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#5中国リハビリ記録【日本人理学療法士が接した小児リハビリの物語その1】

中国のリハビリ施設に、7歳の男の子が父親と母親、家政婦に伴われて訪れた。その子は交通事故で脳に外傷を負い、体を動かす力も失いかけていた。彼は座ることもままならず、会話もほとんどできない。車椅子に乗ったままの姿で、センターの入り口に現れた。


出会いと現状

その子の名前は明(ミン)だった。父親に支えられながら受付を済ませ、リハビリ室へと入ってきた。車椅子から下りるのを嫌がる明は、父親の説得にも耳を貸さない。彼の目には不安と恐怖が混じり、車椅子という唯一の安全地帯を奪われることを恐れているようだった。

 “先生、よろしくお願いします”と父親が言い、小さく頭を下げた。僕は理学療法士として彼に軽く微笑んで応えたが、内心は複雑だった。

この小さな体に刻まれた傷跡と、周囲が僕にむける厳しい視線……。これからのリハビリの険しさを容易に想像できた。

初めてのリハビリ

明に向き合いながら、僕はまず手を動かす簡単な運動から始めることにした。手を上げてみよう、万歳のように…と促してみたが、明は全く反応しない。それどころか、僕が少しでも車椅子から離そうとすると、泣き声を上げるのだった。

 “泣かせたくない”という思いと、“一歩でも前に進めなければ”という葛藤の中で、僕は試行錯誤を繰り返した。

彼が装着している支柱付きの装具も問題だった。装具を外そうとするたびに、明は激しく抵抗し、父親が説得しようとしても効果はなかった。

小さな変化

初日は何もできず、また翌日彼らは再びリハビリ室に来た。昨日とは様子が違う。

車椅子にいる明に向かい合い、僕は彼が興味を持ちそうな色とりどりの玩具や音の出る道具を使いながら、彼の気を引こうとした。はじめは目をそらしていた明も、少しずつ道具に手を伸ばすようになった。ほんのわずかな変化だが、それでも大きな一歩だった。

父親からの問いかけ

その日、父親が僕に尋ねた。

「先生、この子は完全に治るのでしょうか?」

その問いは、中国でリハビリに携わる理学療法士として何度も耳にしてきたものだった。患者の家族が抱く切実な希望。しかし、それに対する答えはいつも簡単ではない。

僕は一瞬、言葉に詰まったが、

「きることを一つずつ積み上げていきます」続けて「ただ、主治医は予後についてはどう説明していますか?」

明の父親は真剣な表情で僕を見つめている。 父親はため息をつき、 “医者はリハビリ次第だと言った”と答えた。

僕の答え

僕は慎重に言葉を選びながら答えた。

「予後について断言するのは難しいです。でも、リハビリは間違いなく必要です。少しずつ積み上げていけば、必ず何かしらの成果は得られると思います」

その言葉に父親は黙り込んだ。彼は満足できないと首を振った。彼が求めているのは怪我をする前に戻れるという希望だった。

希望の光

治るという希望。それは僕だって捨てていない。明の未来に何が待ち受けているのか、誰にも分からない。けれど、中国という環境の中で理学療法士としてできることを、今この瞬間積み重ねていく。それが僕たちにできる唯一のことだった。

その日、リハビリを終えた明が僕に微笑みを向けた。その小さな笑顔に、僕は小さな希望を見出した。

明に用意した資料の一部。発達を追いかけるようにプログラムを作成した。

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JUNYA MORI
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