未見の「Blue Giant」を心配する!
要らぬ心配
テナーサックスをやっている身としては、この映画が気になるのは仕方がない。私はこの映画を観ないだろうと思っていた。洋画派、アニメも観ない。しかし、これだけみんなが褒めているところ、観に行ってみようじゃないか、と思ったりもする。
私はマンガを読み通してもいない。美容院や病院でたまたま雑誌連載を読んだくらい。正直言ってあまり惹かれなかった。
しかし映画はさらに心配だ。架空の奏者の演奏、マンガには書かれていない演奏が誰かによってなされるからだ。それが馬場智章によって演奏されるという。
宮本大のプレイスタイル
「Blue Giant」の主人公は、独学でサックスを学び、地元の河原でサックスを吹き自己鍛錬してきたという設定だ。そしてその才能が、プロとして開花していくわけだ。したがって、その演奏は、いかにも音楽大学で仕込まれました、という技巧を凝らしたものであってはならず、野性味にあふれているのではないだろうか。(確かに音楽大学で勉強し留学もし、という「のだめ」のような筋では、ジャズっぽくない。大学で「セッション」のようにシバかれるという展開はありかもしれんが、別の映画になってしまう。)
そして、宮本大は若くして頭角を現す、気鋭のプレイヤーであるから、今さら正統派のビバッパーであったり、ベン・ウェブスターや、スコット・ハミルトンのようなサブトーン使いのいぶし銀のプレイスタイルであったりすることはないだろう。
一方で、宮本大は練習熱心な天性のプレイヤーであるものの、フリージャズの闘士であるとは考えにくい。河原で練習をしていた姿からは、例えば近年亡くなった近藤等則が、その昔遠くへ突き抜ける自分の音を目指して海辺でトランペットを吹いていたという逸話を思わせるが、しかし宮本大がアルバート・アイラ―や阿部薫のようなマニアックな奏者であるわけでもなさそうだ。
コルトレーン後のコルトレーン?
そもそも皆も指摘しているが、「Blue Giant」は”Blue Train”そして”Giant Steps”の曲名の合成を匂わせるタイトルであって、ジャズとサックスに革命を起こしたジョン・コルトレーンのジャズ界への登場とその後の成長をイメージした作品であることは間違いがない。(練習熱心なところも、恐らくコルトレーンの逸話から来ている。)するとパーカーなどのビバップを塗り替えるような革新を、主人公の生きる時代(これは明示されていないようだが)、少なくとも80年代以降に(本当か)成し遂げる存在でなければならない、、、。果たしてそれは、実在のサックス奏者で言えばだれのイメージだろうか。これはかなり難しい。
コルトレーン後に一世を風靡したマイケル・ブレッカー?いやいやそれほどテクニカルな必要はない。はてまたコルトレーンの盟友ファラオ・サンダース?いやそんな黒黒しいわけはない。アルトになってしまうが、オーネット・コールマン?エリック・ドルフィー?違うなあ。この記事のサムネイル↑はイタリアのマックス・イオナ―タだが、彼のようなそつのない、ジェントルな演奏でもない、、、。
とにかく観よ!
実写映画にはキャスティングと言う役職があり、例えばこの映画のキャスティングディレクターを任され、どのプレイヤーを採用するか決めることになったら、私はほんとに悶絶するんじゃなかろうか。
馬場智章はバークリー出の、要は今どきのきちっと専門教育を受けた世代のプレイヤーであって、彼が宮本大のような素朴な出自の演奏をしてくれるのか心配だ。しかし、私よ、ぐだぐだ言わずに観に行けよな。