正解のない世界で、筋の良い"仮説"を大量に発見する方法
2007年から11年間、デジタルマーケティングの効果測定を行うシステムの開発、企画に携わってきました。主にエンジニアとして、時にセールとして現場に出て、様々なマーケターの方々のお話を伺ってきました。
「仮説を考えるのは大変だ!」
皆、口を揃えて言います。デジタルマーケティングは自動化が進んでいるとは言え、何故そうなるのかという仮説を考えないといけないようです。
ちなみに、私自身は仮説が浮かばず、データの海で溺死するタイプ。海を泳いで渡り切るマーケターさんが本当に眩しくて直視できませんでした。
訳あってデータサイエンスを始めたのですが、基本的にここでも「仮説」に遭遇します。筋の良い仮説を検証するために手段としてデータサイエンスを使うのだから、筋が悪ければ、いくら検証したってダメなんです。
「Garbage in, garbage out」と言って、ゴミのような仮説からは、ゴミのような結論しか出ません。
どうすれば「仮説」って大量にポンポコ生み出せるんだろう、とずっと悩んでおりました。今回のnoteは社会人13年目にして出せた1つの結論のようなものだと捉えていただければ幸いです。
ちなみに今回のnoteは、文中に自社サービスを紹介しています。PR記事に読めなくもないので、不快な人はここでサヨナラしましょう。
仮説を四象限で定義してみる
仮説と言っても、様々な切り口があります。MECEではありませんが、以下の四象限にまとめてみました。
仮説とは「答えを探すための仮の説」と「取るべき行動の仮の説」の2種類に分かれるのではないでしょうか。前者は「YES or NO」すなわち正解・不正解が決まっています。後者は「YES and NO」すなわち答えは自分で決めなければなりません。
「答えを探すための仮の説」は、仮説を答えとした場合の検証がメインになります。さらに仮説が正しいか、正解・不正解を確認します。ただし、答えはあるんだけど確認できない場合もあるでしょう(歴史とか…)。
「取るべき行動の仮の説」は、行動を列挙して、もっとも採るべき案の検証がメインになります。正解か不正解かという答え合わせはできません。仮説が問題ないか相手に確認はできます。ただし、相手がいなくて自分でなんとかしなきゃいけない場合もあるでしょう。
仮説が主に四象限だと定義すると、マーケティングは左下に位置するのでしょうか?
いや、私は違うと思っていて、以下の図にならないでしょうか。
マーケティングは正解が無いのか?
「マーケティングには正解がないですからね」と言われると、私は「?」と考えてしまいます。半分正解で、半分不正解な気がするからです。
なぜならマーケティングには、施策の「再現性」が求められます。正解が無ければ、再現性を担保できなくなってしまいます。
四象限の図に、以下のようにプロットすると分かりやすくなると考えます。
既存顧客に向けたマーケティング施策は、すでに正解があるのではないでしょうか。その正解がある仮説に基づいた施策を実行して「はいはい、良い感じですね〜」と確認できるはずです。
正解が無いのは新規顧客に向けたマーケティング施策です。何が当たるか分からない。「これ」という正解があるわけでも無く、後になって「この施策が正解だった理由は」とトレースする機会が多いのではないでしょうか。
ちなみに、新規顧客とは初回CVユーザーを指しません。多くの人が新規顧客を「既存顧客に非常に類似したデモグラフィックを持つグループの中から新しく獲得する顧客」と同義に語っていますが、全く違います。
今まで釣っていた池(類似デモグラ属性)から離れて、新しい池で魚釣りを始める行為を新規顧客の獲得と言います。今までと違う池ですから、過去行ってきた施策が通用しなくて当然です。
詳しい話は過去のnoteが参照になれば幸いです。
商品・サービスではなく価値に目を向ける
正解の無い仮説、すなわち新規顧客向け仮説を作るにはどうすれば良いでしょうか。私自身、手っ取り早いと考えているのは行動観察です。
ユニークな行動の背景に隠れている価値の源泉を読み取り「こういう価値って、今まで自社ブランド・業界で取り組んでこなかったけど、本当は消費者から求められているんじゃない?(=本当は自社ブランド・業界でやりたいけど、やっていないから他のカテゴリでやっているんじゃない?)」という仮説を生み出します。
なぜ価値に目を向けるのか。分かりやすく説明しているのはセオドア・レビット氏の「マーケティング発想法」に書かれた以下の一文です。
昨年、4分の1インチ・ドリルが100万個売れたが、これは人びとが4分の1インチ・ドリルを欲したからでなく、4分の1インチの穴を欲したからである
ドリルが欲しいからドリルを買ったのではなく、穴を開けたかった(=穴が欲しかった)からドリルを買ったのです。もしドリル以外に穴を開けてくれる商品があって、ドリルより安ければ、みんなその商品を買うでしょう。
商品を買っているのではなく、商品が提供する(機能的・情緒的)価値を買っている。この考え方が大前提です。
ちなみに、セオドア・レビット氏は「マーケティング近視眼」でも有名であり、マーケターを名乗るなら知っておかなければならない1人だと私は勝手に思っています。
話を戻して、様々な行動を観察して「なぜこんな行動を自社の商品やサービスで実現してくれないんだろう?」と考えるところから仮説が始まります。
その意味では、顧客に目を向けても何ら意味はありません。非顧客、ノンユーザーに目を向けましょう。私たちデコムでは「人間を見よう」と表現しています。
価値から仮説を大量に作る
デコムでは、筋の良い仮説を大量を作るために「新奇事象」と呼んでいる、たった1人の消費者のちょっと変わったユニークな行動を収集しています。そして「Trend banK」というサービスを通じて提供しています。
2019年6月末現在、「人間が金と時間を使っている」とされる14の生活カテゴリ単位で1105件の新奇事象を公開しています。1105人分の行動を観れる、と捉えれば良いでしょう。
今回は3件の新奇事象を公開しますので、そこから実際に何件か仮説を作成してみましょう。
何の仮説を作るか色々考えたのですが、我が故郷・大阪が日本に誇る大企業「鳥貴族」が、売上をさらに伸ばすための仮説にしようと思います。なんでもえらい苦戦しているようなのです。
ちなみに私は「鳥貴族」が2003年9月に道頓堀に出店して直ぐに、友人と足を運んで「旨っ!安っ!凄っ!」とびっくら昆布の塩こん部長に変身して以来のファンなのです。
新奇事象その①
新規事象その②
新規事象その③
仮説その①
新規事象①②を読んで…
・女性たちの本当に自由な時間はどこにあるんだろう?
・未だに抑圧されていないか。
⇒「女性を解放する」という価値。
「女性らしさや、社会の中の女性像という押し付け」から解放された環境が求められているのに、鳥貴族では十分充たされていないのではないでしょうか。そういう場所に選ばれるブランドになる可能性はあるでしょうか?
そういえば、「女子会コース」はあるのに、どうして「女性限定の店」って無いんでしたっけ?
「大戸屋」は2階や地下にあるから女性が入りやすい(=並んでいる姿や食べている姿を人に見られ、食い意地の張ったやつだと思われたくないから、視線を感じない2階や地下にあると入りやすい)なんて言われてますよね。
これも「女性らしさや、社会の中の女性像という押し付け」からの解放に当たると私は考えています。
「鳥貴族」って名前の由来は、社長によるとオシャレな名前にして女性客を増やす目的があったようです。で実際には、女性から求められる鳥貴族なのでしょうか?
仮説その②
新規事象③を読んで…
・ウソが100%ないものを享受したい。
・ウソが無いからシェアできる。
・企業はワタシタチを騙そうとしている。
⇒「ホントウらしさ」という価値。
ついている値段と、出てくる料理の価値が見合っていると確信できるものを注文したいのに、鳥貴族では十分充たされていないのではないでしょうか。そういう料理が出るブランドになる可能性はあるでしょうか?
2017年10月に鳥貴族は値上げして以降、失速したと言われています。そもそも値段は付加価値と同義であり、1品18円の値上げで失速するようでは鳥貴族の付加価値が伝わっていないのと同義です。
セントラルキッチン方式を採用せず、1本1本をその日の昼に串打ちするのは「鮮度を保つため」だそうです。店舗での串打ちを止めれば、赤字も改善されるでしょうし、それをしない。それって「ホントウらしさ」だと思うのですが、顧客の何%が知っているでしょうか?
「そこまでやって、この値段なら、むしろ安いよね」
という納得感を得られるのも、価値だと私は思います。
「コスパ」は非常に重要な感覚ですが、パフォーマンス÷コスト=コスパなら、コストを下げてコスパ感を上げるよりも、パフォーマンスを上げてコスパ感を上げる方が企業経営としては健全ではないでしょうか?
えてして企業側の提供している価値は、消費者に届いていない場合があります。つい先日も、丸亀製麺復活の兆しにUSJ再建人の森岡さんがいたというニュースがありました。
丸亀製麺の「強み」は全店に製麺所があり、小麦粉と塩と水だけで作った、できたてのうどんを提供することにある。しかし、そうしたこだわりは丸亀製麺側にとっては自明だったが、調査してみると実は消費者にあまり知られていないと分かった。
その結果、生まれたコピーが「ここのうどんは、生きている。」だと記事では書かれています。CMはこんな感じ。
僕自身、このCMを観ても「店舗で作るとか知ってたたし」としか思わず、「そんなんで新しい顧客が来るかい!」とツッコミ入れたのですがバンバン来客があるそうです。自分の視野の狭さ、思考の硬直性をもの凄く恥じた次第です…。
仮説に「正解っぽさ」を求めず、「確からしさ」を求める
「女性らしさや、社会の中の女性像という押し付け」から解放された環境が求められているのに、鳥貴族では十分充たされていない。
ついている値段と、出てくる料理の価値が見合っていると確信できるものを注文したいのに、鳥貴族では十分充たされていない。
いずれの仮説も正解かどうかは現時点ではわかりません。しかし、鳥貴族に訪れる新規顧客層になりうる可能性はありますし、リサーチなり社内にあるデータから検証する価値はあると考えています。
ちなみに、こういう仮説を検証するためにデータが必要になるのであり、DMPからこういう仮説は出てこない…という考えの持ち主です。私は。
正解のない仮説作りは「正解っぽさ」を求めず「確からしさ」を求めます。「確からしさ」とは、①実際に行動している人がいるという事実、②価値の裏付け、③自社ブランドでは提供していない、この3点です。
もちろん、こうした価値が、結果的には自社ブランドには求められていなかった、という場合もあります。そこは検証が必要になるでしょう。
だから、こうした仮説を100個ぐらい作っておき、新規顧客を獲得しないといけないタイミングで一気にリリースして検証→効果測定を繰り返して、勝ち筋を発見すると良いのではないでしょうか。
え、100個なんて無理? サクッとできちゃうよ、そうTrend banKならね。無料お試しやっているんで、よかったら使ってみて下さい。
正解をひたすら再現するマーケティングも大変だけど、企画をひたすら立案するマーケティングも大変ですよね。
私は11年デジタルマーケティングという世界にいて、顧客獲得=プロモーションだと勝手に定義していました。しかし新規顧客獲得のためのマーケティングはまさに4Pにかかる話であり、強いては既存顧客維持のためのマーケティングも4Pにかかる話になります。
プロモーションばかり頭にあった自分を本当に恥じます。
最後にお知らせ
今回の話を、もりもり盛りだくさん詰め込んだ書籍が光文社新書から刊行されました。こちらもご笑覧頂ければ幸いです。
以上、お手数ですがよろしくお願いいたします。