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たかが面接
面接は苦手じゃない。そりゃあ少し緊張はする、直前はちょっとドキドキもする。
でもたかがバイトの面接。これまで何回か経験してるし、いつも通りやれば正直受かる。いつも通りやるだけだ。そう思っていたのに。
まさか、こんなことになるなんて―
「えぇとぉ、名前が?」
「小村モモです。」
高校2年の夏に突然の引っ越し、正直キツイ、でもしょうがない、両親が離婚したから。
何年も前からギクシャクしているのは感じていた、しかも私のせいで。
私は母と一緒に暮らすことにした。選んでいいと言われ、なんとなくそうした、特に理由はない。父のことも嫌いではない。
名前にはまだ慣れていない、私の身体はまだ「小村モモ」ではなく、「吉田モモ」だ。
「料理の経験はあるの?」
「アルバイトではないんですけど、母と2人暮らしなので家で料理は毎日作ってます」
「そっか、偉いね。そしたらウチでもすぐに慣れると思うよ。家庭料理をベースにした創作料理屋だから」
毎日というのは嘘だ。子どもは外で遊んで来なさいというのが母の考えで、手伝いをしなさいと言われたことはない。それでも包丁は扱えるし、家庭科の授業で煮物を作って先生に褒められたこともある。
「1週間で何回入りたいとかあるのかなぁ」
「できれば週5回は入りたいです」
2人暮らしだからお金を稼がなくてはいけない、わけではない。父からの仕送りはあるし、母はキャリアウーマンで、そこら辺のサラリーマンより稼いでいる。
「それぐらい入ってくれたら助かるし、仕事もすぐに覚えらえると思うよ。電車で来るなら交通費出るけど?」
「自転車なので大丈夫です」
今では当たり前に乗っている自転車。自転車に乗る練習に付き合ってくれたのは父だった。父は危ないからと自転車に乗ることに反対だったが、私の懇願に根負けし、自転車を買い与え、練習にも付き合ってくれた。自転車の練習では「離さないでね」という子どもの声を無視して、手を離す親というお決まりの流れがあるが、父は一向に手を離すことはなかった。「離さないと練習にならないよ」と私のほうが言ったのだ。そして今、再び私は父の手から離れた。
「テストの時期とか受験が始まったら休みは取ろうと思ってるのかな?」
「テストの時期は休み欲しいですけど、卒業したら大学には行かず、働こうと思っているので、受験は大丈夫です」
まだ誰も知らない私の人生プラン。初めて人に話したことで形の無かったものが、実体を帯びてきた気がした。
「あれ?この間まで、香川県にいたのに、今月から東京なんだね」
「はい、両親が離婚しまして。私は母親に付いてきたので、東京で生活することになりました。東京は母の地元で。それでバイトも見つけなきゃと思いまして」
自分の人生プランを知られたからか、急に親近感が沸き、声のトーンが上がった。
「しかも香川の丸亀なんだ。僕も丸亀出身なんだよね」
「えっ、そうなんですか?すごい偶然ですね」
「丸亀駅から歩いて5分ぐらいの和田商店って知ってる、あれウチの実家」
「分かります。学校帰りによく寄ってました」
面接官である店長の胸には、ワダッちと書かれた名札が付いていて、おそらく全員ニックネームの書かれた名札を付ける決まりがあるのだろう。わたしはモモとしか呼ばれたことがないからなんて書かれるのだろう、少し憂鬱になった。
「寄ってくれてありがとう。マニアックな地元トークができて嬉しいなぁ。今はいろんなモノが売ってる和田商店なんだけど、元々は八百屋だから。ウチの野菜は本当にオススメだよ」
「知ってます。父と店のおじいさんが仲良しで、よく野菜をサービスで貰っていたので」
本当に毎回手厚いサービスを受けていた。そのまま齧ると甘さが溢れ出るきゅうりや、生で食べられる玉ねぎが貴重なモノだということに気付いたのは最近のことだ。
「もしかしてお父さん丸亀の人?俺知り合いかな?」
「はい、丸亀出身です。吉田正雄という名前なんですけど」
久し振りに父の名前を目にした気がする。今の家では父の存在を感じられるものはすべて捨てられていたし、友人との会話で父のことが話題に上がることはない。
「えっ、正雄の娘なの?正雄とは剣道の道場で一緒だったんだよ。和田武って言えば、分かるはずだよ。あいつが薄情なやつじゃなければね」
父の友人。久しぶりに、というか初めてぐらい、父と近いに距離になった気がした。
ここで働くことになったら、毎回父の話をするのかなぁと冷静に考えている自分にも驚いている。父が剣道をやっていたのは初めて聞いた、父が剣道、確かに年齢の割に痩せているし。いつも落ち着いているのは、剣道に励んでいたせいなのかもしれない。あの時も。母とケンカしている時も父はいつも落ち着いていた―
「あんたがボーっとしてるから、モモが嫌な目に遭うのよ」
「母さん、そんな言い方してたら会話にならないよ。落ち着いてお互いの意見をすり合わせて、良い着地点を探ろうよ」
「なんで落ち着けるの!娘が学校で嫌な思いをしたのよ、今は落ち着いている場合じゃない、今すぐにでも学校に文句を言うべきよ」
「それこそモモは嫌な思いをするんじゃないのか?とにかく今はこれからどうするのか落ち着いて考えるべき時だよ」
「モモが学校で嫌な思いをしてるのに、なんでいつもそんな落ち着いていられるのよ」
「母さん、そんな怖い顔してたらモモが可哀そうだろ」
「モモが喋れないことでからかわれたのよ。あの子が喋れなくなったのはあなたのせいでしょ!」
「・・・、・・・」
私は9歳の時、父と公園で遊んでいて連れ去りにあった。父がちょっと目を離した際の出来事だった。
近所の人が見たことのない男の人と私が歩いている姿を見つけ、不審に思ってくれたお陰で大事には至らなかったが、警察官が大勢来て、小さな町の大きなニュースになった。警察官に色んな質問をされたが、答えられなかった。なんで質問に答えなかったのかは私にも分からない。話したら犯人が仕返しに来ると思ったのか、父が怒られると思ったのか。母に心配をかけまいと思ったのか。
それからしばらく学校を休んだ。母が付きっきりで隣にいてくれて慰めてくれたが、言葉で応じることはできなかった。
しばらくして学校に通いだした。クラスメートは優しく接してくれてとても有難かった。ただし会話で応じることはできなかった。
大人たちは普段の生活が始まれば声が戻ると考えていたみたいだが、私は喋り方を忘れてしまった。
そこからきょうまで私は筆記で相手とやり取りをしている。バイトの面接も母に電話で事情を話してもらい、そこから面接に来ている。
今までもそれでやってきた。
「こっちの言ってることは分かるんだもんね。そしたら喋れないのは仕事上は影響ないから安心してね。正雄は今も丸亀にいるんだよね?」
「連絡は頻繁に取っていませんが、丸亀で元気に暮らしていると思います」
今、父は元気なのだろうか。そういえば父がすごい元気な時も、すごい体調が悪そうな時も見たことがない。いつも穏やかな表情で、優しく接してくれていた。母は父のそこが良くて一緒になったはずなのに、そこが嫌になってしまった。
「もう離婚しましょう」
「結論を急ぐのはよくないよ。2人でじっくり丁寧に話をしていこうよ」
「あなたそれしか言ってないじゃない。結論なんかないんでしょ。少なくともここにいるよりは東京にいるほうが良い病院もあるし、環境を変えることで急に声が出るようになるかもしれないから」
「僕はここを離れることが良いとは思わないよ」
「だから離婚しましょうって言ってるの。あなたがここを離れられないのは分かったから。だったら私とモモが離れるしかないでしょ」
「モモの意見も尊重しないと」
「あの子はまだ子どもなのよ。親の私たちがしっかり道筋を作ってあげないと」
「子どもでも意見は聞いてあげないと」
「あなたはそうやってのんびりしたこと言って。そんな悠長なことをしてる時間は私たちにはないの」
いつも物別れになって2人の話し合いは終わっていた。私が喋ればすべてが解決するのに―。
「まぁあいつは一生丸亀にいるんだろうなぁ。剣道の年始めの稽古の時って毎回みんなで書初めするんだけど、あいつ毎年毎年<やまもも>って書いてたんだよ」
「<や・ま・も・も>?」
「そう、やまもも。今では減っちゃったと思うけど、昔はよく街のそこかしこになってて、練習帰りに食べながら帰ったんだよ。甘酸っぱくて、なんかクセになる味でさぁ。いつの間のか食べなくなったんだけど、今でも丸亀のどっかになってると思うよ」
「そうなんですね」
いつも書初めで<やまもも>と書いていた。
店長は思い出が詰まった扉をわたしに会ったことで、開けられてしまったのか、独り言のように丸亀の話を続けていた。父はなぜ同じ言葉を書初めに書き続けていたのか。
「なぜ父は<やまもも>と書いていたんですかね?」
「モモちゃんは聞いたことないかもだけど、あいつすっごく剣道強くて、全国大会に出た時に、街を上げて応援したんだよね。でもあいつ…、当日体調壊して試合に出られなくって、その時の応援してくれた人たちにいつか恩返ししなきゃっていつも言ってたから」
「恩返し…」
「だからあいつ丸亀の市役所に就職したでしょ。近所の花火大会毎回参加してるでしょ。でもモモちゃんのことはずっと気に掛けてるはずだから安心していいよ」
「そんなの分からないじゃないですかっ!」
急に大きい声を出してしまった。久しく父に会っていないこの人になにが分かるというのだ。込み上げてきた怒りと、これから働く場所でおかしな自分を見られてしまった恥ずかしさで、感情がグルグル渦巻いているのが分かる。
「そんなの分からないじゃないですか」
今度は冷静に言えた。取り戻せた訳じゃないけど。
「ももちゃん、いま声…。<はなもも>は丸亀の市花で、花言葉は<ただ1人を愛する>だよ」
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