見出し画像

すいません、忘れ物届いてませんか?

なんの変哲もない田舎の駅。

電車は30分に1本しか来ないが、30分に1本しか来ないから多くのお客さんが乗車して、多くのお客さんが降車する。

何年か前にアニメの舞台になって聖地と呼ばれ、少ない車両にギュウギュウになってオタクと言われる人たちがわんさか来ていた時もあった。今でも時々来ているようだが、どれがオタクかは私には見分けがつかない。
そんな、なんの変哲もない田舎の駅でわたしは駅長をしている。

次の電車まで40分弱あることを計算して、報告書を書いている時だった。

「すいませ~ん、すいませ~ん」
野太い男性の声がした。

イスから立ち上がり、窓口に行くと、グレーのトレーナーを着た男性が立っていた。
『はい、なんでしょう?』

「実は、こないだ駅に忘れ物をしてしまいまして…」

『さようですか。どういったモノを?』

「帽子です、帽子」

『帽子ですね、ちょっと待ってください』

ここは田舎にあるなんの変哲もない駅。忘れ物保管所があるわけではなく、ホームに置き忘れた物たちは、棚の段ボールに放り込まれて保管されている。

段ボールをまさぐりながら男性に聞いた。
『どういった帽子ですか?』

「プロ野球の、一番強いチームの帽子です」

『一番強いチーム・・・、あぁ分かりました。ちょっと待ってくださいね』
地元のプロ野球チームが奇跡的な快進撃で昨年たまたま何十年ぶりかに優勝をした。おそらく男性はそのことを指して、一番強いチームと言っているんだろう。

『今年も優勝できるといいですね?』

「たま~に優勝するから良いんだよ。毎年優勝してたら、たぶんファン減っちゃうよ」

『そういうもんですかね』

段ボールをまさぐりながら会話を続けていたが、なかなか帽子は見つからない。

『お客さんすいません、帽子無くしたのっていつですか?』

「1週間前、1週間前の金曜日の夜」

『1週間前の金曜日の夜、ですね・・・』

駅長は嫌なことを思い出した。決して忘れていたわけではないが、記憶から消し去ろうとしていたのは事実だ。
実は1週間前の金曜日の夜、電車にはねらせ男性が死亡した。こんななんの変哲もない田舎の駅で、電車にはねられるということ事態、前代未聞の出来事で、この街にこんなに人がいたのかというぐらい見たことのない数の人が駅に集まっていた。

亡くなった方は男性ということ以外、遺体の損傷が激しく未だに身元は分かっていないらしい。

『すいません、届いてないですね~』

「ホントですか?帽子のツバのところに<祝>って書いてあるんですけど…」

『いやぁすいません、探してもないです』

「そうですか、分かりました」

駅長が段ボールを棚に戻し、窓口を見ると、そこにはもう男性の姿はなかった。

首をかしげながらも駅長が報告書の作業に戻ると、

「すいませ~ん、すいませ~ん」

イスから立ち上がり、窓口に行くと、そこには警察の制服を着た若い男性が立っていた。

『はい、なんでしょう?』

「これ返しにきました。先週の事件で警察が押収したここの物」

駅長が警官の抱えている箱を見ると、そこには先週の事故で、警官たちが持っていった駅舎の中の日誌等々、小物がたくさん入っていた。

『あぁ、ようやく返ってきましたか。それがないと不便だったんですよ』

「いやぁ遅くなってしまってすいません」

『いえ、そこまで大事ってわけではないんですが』

駅長は表に回って若い警官が抱えている箱を受け取った。

『アレ、これ・・・』

「あぁ、それは事件の時にホームに置いてあった野球帽ですよ」

『お巡りさん、事件事件って、あれ事故ですよね』

「いや、警察は事故ではなく事件だと思って捜査してますよ。不審人物の目撃情報もありますし、もみ合う声を聞いたという情報も・・・。すいません、僕余計なこと言っちゃいましたかね、それじゃこれで」

若い警官は、足早に駅を去って行った。

駅長は窓口のスペースに箱を置き、プロ野球の帽子を手に取った。
ひっくり返して帽子のツバを見ると、そこには・・・。

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁ~~』

駅長は帽子のツバに書かれていた「呪」という文字を見て、悲鳴を上げ、その場にへたり込んでしまった。
さらにさっきまで若い警官が居た場所、つまりさっきまで男性が居た場所の足元には、血だまりができていた。


この記事が参加している募集

ひとり~の小さな手~♬なにもできないけど~♬それでもみんなの手と手を合わせれば♬何かできる♪何かできる♪