待つことも子育て~見たものになる
夢は毎晩のように見ますが、起きると途端に忘れてしまうことが多いです。
苦しい内容だと覚えている率が高いです。
今朝、起きてご飯を作りながら何かモヤモヤするなあと思ったら夢のせいだと気づきました。
思い出そうとしたら覚えていました。
こんな内容。
どこか合宿所みたいな食堂で給食のようにトレイに載せられた食事がずらり。主食はコンビニおにぎり。もう席に着いて食べ始めている人もいます。息子はまだ。健康志向のわたしは急いで普通のご飯でおにぎりを握り海苔を巻き、息子のお皿のコンビニおにぎりと差し替える。周囲の人の白い目、はどうでもいいのだけど息子が怒らないか心配し言い訳を考える。
後味悪いなあ、家事を続けながら思っていると、息子が起きてきました。
傍らのエコバッグが目に入りました。そうだそうだ、今日は息子が書初めの支度を持って行く日で、その道具を入れるのにいいと思って出しておいたのでした。
「ぼぼくん、このバッグを書初め用に使ったら?」
「いつもの習字道具のバッグで大丈夫そうだからいいよ」
「でも書初め用の長い下敷きなんて入らないんじゃないの?」
「短いのでもいいと先生が言った」
「墨池のふたは見つかったの?」
「見つかった」
「雑巾は持って行かなくて大丈夫なの?」
「しつこい」
ええ!しつこい!?ショック!!
急に夢が意味あるものになってきました。
昨日は天真体道の日でした。
親子で楽しみにしていました。なぜならお友達親子が来ることになっていたから。放課後スクールのボランティアがない日だったので、早めに三鷹に行きお茶をすることになっていました。
子どもたちはすぐ喫茶店に座っていることに飽き、先に道場に向かいました。残った大人二人は日本語音読指導者同士でもあるので、日々生じる悩みを吐露しあっておしゃべり、稽古の開始時間前に道場へ。
子どもたちは曾禰田先生の指導の下、自由な心で稽古をしていました。お友達も一緒なので息子も楽しそうで、先輩風を少し吹かせていました。
稽古が終わり、母ふたりは曾禰田先生にお礼を言ったり日々の困りごとを相談したり。相談したことに先生は一言、
「待つことですよ」
と言いました。実らないのは何か原因があるのかもしれないと、置き場を変えたり肥料をやったりしがちですが、機が熟せば必ず実ります、と。
学校の成績のことを言ったわたしにも、ぼぼ助は体験してからこそものにできる力を持っている、学校の成績に表れるタイプではないのでそれだけで見ない様にと助言してくれました。
稽古の間に先生が言ってメモしたこと。
「見たものになる。宇宙を見ていれば宇宙になる。」
先生は「くだらない漫画やテレビばかりみていたら、それになる」と言いました。子どものひとりが「赤ちゃんばかり見ていたら?」と聞いたら「赤ちゃんを見てたら赤ちゃんのような清らかな心になる」と答えました。
太陽を見続け実をつける植物。
実り熟すのをじっと待つべし。
サムシングディープだなあ。
こんな学びの翌朝、夢から始まり「しつこい」で片づけられた問答。
息子よ、母の実りを待っておくれ。
親子と言えども?!親子だからこそ血は争えない?!
全く対等なのでありました(;'∀')