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トマトソーススパゲッティと、おやじギャグ。
あっこりんの夢を見た。
あっこりんとは、イギリス留学時代、仲良しになった友人で、半年間、私のルームメイトだった。
あっこりんは、10年前に亡くなった。
夢の中で、あっこりんはまだ生きていた。私は未来から来たので、あっこりんがこれから亡くなってしまうことを知っている。本人はそれを知らない。それを伝えられるわけもなく、しばらくは仲良く買い物をしていた。
不意にあっこりんは、
「もう帰らなきゃ。あとひとつ買い忘れたものがあるから、ここでバイバイしますね」
と言った。
私は、もうこれで、会えなくなってしまう・・・と分かってしまい、どうにかこの場所に引き止めたいと思った。しかし、彼女は人混みに紛れて、見えなくなってしまった。
最後にハグしたい。
行かないでと言いたい。
そこで目が覚めた。
窓の外は、美しい夜明け。
せつない目覚めだった。
イギリスには、美味しいものがない・・・と、誰もが言う。確かに、旅行でイギリスに滞在した時には、美味しいものになかなか出会えなかった。
そう、出会えなかっただけなのだ。
住むうちに、美味しいレストランやお惣菜屋さんが見つかるし、自炊するうちにどこの店に行けば良い食材が買えるか分かってくる。留学期間中、私は学校で仲良くなった友達と、お互いの家を行き来して、食事を作りあい、美味しいご飯を、それはそれは数多く食べたものだった。
とりわけ、あっこりんと食べたご飯は、とても美味しかった。ふたりとも、オヤジギャグが好きだったし、とにかく一緒にいる時間が楽しかった。
大抵は、自炊をした。
よく作ったのは、パスタ。
ある日、共通の友達、由美が遊びに来て、トマトソースのスパゲティを作ることになった。
由美は、スターターにスープを食べる習慣がある。
私とあっこりんは「スープは、いらない派」だった。
「スープでお腹が膨れてしまうのは、実に勿体ない。次に食べるパスタこそ沢山食べたい!」
という見解からの結論だった。
由美は、コンソメキューブをお湯で溶かし、インスタントのスープを作り始めた。
あっこりんと私は、トマトソースを作る係だ。
玉ねぎのみじん切り、にんにくのみじん切りを炒め、シーフードミックスを入れ、トマトの水煮缶を投入して煮込む。味付けは、塩とオリーブオイル。
「最後に豆板醤を少しだけ入れるとコクが出るぞ」と教えてくれたのは、イタリア人の友人だった。何故、豆板醤を知っているのか謎だったが、よくしゃべる男で、「一分間だけ、黙っててもらっていいですか?」と、何度言いかけただろう。
私もあっこりんも、寡黙な人が好きだった。
ここで、パスタは何グラム茹でるか問題。
日本のレストランでは、一人前は大体、80グラム。
私達はそれではまるで足りない。100グラムは欲しい。今日は、3人だから・・・500グラムにしよう!
と、一袋、全部茹でることにした。
3人とも、計算は苦手だった。
「残ったら、残ったで、いいよね」
と、言ったものの、全く残さずペロリと平らげてしまった。500グラムのトマトソーススパゲッティを。
そういえば、由美は、コンソメスープをどうしたのだろう・・・と、食後のコーヒーを飲んでいる時、スープの存在を思い出していた。
すると、由美さん、
「全部、飲んだよ。ひとりで」
との返事。
キッチンに行くと、鍋いっぱいに作ったはずのコンソメスープが、すっからかんになっていた。
今も、あっこりんがこの世にいないことが信じられない。
私の中では、あっこりんは遠い旅に出ていることになっている。
いつか会える。
お互いの旅が終わった時に。違う場所、違う名前で。
そう思えばつらくない。
年下だったあっこりんは、ずっと敬語で接してくれていた。私が失恋したとき、言われた言葉が今も忘れられない。
「友人に言われた言葉があるんです。幸せになりたければ、魅力的なひとよりも、必要だと思うひとと一緒にいたほうがいいって」
あっこりん、今でも必要なひとは、どんな人なのか分かりません。それゆえ、ずっとひとりです。
ですが、ひとりがキライじゃないということに気づいてしまいましたよ。早く気付けば良かったかもね。(笑)
そして、今日、久しぶりにトマトソーススパゲッティを作った。何度作っても、あの日の500グラムスパゲッティのような味に作れない。
それはきっと、二度と戻れない若い日々と同じ。
あっこりんと一緒でなければ作れない味なんだと思う。
おしまい。