5.京都盆地の地下に潜む水盆・巨大スリバチダムを妄想する。
だし文化の決め手、京都の地下水を理解する。
出汁《だし》が決め手の京料理や豆腐づくり、茶道、酒造りなど京都の食文化に欠かせないものが「水」。京都盆地の地下には琵琶湖に匹敵するほどの豊富な水が蓄えられているといいます。しかし、どのような状態で蓄えられているのかを理解するには地層を知る必要があるかもしれません。今回は普段は見えない京都盆地の地層のお話です。
まずは帯水層について
京都盆地の地層は、砂や礫の層と粘土質の層が交互に何層にも重なっています。砂や礫の層は水を通しやすい性質があり、粘土質は水を通しません。砂や礫の層は水が蓄えられる地層になるため帯水層ともいいます。井戸水は、何層もあるこの帯水層から水を汲み上げているのです。
上の図は京都盆地の断面を南北に切ったものです。北は北山通りの辺りから南は巨椋池干拓地の辺りまで。その間は、丸太町通、五条通、京都駅など位置関係が記されています。上の図は下の計測データを簡略化したものなので上の方がわかりやすいかも。黄土色の基盤岩は硬い岩石です。周辺の山々とつながっていて、チャートや泥岩、砂岩などが混在する地質で構成されています。その硬い基盤岩の上に砂や礫など水を蓄えることができる地層と粘土の層が何層にもミルフィーユのように積み重なっているのです。赤や緑、黄色の線は海成粘土層です。その名の通り海底に堆積した粘土層のことで、京都盆地に海が侵入していたことを示す痕跡です。これについてはまたの機会に詳しく解説します。
上の図は京都盆地を東西に切った断面図です。五条通りから山科盆地にかけてを調査していますが見方は上と同じ。この角度だと盆地がお椀のように窪んでいるのがよくわかります。
上の図は、基盤岩の深さを色分けした図です。それに断面線と主な河川を加筆しました。基盤岩の窪みは、北は浅く南に深い形をしています。岩盤で最も深い場所は巨椋池があった場所で約800mの深さがあります。
このスリバチ状の窪地の中に溜まった地下水が流れ出る場所は、桂川、宇治川、木津川の3川が合流する男山と天王山の間の狭隘部になるといいます。男山と天王山の間は地上に近い場所でつながっており、ダムでいう堤体《ていたい》のような場所から水が溢れ出るイメージなのでしょう。
関西大学の楠見晴重教授は、京都盆地内に理論上蓄えられているであろう地下水の量を計算されました。すると約211億トンもの水が蓄えられている事がわかったそうです。これは琵琶湖に蓄えられている水、約270億トンに匹敵する量。しかも、ダムのような形状のためにわずかな量しか流れ出ないため楠見先生は「京都水盆」と名付けられました。我々的にはぜひ巨大スリバチダムと呼びたいと思います。
実は男山と天王山の間にはスリバチダムの天端と思われる岩盤が露出している場所があります。
この岩盤は、男山と天王山が下でつながっている一部が頭を出しているところ。地下ではスリバチダムに蓄えられた水が堰き止められている場所、ということを妄想しやすい場所でもあるのです。
伏見の帯水層を妄想する
酒どころで知られる伏見の地下にも帯水層は何層も存在しています。昭和30年代頃までは酒造りに浅い帯水層の水が使われていました。浅いもので4~6m、深いものでも13~14m程度。その後は、その下やさらにその下、さらにもう一つ下の帯水層へと酒造りに適した水を求めて各酒蔵は井戸を掘ったようです。ちなみに写真にある月桂冠の井戸水は地下60mから組み上げていると聞きました。あたりまえですが、とてもまろやかでおいしい水です。伏見の井戸水は硬度がやや高い中硬水。ほどよい量のミネラル分がいい酒になるようです。
ちなみに、名水で有名な伏見の御香水は桃山丘陵の山麓湧水になるので軟水です。京都の市中の浅い井戸水も軟水。京都市の水道水も硬度40程度の軟水です。軟水は昆布やカツオの旨味成分を抽出しやすく出汁をとるのに最適といいます。逆に硬水では昆布の旨味成分を抽出できないのだとか。京都の地下水が軟水だったから出汁文化が発達したのでしょうね。京都の食文化と触れる機会がありましたら、地下に潜む地層や巨大スリバチダムを妄想してみてはいかがでしょうか。