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2022年7月、岩波ホール閉館と最後の作品

2022年7月29日をもって老舗ミニシアターの岩波ホールが閉館してしまいます。
長年に渡って世界の映画を届け続けてくれた劇場で、その功績は計り知れないです。
流行りものや売れ筋をかけることはなかったので行かない人は本当に縁がなかったかもしれませんが、もうこんな劇場できないと思いますので、ぜひ最後の記念にでも行って鑑賞するキッカケになったら嬉しいです。

この岩波ホールの紹介と思い出、上映中の作品についてnoteを書いてみます。


岩波ホール

岩波1

東京の古書街・神保町にある老舗の映画館。
独自のスタンスとラインナップで多くの映画ファンを魅了し、ミニシアターブームのはしりでもあった存在です。

1968年オープン

岩波ホールができたのは、今からなんと54年前! 相当昔です。
でも当初は映画館ではなく、「映画講座」、「音楽サークル」、「古典芸能シリーズ」、「学術講座」という四つの柱を中心とした文化的な催しを行なっていたそうです。


エキプ・ド・シネマ

オープンから6年後の1974年に、総支配人だった高野悦子氏と川嘉多かしこ氏によって映画上映を中心とするエキプ・ド・シネマ(フランス語で映画仲間の意味)が発足します。

川嘉多かしこさんは洋画配給の東宝東和にいた方で、欧米の映画文化と比べて日本の映画文化に危機感を感じ、岩波ホールの総支配人だった高野さんに声をかけ、エキプ・ド・シネマをスタートさせます。
そこからは主に映画館として岩波ホールは運営されていきます。


エキプ・ド・シネマの四つの目標

エキプ・ド・シネマがすごいのが、その志の高さです。
文化的な危機感から立ち上げているというのもありますが、商業ベースでないところでやろうとする意志の強さも感じます。
以下の4項目がエキプ・ド・シネマの目標です。

  1. 日本では上映されることの少ない、アジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介。 (その後、女性監督による作品も積極的にとりあげるようになる)

  2. 欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映。

  3. 映画史上の名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの。 またカットされ不完全なかたちで上映されたもの。

  4. 日本映画の名作を世に出す手伝い。


どうでしょうか、この目標。すごくないですか?
もう映画館の鑑です。
長いことやってる中で、バブルから不景気からドラマの映画化の台頭など色々な流行りや隆盛があるんですが、これまでのラインナップを見ても、自分が通った中での印象としても全くブレてないです。

これによってどれだけの世界の映画が日本に届けられたことか。
本当にとんでもない功績です。


上映の原則

この辺りのルールもすごいです。
今や結構当たり前なことをかなり早い頃からやっていたんです。

  • 日本で初めて各回完全入れ替え制、定員制を実施。

  • 予告編上映の際に企業コマーシャルを流さない。

  • 予告された上映期間の途中打ち切りを行わない。

  • 誰でも入会できる会員制度エキプ・ド・シネマの会をつくり、会員に葉書でお知らせを行い、会員割引を設ける。(有料。随時入会受付中)

その昔の映画館事情は分かりませんが、本や聞いた話でいうと昔は一度映画館に入ったら一日中入り浸っていたなんて話もあります。
自分が子供の頃ももしかしたらそうだったのかもですが全然覚えてません笑
二本立ての映画館もありますが基本は完全入れ替え制ですよね。

企業コマーシャルを流さないっていうのもすごいです。
貴重な収入源でもあるのでこういうことできる潔さって相当な哲学と志の高さがないとできないことだと思います。
シネコンなんてCMと予告編で15分くらいあるのでもはや何の映画を観に来たか忘れそうになる程です笑

上映期間の途中打ち切りがないっていうのも、最近ではもはや奇跡に近いブッキングだと思います。
シネコンなんかは初週の成績で打ち切りが決まったりします。
口コミで伸びてくる猶予すら許されない厳しい状況です。

映画館の会員制度。これも今やどの劇場でもやっています。
先見の明が凄すぎます。

▼岩波ホールHP



岩波ホール、思い出の作品

そんな岩波ホール、当然ながら独自のラインナップとなってます。
1970年代当初から世界の小規模作品、アート系作品をセレクトしていて、1980年代になってミニシアターブームが到来した頃には、必然とその先駆けの立ち位置になっています。

▼過去上映作一覧


『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

割とここ数年の作品ですが、noteも書いた作品だったので本作は思い出の作品でした。


『放浪の画家 ピロスマニ』

こちらはジョージアの画家ピロスマニを描いた作品ですが、リバイバルの際に観ました。最近のジョージア映画祭でもまた再上映されてました。
不遇の天才画家の日常、飲み代としてレストランに絵を描いたりとか、ビルの階段下が寝床だったりな貧乏ぶりが良かったです。


世界の巨匠たち

『木靴の樹』のエルマンノ・オルミ、『皆さま、ごきげんよう』のオタール・イオセリアーニ、ルキーノ・ヴィスコンティ、ケン・ローチ、アンジェイ・ワイダなどなど、なかなか上映されない世界の巨匠たちも岩波ホールで上映されてました。
リバイバルとしてや新作公開など、監督によっては他劇場へ広がったりもしていて本当に色々な才能を紹介してくれていました。


高野悦子さん

岩波ホールの初代総支配人の高野悦子さん。
映画会社の東宝に勤めた後にパリに留学。
その後岩波ホール創立と同時に総支配人に就任して、そこからずっと一線で映画界を牽引。
2013年2月9日、岩波ホール創立45周年に永眠。享年83歳。

まさに岩波ホールの生き字引。この方イコール岩波ホールです。
文化功労賞から日本アカデミー賞まで数々の賞も贈られており、著書も多数あります。


最後の上映作品 『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』

2019年 イギリス 85分
監督:ヴェルナー・ヘルツォーク

ノマド作家であるブルース・チャトウィンの足跡を追ったドキュメンタリー作品。

この映画が、岩波ホール最後の作品です。
これ監督があのヴェルナー・ヘルツォークなんです。

ヴェルナー・ヘルツォーク

『フィッツカラルド』とか狂った映画ばかり撮っていたヘルツォーク。
『コブラ・ヴェルデ』の原作がチャトウィンだったそうで、そこから親交があったそうなんです。

その時のクラウス・キンスキーのエピソードとかこの時の狂った時代を知ってるとニヤリとするような話で面白いです。
チャトウィンの生い立ちからどのように世界や旅に興味を持っていったのか、知人のエピソードなんかも交えながら語られていって放浪作家の悟りの境地が何だか垣間見れます。
彼の著書「パタゴニア」や「ソングライン」は読んでみたいなと思いました。

ノマドって今の時代でまた聞くようになりましたが、とある放浪作家の数奇な人生を、親交ある映画監督がその足跡をドキュメンタリーとして作品としたのが面白いです。
なかなか普段見ないタイプの作品だとしても、ぜひこの機会に鑑賞されてはいかがでしょうか。

岩波ホールの地下鉄から上がってくる時の石壁とかレンガの壁の雰囲気とか、チラシがたくさん貼ってある劇場内の壁面、ちょっと小上がりになってるトイレとか、奥行きがあるから最前列でちょうどいいスクリーンとか、ぜひ最後に体験しておいてもらいたいです。


最後に

こういうミニシアターがなくなってしまうのは本当に悲しいです。
まさに孤高の存在でした。
志を貫き誰も真似できない領域にいってました。

経済的には厳しかったとは思いますが、それでも商業路線にはいかない高潔な強い意志がそこにはありました。

岩波ホールに通っていて思うのは、常連客がみんな高齢なこと。
エキプ・ド・シネマの会員層も恐らく高齢者が多いと思います。
当時、カルチャーに敏感な若者たちがその文化的意義に賛同し、会員になって続いてきたんだと思いますが、時代も過ぎみんなで歳をとって行った状態だったんじゃないかと思います。

そこにコロナがとどめを刺し、経済的理由で経営困難となってしまった。
映画業界的にはクラウドファンディングなどの動きもありましたが、一時的なことでの判断はせずに閉館という結論が出されました。

ファンとしては残念でしかないですが、これが時代の流れなのかなとも思います。 こういう映画館があったんだってことが何か残っていて欲しいなと思って今回noteを書こうと思いました。


最後までありがとうございます。

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