大阪狩り
揺れる東京
悲しくて 悔しくて
泣いて泣いてばかりいたけれど
かけがえのない人に
逢えた東京
やしきたかじん「東京」
作詞:及川眠子
☆
渋谷の無限大ホールで関西芸人が多数出ているお笑いライブを満喫した帰りしなに、富士そばに出向き、かけうどんとカレーライスを食べた。外に出たら日は暮れて街にネオンが輝いていた。私は大きくアクビをした。土曜日の夜ということもあり街は活気を賑わせていた。先週から梅雨が明けて夏本番が始まり、夜になってもシャツが汗ばんだ。私はもう疲れたからそろそろ帰ろうかと思った。
スマホを取り出してインスタグラムを開くと、結城が、渋谷で暇をしているという内容の文章を、自らの足元の写真と共に投稿していた。ドクターマーチンのブーツに、綺麗なブルーのジーンズ、垂れ下がった腕には高級時計がこれ見よがしに見受けられた。渋谷で暇をしているという内容よりも、自分がいかに品の良い身なりをしているのかアピールしたいが為の、まったく愚劣な行為であると私は思った。しかし、私も今日はこれから予定もなく、暇をしていたので、疲れたけど酒は飲みたい気分だし、とりあえずその友人、結城を呼び出してみることにした。
数分後に結城から返信があり、やきとりが売りの居酒屋で落ち合うことにした。実は結城とはついこの間も高円寺を飲み歩き、その時は会社からボーナスを受け取り金銭が多少潤っていたこともあり、私が奢っていた。今回は結城に奢ってもらおうと思った。彼もフォトグラファーの仕事でそれなりに金に多少の余裕はあるはずだった。
結城と二人きりで飲み屋を3軒周り、結局終電まで飲んだ。私たちはお互いの近況を話し、映画や音楽談義に花を咲かせ、それなりに楽しい時間を過ごした。最初の2軒は割り勘で払った。3軒目のバーの会計のとき、私は冗談とも取れる風に軽く、「前はおれが奢ったからここは奢ってや」と大阪弁で言った。その時、結城とレジの店員の顔色が一瞬曇ったことに私は後になって気が付いた。
神奈川生まれ東京育ちの結城は驚いたように私を見つめ「一緒に飲んでやってるのも圭介だけは友達だと思っているからだよ」とキツいトーンで言った。私は何か言い返そうと思ったが、余りに不意を突かれたので結局はここも割り勘にして、その後はお互いに口数も少なく、結城と駅で別れて、高円寺にあるアパートに帰った。
私は昔から怠け者で、本当は忙しない東京の水は肌に合わなかった。しかし仕事の都合で仕方なく東京に住むことになった。東京に住んで2年半が経つ。仕事は順調。この街で友達も恋人もできた。それなりに毎日を楽しめていると思う。私が生まれ育った街は十三という、大阪の中でもなかなかディープな下町だ。駅周辺には飲屋街、風俗街、パチンコ、ライブハウスなどがあって毎日賑わっていた。そんな私が東京で選んだ住処が高円寺。都会に近い下町という感じで、立地は十三に似ているし、街の雰囲気もどこかのんびりとしていて大阪に近いものがあった。私はすぐに高円寺を気に入った。
日曜日は朝から銭湯にいくのが日課だ。早い時間は人も少なく、快適に入ることができる。受付のテレビでは人気歌手、唐津ギンジの写真が映っていた。唐津についてなにかニュースを話しているらしいが音量は小さくてよく聞き取れなかった。それに私はこういった流行やゴシップにはまるで興味がないので、風呂を上がるとそそくさと帰路についた。
それにしても昨日の結城の言動が気になる。「圭介だけは友達と思っているから」とかなんとか。それに私が話した時の店員の冷たい表情。何かがおかしいと思った。結城とは特に喧嘩した覚えはない。彼のSNSでの過剰な自己演出にはたまにイラッとくることはあるが、それだって特に責めたことはない。
昼寝をしすぎて、起きたらすっかり夜になっていた。冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップをあけて、それからテレビを付けた。日曜日の深夜には関西の人気お笑い芸人ヤングギャングのバラエティ番組がある。私はこの番組を可能な限り毎週欠かさず観ていた。しかし何故か番組は別のお笑い芸人の番組に変わっていた。私は驚いた。普通なら最終回の放送告知があるはずだ。
私はツイッターの検索機能でヤングギャングの番組についてサーチした。トレンドのワードには大阪や関西弁といったものが多数見受けられた。
『やっとあいつらを見なくて済むんだな #ヤングギャング #大阪帰れ 』
『大阪とか関係なくもう、関西弁話すやつは東京から追い出そーぜ』
『悪いのは大阪人だけ。他府県の関西人を一概に攻めるのはよくないと思う』
一体何が起こったというのか。私はおとといの金曜日まで普段と変わらずにスーツを着て会社に出勤した。同僚には関西人も数名いたが私は何も変化を感じなかった。となれば、昨日の土曜日に何かが起きたに違いない。その答えはツイッターのタイムラインを遡りすぐに見つかった。
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