新「公用文作成の要領」影響その3 自治体と公用文
前回の投稿の後、新しい「公用文作成の考え方」は、国としての正式なものとなりました。
そのため、改めて概要と経緯を紹介し、自治体への影響を考えたいと思います。
建議「公用文作成の考え方」
2022(令和4)年1月、文化審議会会長・同国語分科会会長から文部科学大臣に宛てて、「公用文作成の考え方」が建議されました(以下、「建議2022」と書きます)。
これは、
です。
この「建議2022」は、同月11日に文部科学大臣が閣議報告をしました。同日、各国務大臣に宛てて、職員への周知を依頼する旨、内閣官房長官から通知(令和4年1月11日内閣文第1号内閣官房長官通知「「公用文作成の考え方」の周知について」)。
このことにより、1952(昭和27)年の依命通知「公用文改善の趣旨徹底について」(※)は、その別冊「公用文作成の要領」(以下、「要領1952」と書きます)も含め、廃止となりました。
※昭和27年4月4日内閣閣甲第16号内閣官房長官依命通知「公用文改善の趣旨徹底について」
ただし、今回の建議は、「要領1952」を否定するものではありません。
たものです。そこで、まずは「要領1952」にはない、新しい考え方をご紹介します。
史上初の「公用文の定義」
そもそも「公用文」とは何でしょうか。
「公用文」と「公文書」は同義ではありません。
なぜならば、「公文書」には明確な定義が存在します(※)が、「公用文」には存在しなかったからです。
※「公文書」の定義は、「公文書等の管理に関する法律第2条」にあります。
つまり、「要領1952」は、「公用文とは何か」を定義付けないまま、約70年、使い続けられてきたのです。
したがって「建議2022」と「要領1952」の大きな違いは、まず、「公用文」の定義の有無です。
「建議2022」では、
と明記しています。
法令も
としつつも、「建議2022」の対象とはしていません。
その理由は、
と書かれています。
公用文の三分類
さらに、「建議2022」では、「読み手が誰か」という視点から、公用文を以下の三つに分類しています(図1)。
告示・通知等
例:告示・訓令、通達・通知、公告・公示
読み手:専門的な知識がある人記録・公開資料等
例:議事録・会見録、統計資料、報道発表資料、白書
読み手:ある程度の専門的な知識がある人解説・広報等
例:法令・政策等の解説、広報、案内、Q&A、質問等への回答
読み手:専門的な知識を特に持たない人
その上で、主に表記のルール、言葉遣いや文章構成については、次のように提案しています。
告示・通知等
従来通り、表記のルール、言葉遣いや文章構成を法令に合わせる(記事末尾の補注1に補足説明があります)。記録・公開資料等
表記のルールは法令に合わせるが、言葉遣いや文章構成はこの限りではない。〈内容や目的によっては、専門的な知識を持たない読み手を意識し、分かりやすい書き方が求められる場合がある〉とし、〈法令に特有の用語をかみ砕いた表現に直す〉などの工夫を推奨している。解説・広報等
〈全ての国民が読み手となり得ることを意識〉し、〈特別な知識を持たない人にとっての読みやすさを優先する〉。したがって、表記、言葉遣い、文章の構成すべてにおいて、法令や告示・通知等に合わせる必要はない。〈法令や告示・通知等に特有の言葉遣いや表記をそのまま用いるよりも、必要に応じてより分かりやすい文書作成を行うよう工夫する〉。文章の構成についても、〈発信者の視点からではなく、読み手の求めていることが何であるかに配慮した内容とするよう努める〉と書かれている。
新しい公用文の考え方
初めて「公用文」の定義を示し、さらに読み手ごとに三つに分類しただけでなく、「建議2022」には、次のような画期的な提案もあります。
公用文は、理解や信頼を得て、必要とされる行動を起こすきっかけとされるべきである
一方向の情報発信であっても、書き言葉によるコミュニケーションとして捉えるとよい
(特に解説・広報等は)義務教育で学ぶ範囲の知識で理解できるように書く
1文が50〜60字程度になってきたら、読みにくくなっていないか意識するとよい
厳密さを求めすぎない
「広報」と「広告・宣伝」は、必ずしも同義ではありません。
「広報」の定義は諸説ありますが、筆者は、「関係者と双方向のコミュニケーションをとることにより、長期的に良好な関係を築くこと」であるととらえています(記事末尾の補注2に補足説明があります)。
例えば、新型コロナウイルス感染症に関する「広報」の目的は、情報発信そのものではないはずです。
自分が感染しない、他者を感染させないための行動を促すことが目的でしょう。
このような「広報」の本質を踏まえている点で、前述の1.「行動を起こすきっかけ」、2.「コミュニケーション」という指摘は示唆に富んでいると思います。
また、「易しく書く」「短く書く」といった指摘は、「要領1952」にも存在しますが、具体性に欠けます。
「易しく」とは、どのレベルを指すのか。「短い」とは何文字なのか。それらが3. や4. のように明確に示されている点でも、「建議2022」は画期的です。
3. にあるように、
ためには、法令や条令、事業起案を含む告示・通知等にある言葉をそのまま使うことはできません。
自治体職員であっても、知らない、理解できない表現があります。
ましてや、法令や行政の素人である住民はなおさらです。
住民の理解を得て行動を促すためには、一般的な言葉・日常語に置き換えたり、解説を付けたりする必要があります。
厳密さと正確さは必ずしもイコールではありません。
その点について、5. のような注意喚起をしていることも、画期的と言える理由の一つです。
自治体文書と公用文
「要領1952」は、70年にわたって、国の文書作成のよりどころとされてきました。
これは自治体も同様です。
独自の「文書事務の手引」などを作成している自治体もありますが、その内容は、「要領1952」に沿ったものとなっているはずです。
ただし、2000(平成12)年4月、地方分権一括法が施行されて以降、自治体は国の指示・命令を受けて動く組織ではなくなりました。
そのため、「建議2022」に自治体が従う義務はありません。
このことを踏まえて、公用文を〈府省庁において〉作成される文書であると定義づけているとも言えます。
「(建議2022は)自治体に対する指示・命令ではありませんよ!」というエクスキューズなのでしょう。
実際、この「建議2022」について、国は自治体に対して通知もしていないそうです。
「建議2022」を知らない自治体職員が、圧倒的に多いと考えられます。
しかし、前述のとおり、「建議2022」は画期的で、優れた内容となっています。
公用文のみならず、自治体、企業を含め社会一般の文章作成にも活用できる、いや、すべきものであると考えます。
なぜならば、「建議2022」は、国語の専門家集団によって作られたものだからです。
具体的には、文化審議会(文化庁所管)に属する国語分科会の国語課題小委員会(以下、小委員会)で、3年にわたり議論され、委員によって執筆されたものが「建議2022」です。
(文化庁国語課の職員の方が書いたのではありません)
小委員会の委員は、言語学者や教育現場の方(国語の先生)、書籍など出版物の団体代表者、新聞社などメディアの方、作家など文学に造詣が深い方――といった言葉の専門家です。
そのため、「建議2022」の影響は、学校教育(学習指導要領)、JIS(日本産業規格)にも及びます。
そういった意味では、日本語でのコミュニケーションにおける根本的なルール、マナーとも言えるのではないでしょうか。
これを自治体が無視する必要性は見当たりません。そのため、筆者は図1に自治体文書を追加し、図2のように整理し直しました。
法令文から広報文への書き換え例
前述の小委員会での検討過程で、筆者は有識者として招へいされました。
18(平成30)年9月、文化庁へ出向き、自治体の文書事務の現状や、公用文と広報文の書き分けなどについて、委員の方々にお話ししました。
一例を挙げれば、「又は」「若しくは」の使い方です。
例えば、次の文を法令文のルールで解釈してみてください。
この場合、
「では鉛筆と万年筆を持っていこう」
とか、
「万年筆は使い慣れていないから、鉛筆とボールペンを持っていこう」
と考える人がいてもおかしくないですよね。
実際、法令文の専門家ではない人に聞いてみたところ、
「私は念のため、3種類、全部持っていきます!」
と答えた人もいました。
しかし、法令文における「又は」のルールに従って解釈すれば、いずれも不正解。
「鉛筆、ボールペン、万年筆のうち、どれか1種類だけを持参する」というのが正しい解釈です。
なぜならば、「又は」「若しくは」は「A or B」、つまり、「AかB、どれか一つ」(排他的選言)を意味するからです(記事末尾の補注3に補足説明があります)。
ただし、「若しくは」は単独では使いません。例2のように「又は」が使われている文で、結びつきに大小があるときにだけ「若しくは」を使います。
この条文では、刑罰として、「死刑」か「懲役」のどちらか一つを選択します。
「懲役」を選択する場合は、「無期懲役」か「3年以上の懲役」か、どちらか一つを選択します。
これが正しい解釈です。
こういったルールを知らない自治体職員も少なくないのです。
そして住民のほとんどが知らない。
そこで筆者は、「又は」「若しくは」を専門用語、業界用語と認定し、広報文では使わないことを提案しました。
これを受けて、「建議2022」でも、
として、次のように例示しています。
自治体から始めよう
自治体から住民に向けて発出する文書は、一方的なお知らせであっても、読み手とのコミュニケーションと捉え、読み手の立場になって書く必要があります。
そうすることで、読み手の理解と信頼を得て、書き手が意図した行動を起こしてもらうことができます。
その結果、不要な問い合わせやクレームも減らせます。
何より、健康増進や収納率向上、地域活性化といった行政目的を果たすことができます。
そのための考え方、具体的かつ効果的な方策が「建議2022」には盛り込まれています。
世の人々にとって最も身近な行政である自治体こそが、国に先んじて、率先して取り入れていただきたいものです。
まずは「建議2022」をご一読ください。
あわせて、「建議2022」をより詳しく、具体的に解説した拙著『令和時代の公用文 書き方のルール―70年ぶりの大改定に対応』(学陽書房)もお読みいただければ幸いです。
補注
補注1 法令文と公用文
以下、「第70回国語分科会資料2-1」より抜粋
補注2 「広報」の定義
現在、日本広報学会で、「新たな広報概念の定義」プロジェクトが進行しています。
これは、近年の広報を取り巻く環境の変化により、「広報」関連の言葉の概念にも変化が生じていることを受け、それらを改めて整理しておくべきという問題意識によるものです。
筆者も所属するプロジェクトメンバーで「広報」の周辺にある言葉の概念や用法の歴史的変遷の整理と現況における定義を行い、2023年4月以降に公表予定です。
補注3 「又は」の使い方
法律文の多くが、ある法律的要件のもとに、ある法律的効果が生じることをあらわす[要件→効果]の構造となっています。
「又は」は、「要件」部に使われているか、「効果」部に使われているかで、「OR」(排他的選言)なのかどうかが異なる例があります。
効果部に「又は」がある例(刑法235条)
[要件部]他人の財物を窃取した者は、
[効果部]窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。要件部に「又は」がある例(刑法35条)
[要件部]法令又は正当な業務による行為は、
[効果部]罰しない。
このうち、2. の「又は」は、「OR」(排他的選言)の意味を持ちません(図3)。
詳しくは、拙著『令和時代の公用文 書き方のルール―70年ぶりの大改定に対応』(学陽書房)をお読みいただけるとうれしく思います^^
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?