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実りの秋が、やってきた。

和笑十楽日乗

今年=2024年は、私にとって、とにかくこれまでになかった数々の尋常ではない(個人的な)出来事を経て、厳しい精神状態のままであったが、どうにか、ここまでやってこられた。厳しい状態ながらも、私が己の精神を制御・維持してこられたのは、天の恵みに他ならない。すなわち、原点回帰して、あたらめて[般若心経]の霊力に縋らせて頂いたことが、実際、何よりのお助けとなった。

[般若心経のマントラ]

*漢語表記
羯諦
羯諦
波羅羯諦
波羅僧羯諦
菩提薩婆訶

*日本に伝わる音訳
ギャーテー
ギャーテー
ハラ ギャーテー
ハラ ソーギャーテー
ボディ ソワカ

*サンスリット語音表記
gate
gate
pāragate
pāra-saṃgate
bodhi svāhā

*日本語現代語訳(中村 元 先生)
往ける者よ
往ける者よ
彼岸に往ける者よ
彼岸に全く往ける者よ
悟りよ 幸いあれ

*要するに(シンプルだけど)
Viva Ascension, Viva!
Viva Enlightenment, Viva!

般若心経のマントラ

風の時代へ移り変わってゆくことを意識していたからかも知れないけど、ここ数日、厳しかった峠を越えることができたような氣がする。

ようやく、秋がやってきた。
実りの秋が、やってきた。

中今の心。
精神安泰への結実を齎してくださったという点で、これはやはり重要な御教えである。

過去を悔やまず。
未来を憂えず。
今が最善であるよう努める。

まさしく、一日の労苦は一日にて足れり、である。

[マタイによる福音書・第6章25節〜34節]

それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

マタイによる福音書・第6章25節〜34節

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