緒だけが主観であり、いわば感情です。
【完成したインサイト】
「お茶漬け」商品は、ひとりでお茶漬けを食べる時、顆粒のカサッカサッという音が、孤独で寂しい感じにさせる。それは、孤食化でひとりの食事が増えているから。
ちなみに、このインサイトを踏まえて完成したアイデアは、カサッカサッという音を解消する生タイプのお茶漬けでした。
「事実」「感情」どちらかが欠落していたら、どうなるでしょうか。
例えば「孤独で寂しい感じ」という感情のみで、「顆粒の音」という事実が欠落していたとします。すると「寂しいらしいですよ。吉本とコラボしてお茶漬け食べてみんなで笑おうキャンペーンとか、それかお茶漬け写真をインスタに投稿してみんなと繋がろうキャンペーンとかどうですか」というアイデアになりかねません。
実際のところ、これでは何も解決していません。なぜなら、寂しさのキッカケはカサカサなんですから。
悪いインサイトからは、悪いアイデアしか出てきません。データサイエンスと同じで、「garbage in garbage out」なのです。
リフレーミングによるインサイトへの辿り方
では、「感情」を紐解く文章完成法を用いて、「自分でも気付けていない理由」に辿り着くアンケートはどのようなものか紹介しましょう。とはいえ、実際に実務に落とし込んで挑戦されたい方はデコムまでお問い合わせくださいませ。
そもそも文章完成法とは、以下のように文章に穴を開けて、空欄を埋めてもらう投影法の1つです。文章の前半を「刺激」に、回答する人は意味の通る文章を完成させます。
子供の頃、私は周囲から( )だと言われていた。
なぜなら( )なところがあったから。親は、そんな私に対してよく( )と言っていた。
私は、親の意見に対して口には出さなかったけど、( )と思っていた。
【松本の解答例】
子供の頃、私は周囲から( 健太郎ならぬ本太郎 )だと言われていた。
なぜなら( 外に出歩く時はいつも本を持ち、移動中も本を読むよう )なところがあったから。親は、そんな私に対してよく( 本なんて図書館で借りろ )と言っていた。
私は、親の意見に対して口には出さなかったけど、( 本を持つことで知識が身体に取り込まれるのであって、図書館に戻したら体内の知識が引き抜かれる )と思っていた。
この文章完成法を用いた、「自分でも気付けていない理由」に辿り着くアンケートとなると、以下のようなものを想像されるかもしれません。
私がこの商品を買わないのは( )だから。
これだと、あまりに短絡的過ぎますね。地下1階までも掘れていない。
聞き方にはちょっとしたコツがあります。大事なのはリフレーミング、今までとは違う価値で捉え直して商品を見ることです。
「不満」とは、言い換えれば「満足していない」です。なぜ満足していないのかは自分ではわかりません。でも、自分だけが感じている潜在的な価値から照らし合わせて、ブランドのどこに満足していないか…なら答えられるはずです。
考えてみて下さい。缶コーヒーのライバルはペットボトルコーヒーでしょうか。スタバなどカフェのコーヒーでしょうか。コーヒーという物性で比較すればそうなのでしょう。
少し考え方を変えてみましょう。
どんな時に缶コーヒーを飲むでしょうか。直ぐに浮かんだシーンは、後輩が仕事を遅くまで頑張っている時に、缶コーヒーを2つ買って「ちょっと休憩しよか」と声を掛けて一緒に飲む光景でした。
そう考えると、缶コーヒーの競合は仕事をブレイクさせる"合いの手"ではないでしょうか。例えば複数人で摘めるプチ・シュークリームとか。仕事のリフレッシュ時に吸うタバコとか(吸って飲んでる人も中にはいますね)。
自社・他社、市場、顧客だけを見ていたら、絶対に缶コーヒーが持つ情緒的価値に気付けないでしょう。
こうした価値から照らし合わせると、缶コーヒーの不満は「1人とか2人とか少人数の休憩なら良いんだけど5人6人でリフレッシュする時に缶コーヒーって買い辛いんだよね」かもしれません。
同じカテゴリーの競合とは全く違うレベルの物事の「価値」から「不満」を紐解くことで、「自分でも気付けていない理由」に辿り着くのです。
これが「リフレーミング」です。元PGの中村さんがリフレーミングに触れているnoteも参照して見てください。
価値といっても「幸せな気分になる甘さ」「自分だけという特別感」といった表層的な価値によるリフレーミングでは効果は薄いです。
文章完成法を使って、その人にとって感じる価値のインサイトを完成させると、その価値のインサイトに照らし合わせて、ブランドのどこに満足していないかを探します。
それぐらい深い深い価値でないと、無意識の奥にある「理由」には届かないでしょう。
最後にお知らせ
今回の話を、もりもり盛りだくさん詰め込んだ書籍が光文社新書から刊行されました。こちらもご笑覧頂ければ幸いです。
以上、お手数ですがよろしくお願いいたします。