JKものがたり


(R)

真由香のまぶたが腫れている。又、昨夜は泣きながら眠ったんだろう。

前髪で隠したって俺にはすべてお見通しだよ。こうやって教室の窓辺にすわる真由香をいつも見ているからね。

窓ガラスを通して射す陽のひかりが真由香を薄いベールで包む。手を伸ばせば届きそうなのに白いもやがかかった真由香には、やっぱり触れることはできない。

と、急に真由香が俺の視線に気づいたようにこちらを見た。ちょっと驚いた俺は心の中を読まれないように平静を保って言う。

「おう。なんだ。また泣いたんだろう、お前」

一瞬、おどろいた表情を見せた真由香は「涼太には関係ないでしょ!」と言ってむこうを向いてしまった。

あーあ、あんなにまぶたを腫らして……。そんな真由香を見て俺のほうが泣きたくなった。

そして、真由香にそんな思いをさせる山崎に俺は強い嫉妬を感じた、いつものように。

 

(M)

何よ。涼太ったら。知ったようなこと言って。そうだよ。泣いたよ、また。

夜、ベッドの中で毎晩考えちゃうのよ。今頃、山崎さんは奥さんと一緒の布団で眠ってると思うと涙があふれてくるんだ。苦しくて悲しくて心が鷲掴みされるみたいに痛くって涙が幾つもつうつうと枕に落ちていくの。

こんな思いするなら別れたらいいんだけど、出来ないよ。こんなに好きになっちゃったんだもん。山崎さんもわたしのこと、愛してくれるし。

それにね、涼太。わたし、最後まで見てみたいんだ。わたしと山崎さんのこの関係がどうなっていくのか。涙が流れたら今度からこすらないようにするよ。まぶたが腫れないようにね。


ねえ涼太、死と隣り合わせの時ってホントに風景がスローモーションになるんだよ。この間の週末、山崎さんと遠出のドライブに行ったんだ。山頂近くのホテルで一泊したの。高校生が外泊はまずいけど、よし子の家に泊まるって事にした。周りの人にわたし達はただの恋人同士にしか映らなかったと思う。わたしは山崎さんに抱かれながら、この人が大好きだなあと痛感したよ。

なんで、わたし、こんなふうになっちゃったんだろう。でもね、涼太。もう、誰にも止められないよ。

楽しいドライブも、もうすぐで家に着くという時、急に飛び出して来たネコを避けようと山崎さんはとっさにハンドルをきったの。

あっという間の出来事なのに、わたしは飛び出してきたネコの驚いた顔や、道をはずれて横転していく車からの景色がスローモーションで見えたの。フロントガラスの向こうの薄暮れの空に浮かぶ雲もゆっくりと回転していったよ。

あーれーって感じで山崎さんの運転する車は道路脇の一段低くなってる畑に真っ逆さまで着地したのよ。

わたしと山崎さんは逆さまのまま、お互いを見て「大丈夫?」と言い合った。漫画みたいにね。体はあちこちを打ったみたいだけど、ラッキーなことに二人とも大きな怪我はなかった。

山崎さんは何度も謝ったあとに、二人が一緒に事故を起こしたことはまずいと感じた。わたしも察して「わたし、ここから帰ろうか?」と普通なら考えられないことを言った。山崎さんは、すまなそうに「大丈夫?」とまた言った。

わたしはシートベルトを外して、逆さまの車から這いだした。そして服に着いた畑の土を両手ではらうと、車内にあるバッグを引っ張り出した。

ようやく車から出てきた山崎さんは「本当にごめんね」と言って電話をかけ出した。わたしは何もなかったように畑の横の道を歩き出した。

わたしは家に向かって歩きながら、何かに対してすごく腹が立った。こんな事故をしたのに都合のいい女を演じなければならない自分に対してなのか。こんなわたし達の関係にか、それとも飛び出してきたネコに対してか。しかも一歩まちがえば死んだかもしれないこんな事故があった事を親にも涼太、あなたにも言えない。

気がついたら涙が流れていた。バチが当たったのかな。そして涼太の顔が浮かんで消えた。


高校のそばの喫茶店にわたしはいる。テーブルの向かいには山崎さんの奥さんとその友達。2対1か。ひとりでくればいいのに。

下校時間に校門のところに奥さんは来ていた。

こういう人か。会ってみたかったからちょうど良かった。

「わたし達、結婚してるんです。子供もいるんです」奥さんはわたしが知っている事を言ってきた。

歌の文句のような絶対絶命。でも、その人の薬指にはわたしを弾くはずの指輪はなかった。

「私達の関係はどうなってもいい。でも、私と主人と子供の関係は壊さないで」と言われた。

そして「あなたみたいな人でよかった」とも言われた。そうでなかったら、この二人に何をされたかわからない。

奥さんがトイレに席を立った時、奥さんの友達はわたしに言った。

「あの二人、とっくに終わってるのよ。あなた、奪っちゃいなさいよ」

そう言われて驚いたけど、ちょっと嬉しくてわたしはうつむいた。

その帰り道、わたしは思った。別れよう。もう、泣いてばかりはいやだ。

家に向かってトボトボ歩くわたしの視界に入ったのは、なんと山崎さんだった。

あの人の微笑みはわたしの頭の中の「別れよう」の文字をあっという間に溶かしてしまうものだった。


(R)

やっちゃたよー、どうしよう……。俺は真由香にキスをしてしまった。放課後のクラスに戻ったら誰もいない教室に真由香がひとり。俺が教室に入ったと同時に急いで涙を拭ってた。

もう、そんなの見たらたまらなくって駆け寄って真由香を抱きしめた。

そして、気がついたらキスしてた。


その事をよし子に話した。

「ダメだよ。あの二人はまだ続いてるわよ」それを聞いて俺はもう、何も出来なかった。

そして、しばらく真由香によそよそしくしてしまった。あんなに冗談が言い合えた仲だったのに俺が勝手に壊してしまった。



それから高校を卒業したある日、街で真由香とバッタリ会った。真由香は相変わらず美しい。ロングヘアを短く切って大人びて見えた。

俺は偶然に会えた事が嬉しくてお茶でも飲まないかと誘った。

しばらく会ってなくても冗談を言い合えるあの頃の二人にすぐもどれた。アイスコーヒーを飲みながら俺は本当に真由香が好きだったなあと思った。

そんな時、真由香は言った。

「ねえ、もし涼太の好きな人が結婚してたらどうする?」

俺は愕然とした。まだ、続いてるのか……? 俺はとうとう言ってしまった。

「山崎か?」

真由香は一瞬、驚いた表情をしたあと「知ってたんだ」と言った。

「うん。よし子から聞いてた」口止めされてたけど、もういいだろう。

それからは何を話したか覚えていない。俺は伝票をつかむとレジに行って、そのまま別れた。


(M)

涼太、知ってたんだね。あの時のキスは、どういう意味だったの。あれっきり話もあまりしなくなったよね。涼太があの時、わたしを引っ張ってくれたら、わたしを好きと言ってくれたらこの沼から這い出せたかもしれない。

もっと強引に……。





涼太、人間って悲し過ぎると涙がでないって知ってた?





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