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続くパレスチナの大災厄「ナクバ」
みなさんこんにちは、エルサレム事務所の木村です。日本の5月は「憲法記念日」「みどりの日」「こどもの日」と記念日が続きますが、5月14日、15日とたて続けにイスラエルおよびパレスチナでもそれぞれのメモリアルデーが続きます。
今から76年前の1948年5月14日、イスラエルは独立を宣言したことにより、以降この日をイスラエル側では「独立記念日」と制定しています。その前日は、戦没者や犠牲者の追悼日であり、毎年追悼式典が行われます。その式典の中で、イスラエルのネタニヤフ首相は「われわれの独立戦争はいまも続いている」と演説しました。
一方、翌日の5月15日は、パレスチナでは「ナクバの日」と言われており、ナクバとはアラビア語で「大災厄」を意味します。イスラエルが建国を宣言したことによりパレスチナ人が住んでいた土地を追われて難民となったことを指します。当時土地を追われたパレスチナ人は何世代にもわたり難民となったまま、更に10月7日に発生し今(5月14日現在)なお続くイスラエルからの激しい攻撃と強制退避により移動を余儀なくされ、これを「新たなナクバ」と位置づけています。
イスラエルーパレスチナ両者の間では「ナクバ」に象徴される悲劇がいまなお続いていることは世界中の誰もが知る状況にさえなっています。ガザ南部のラファにイスラエルが本格的に地上侵攻することが懸念されていますが、そういった戦況の影にある「人びとの毎日」についてはなかなか知る機会がないのではないでしょうか。
そこで、今日は現在のナクバ=ガザ攻撃がもたらしたたくさんの大災厄、についてガザの現地スタッフから聞いたことを中心にお届けしたいと思います。
<逃げ惑うひとびと>
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2023年10月7日以降、ガザの人たちは10km×40kmという狭い空間の中を、北から南へ、南から中部へ、東から西へとより安全な場所を求めて、この半年間に何度も移動を余儀なくされています。移動先で十分な住環境や食べ物がある保証もありません。移動中に攻撃にあって命を落とす人も後を絶ちません。先日もラファ東部への攻撃が激しさを増したことで、荷物を山のように積んでガザ中部方面に移動する車が何台も通ったと、現地スタッフが報告してくれました。
<飽和状態の避難所>
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ガザ人口220万人のうち110~150万人近くが避難しているというガザ南部のラファから移動してきた人たちで、ガザ中部のデルアルバラフにある学校避難所はさらに過密状態になっています。現地スタッフは先日、ある学校を訪問したときにあまりの過酷な環境に言葉を失ったと言っていました。住環境や医療の環境が酷いだけではなく「表現しがたいほどの人間の体臭に加え、ガソリンの代わりに食用油を燃料として使っている自動車の排気ガスの臭いも酷く、ずっとマスクをつけていた」と言っていました。人口密度の高さからいって、恐らくトイレ周りやごみ集積場の臭いなどもかなり酷いのではないかと想像できます。
<目の前に迫る飢えの恐怖>
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5月7日にラファにあるエジプトとの国境検問所がイスラエルに占拠されて以来、外部からの支援物資の搬入がほとんど許可されない状態が続いています。他団体の話では、4か月ほど前にエジプトから毛布などの支援物資を入れる調整をしていてようやく先日、搬入できたということでしたが、もはや今後の物資搬入については全く目処がたたない状態です。ガザの人たちは攻撃による死だけでなく、飢餓や脱水、医療サービスの不足、様々な面で死と隣り合わせの状況にあるのです。
1948年のナクバと今の状況の一番の違いは、「死の恐怖から逃れる場所がない」ことです。1948年のナクバでは、当時のパレスチナの各地からガザや別の街へ、ヨルダン・レバノン・シリアといった隣国へ逃れたパレスチナ人も多かったのですが、少なくとも「逃れる自由」はあったわけです。しかしながら、今、ガザの人たちが安全を確保しようと思ってもガザの外に行くことは容易ではありません。自身や家族の命を守る権利さえも奪われているのです。
ガザからは「毎日、まるで攻撃開始の一日目のような攻撃が繰り広げられている」という悲痛な訴えが聞かれています。今、この瞬間もガザの中で何人もの人々が命を奪われています。このナクバを終わらせ、もう二度とナクバを起こさせないための早急なアクションが求められています。「自分一人がやっても意味がない」と思っても、思いを持った人がたくさん集まれば大きな力になります。是非、こちらを参考にして、できることから一緒に取り組んでいただけたらと思います。
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