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読まれてナンボー長編受難時代

いやあ、長かった。正直、こんなに長くかかるとは思いませんでした。
韓国の翻訳書は今や毎月、いや毎週のように新刊のお知らせが届くほど活況を呈しています。運よく出版支援金もゲットできました。話題の監督による映画も公開されました。なのに、今回ほど持ち込みを断られ、あるいは無視されたことはありませんでした。さすがにメンタルが削られすぎてフィジカルまで消えてしまいそうでした。

一番の原因は「(内容云々以前に)長い」。訳文にして700ページ超です。すでに高騰気味だった原著者印税と紙代に円安が追い打ちをかけました。1000円を切る文庫や新書に100人単位で図書館の順番待ちができる時代に、即効性のある啓発書ならともかく〈物語を味わう楽しみ〉はとてつもない贅沢品なのですね。

厳しい現状を嘆いていても始まらないので、とりあえずページ数を減らすべく二段組みにしてみました(あ、安直…)。が、某編集者氏いわく「そんな体裁を最後に見たのはいつだったかなあ」。上下巻に分けることを検討してくれたところもありましたが、さほど物量が減るわけではないのでボツになりました。

もう一つ考えたのが文庫で出すこと。内容的にもカバンにしのばせて移動中に気軽に楽しんでもらいたい、とは思っていました。重さも値段も少しは軽くなるだろう(たぶん…)し、書店の限られた〈海外文学〉の単行本コーナーに入れてもらえるかどうか気を揉まなくてもいいはず――

ところが、文庫を扱う各社がそれぞれ〈ミステリー〉〈エンタメ〉〈純文学〉といった明確なジャンルを打ち立てており、「ジャンルとしての振り切れ方が微妙」とのことで、いずれも色よい返事をもらうことはできませんでした。要するに、どこに向かってどう売るのか自分の中でビジョンが固まらないまま、漫然と魚がいそうなところに餌を撒いて網を広げていたのがいけなかったのだと思います。

最終的に〈ノワール映画の原作本〉として売り込み、海外ミステリー文庫に完全版で収録、という願ってもない条件で刊行が決まりました。

実は、一番最初に目にとまった出版社で、あまりにもドンピシャで思わず声が出たほどでした。が、このフェアそのものは数年前に終わっており、「完全に乗り遅れた…」と落胆して一旦見送ったのです。仮に間に合ったとしても、セレクトされた作品はいずれもアメリカの王道ノワールで、ここに入れてもらうのは厳しいだろう、と判断したのでした。

ちなみに↑の右から二番目に座っているのが担当編集者氏です。映像方面にも明るい彼が新設の翻訳出版編集部に異動したのは、本作にとって大変な僥倖だったと思います。

いったん話が決まると早い早い…何周したか覚えていないほど見直したはずの原稿から、垢すりのごとくわらわら出てくる修正箇所に涙目になりながら、最終的に出来上がったのがこちらです。

Kindle版

 試し読みもできます。

当初用意していた邦題は『滾る血潮』。シンプルに訳せば『熱い血』ですが、原書の表紙に記された〈The Boiling Blood〉を生かしたうえで、物語の舞台となる海辺の匂いを込めてみました。本音を言えば、映画が日本で公開される前に出したかったのですが、人気俳優が揃うことで話題になったからこそ興味を持ってもらえた部分も大きく、訳出にあたって著者からは「作品は書いているあいだだけが作家のものだから」と大きめの裁量を頂いたので、とにかく世に出すことを最優先としました。

解説はミステリ書評家の霜月蒼さんに書いていただきました。さすが〈書評七福神〉のおひとりで、本作の位置づけに次々と挙げられる、文学にとどまらない国内外の作品の豊かさにひれ伏したくなりました。
装幀は岩郷重力さんで、物語の舞台となる90年代に渡韓された際に撮られた写真を元に、凶器も血も写っていないけれどしっかり不穏で、なおかつ映画のイメージにも繋がる雰囲気をぴったり表現してくださいました。
さらに、訳者あとがきにかえて出版社のブログに紹介記事を載せていただきました。本書との出会いや会話を方言で訳した経緯、著者のことなどを書いています。
http://www.fusosha.co.jp/mysteryblog/2023/06/post-393.html

そして、本作を元に制作された映画がこちら。

『応答せよ1994』でブレイクして以来、何に出演しても〈スレギオッパ〉の愛称で通る主演チョン・ウ(チョンウ)、他のキャストが思い浮かばないほどはまり役のチェ・ムソン、BTSのMV『Come Back Home 』から名を知られ始め、本作で新人賞を受賞して人気上昇中のイ・ホンネなど、実力派揃いです。ほとんどの出演者が釜山かその近くの出身なので、本国でも「字幕がほしい」と言われるほど本格的な方言が炸裂しています。30年も前の物語なので、舞台に設定された場所には当時の面影がなく、ロケ地探しに苦労したそうです。
クランクアップして公開を待つばかりになっていたところをコロナ禍に襲われ、長らく上映が延期されていました。日本でもDVD(レンタルを含む)や配信で全編を観ることができます。

最後に、著者キム・オンスの最近の様子(2022年ソウル国際作家フェスティバル)を貼っておきます。

この日、住まいのある鎮海から3年ぶり(!)に上京したとのこと。長らく執筆中の新作『ビッグ・アイ』の刊行が切に待たれるところです。


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