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あの日のこと
4月から中学生になった。クラスには小学校
からの友達が1人、薫ちゃんが居たので何とか小さな居場所を作ることができた。
中学校の世界は薄っすらと化粧をした人、背が高く胸板が厚い人など、不揃いな人間がたくさんいる。先輩とすれ違う時の汗とコロンの匂いに私の鼓動が敏感に動いた。
コンクリートの校舎は冷たく、爪で引っ掻いた様な跡がいくつもある3階建ての建物。小学校の校舎と変わり映えしないのに私の身体はゾワゾワする。
私の教室は1階だったった。休み時間、ぼーっと窓際の席に座っていた私に薫ちゃんが
「ねえ、アレ何かなぁ」と窓の外を指差した。ゆっくりと指差す方向に目を移すと真綿の様な雪が降っていた。春の日差しの中、確かに私は雪を見ていた。
中庭に出られるドアをそっと開けて上履きのまま土を蹴り、中庭の真ん中に立ち空を見上げた。ヒラヒラと舞い落ちる雪は手のひらの中で息をひそめるように重なり、小指から包むように私は抱きしめた後、確かめるように指を広げると小さな紙が重なり合っていた。
3階のベランダから数人の男子の低い声が響いていた。
「もっと自由になれー」
無邪気な笑い声が校舎に反響していつまでも止まなかった。その中の1人の男子が一瞬、下を見下ろし私の瞳の中に入っていった。
瞳の裏側に住み着いた彼は3年生でバスケ部のキャプテンだった。坊主で鷲鼻、目が垂れてイケメンではない。でも彼の周りには友達が集まり温かいオーラにいつも包まれている様だった。
私は彼の行動を自然と目で追いながら、3年生しか通らない廊下や教室をウロウロする事が多くなった。そんなある日、3年の女子に
「あなた1年生だよね。何をしてるの」
と声をかけられてしまった。顔は真っ赤になり心臓は大きく鼓動し身体が硬直して声を出すことも出来なかった。彼が見ているのを感じ、身体の奥の細胞が熱をもって目覚め身体中を這うように侵食していく…今まで感じたことのない感覚に戸惑い身動きできなかった。
ふと気がつき、身体の熱が冷めたかと思うと机の上に顔をうずめていた。
あの日から窓の外を眺める事が多くなった。新緑の葉がヒラヒラと踊り、赤や黄色に色づいた葉が舞う風景が何度となく繰り返し、通り過ぎていった。
ある朝の校庭、ピーンとした幾何学模様を描いている冬の空気の中で、白く吐く息が体を包みながらバスケットゴールに向けて空高くジャンプしている男子がいた。
そう、彼の姿がそこにあった。
彼の周りだけ穏やかな熱を帯びた空気が流れていた。
空気が私の頬に触れた。彼が振り向き穏やかな視線を交わした。
私は「これ…あなたの未来ですか」
と言いながら右ポケットの中で白くて小さく重なった紙を差し出した。
その時、木々がざわつき風が吹いて重なり合う小さな紙は空高く飛んでいってしまった。
空を見上げながらポツリと…
「自由になれ」
と言った彼の言葉が校庭に響き、いつまでも私の耳の奥で囁いていた。
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