手の温度
「この治療にかけていたんです・・・」
患者さんが想いを話し出す。
ぽつりぽつりと心情を言葉にする。
私は患者さんの隣に座って患者さんを見ながら話を伺う。
先生は斜め前に座り、カルテを打ち込む手を止めて患者さんを見つめる。
ご主人は患者さんの正面に座り下を向いたり上を向いたりしている。
どうして良いのかわからないのだなというのが伝わって来る。
その患者さんは「最後の砦」としてその治療にかけていた。
しかし、その治療はすぐに出来ない状況となった。
そして在宅医療を選ばれた。
最期は家でと思ってはいるけれど、ご自宅から遠くはない緩和ケア病棟への入院も視野に入れている。
どの様に最期を迎えるのかは患者さんそれぞれだ。
体力が落ちていく事
少し歩けば息が切れる事
ご自宅の階段の昇降さえ辛くなって来ている事。
患者さんはご自身の心の状態と身体の状態の狭間で色々考える。
何な日か前まで出来ていたことが急に出来なくなる。
それは経験した人にしかわからないだろう。
頑張っている人に「頑張って」は酷だ。
これからは病気といかに共存していくか・・・なのだと思う。
でもそれは患者さんの心の準備が出来て初めてそう思えるものだと感じる。
患者さんは涙声になり、涙を堪えている。
そんな時、かける言葉は見つからない。
見つからないなら無理して言葉を探さなくても良いと私は思っている。
ただただ、患者さんの背中をさすっていた。
それしか出来ないから。
「看護師さんの手、すごくあったかいですね。」
そう言って涙を流している患者さんに手を握られた。
私は人が泣いているとすぐにもらってしまう。
手を握られて私は泣いてしまった。
ごめんなさい、私、すぐに泣いちゃうんです
そう謝ったら笑顔を返してくれた。
泣き笑い。
患者さんやご家族と一緒に涙を流す事が多い看護師生活だったなぁなんて振り返って見たり。
「ティッシュ、使って」
ってティッシュまで差し出せれた。
先生もご主人も患者さんと私のやり取りを見ていた、静かに。
私は看護師として沢山のの患者さんに関わらせて頂いて来た(写真は私じゃないですが)。
「患者さんに寄り添う」とか
「その人の立場に立つ」とか
色々、本当に色々学生の頃から学ぶ。そして看護師となり現場へ出る。
私は24年目。その大半を「集中治療室」という場所で過ごした。
機械がついてその為に眠らされている患者さんが殆どだ。
意識が無いとされている患者さんでも看護師は手を握ったりする。
その時の私の手はどんななんだろうと思って来た。
冬は手を何度も擦り合わせて、自分の手を少しでも冷たく無い様に患者さんに触れる看護師は多いと思う。カイロで手を温めてから触れる看護師もいる。
聴診器の患者さんに当てる部分を手で擦り、冷たく無い様にする看護師も多い。
「寄り添うこと」それは簡単では無いし、未だに出来ない。
「その人の立場に立つこと」それだってあくまでも自分の想像の範疇でしかない。「その人のこと」は「その人」にしかわからないのだもの。
そんな私の手を温かいと言ってくれた人がいた。
何もしていない。
ただ、ただ・・・
頑張って来たんだな
そして更に頑張ろうと思ったのにそれが出来なくなってしまったんだな
自分の思う様に身体が動かない事は辛いよな
これからのこと、不安で怖いだろうな
そんな私の個人的な想いで背中をさすっていた。
その手が温かいと言われた。
手は擦り合わせていない。あの場でそんな事は出来ない。
もしも、もしもだけれど私の手があったかいと感じてくれて、そこで患者さんが少しでも安心してくれたら良いなと思う。
今後の不安の中で太陽ではなく、夕陽の様にホッとできる時間になれたら良いなと思うけれども、それは医療者が判断する事ではなく、患者さん自身が感じる事だ。
あ・・・患者さん達は夕陽は不安な気持ちが大きくなる人が多いんだった・・・。だけれど、私は光を放つ太陽の様にはなれないから。
希望を与える朝陽にもなれない。
診療が終わった時、患者さんは2階から玄関まで降りて来てくれた。
「苦しくなっちゃうからここで結構ですよ。」
そう言う先生と私に
「これもリハビリですからね。」
と笑顔を見せてくれた。
お宅を後にして、私は泣いた事が恥ずかしくもあり、後悔もした。辛いのは患者さんなのに、ご家族なのにな・・・って。
その時に普段、診療を一緒に回っていても殆ど会話をしない先生が言った。
「手の温度は一番伝わるからね。」
この日の私の手が温かくて良かった。
「すみません、私まで泣いちゃって・・・」
「いいんじゃないのかな。ご家族が本人の前では流せない涙の代わりだと思いますよ。それでまた、患者さんが泣けて想いを出せるなら良いと思う。」
そう言っていつもの歩調でスタスタ歩いて行ってしまった。
後を追いかけながら空を見上げたら、夕陽に照らされた飛行機雲。
1時間半その方のお宅にいた。
在宅に来て良かったなとまた感じた。
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