西のほうで




風を感じることはできない
風は感じられるのだ
と言った彼は
山に三年籠ったのち
カレーライスが食いたくて
里に降りた

感じられるにはシュギョウが必要で
シュギョウなしには風はおろか
世界の大方の物質は感じられない

シュギョウを終えた俺が
カレーライスを食いたいとき
俺はまさにカレーライス
そのものなのだ
と彼は言い

カレーライスを
うまそうに平らげて
金を払わず
金を払った親切者に礼さえいわず
東のほうへすたすた歩いていった

親切者は名残惜しそうに
彼の後ろ姿を見送った
すると
米粒ほどの大きさになった彼が
くるりと振り向いて
いつか西のほうで会おう
と言った

その言葉はまるで
耳もとで囁かれたようで

親切者の蝸牛は
びんと震えた。




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