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探し者(短編小説)

LINEが届いた。
久しぶりの友の文字を目にする。
…この度、三軒茶屋に創作料理店をオープンする事になりました。店名は【fragmento…フラグメント】雇われシェフだけど…
遠い友が私の知らない街でシェフを始めた。

幼い頃、家の裏山にある古墳でよく遊んだ。
埴輪の欠片のような物が時々見つかる。
本物かどうかは分からないし、どうでもいい
欠片は私たちにとって心を満たす宝物だ。
探し出した時のワクワクした高揚感を今も鮮明に覚えている。
その時の心臓の鼓動が小さな体から
ドゥク、ドゥクと波打って静かな裏山に
響き渡る。
夕焼けに照らされた裏山を一羽のカラスが
舞っている。
その隣にはいつも剛の横顔があった。

剛は幼馴染の近所の男の子、特別勉強や運動ができるわけではない普通の男の子だった。
小学5年生の中では背が低くいじられ易い対象ではあったが、可愛らしい笑顔と人に流されない頑固さもあって、いじめの対象にはならなかった。

ある日クラスメート女子が突然学校へ来なくなった。皆んな気づいてはいても声を出して話題にすることはなかった。
朝のホームルーム、剛は突然右手を天井に向けて指先まで真っ直ぐ伸ばし手をあげた。
椅子を引くギゥイーという音が窓からの風に乗って教室中を足早に駆け巡った。その後、沈黙が時を奪い静かに剛の高い声が教室に響き渡った。

「遠藤さんが学校へ来なくなったのは欠片をなくしたからです…」
と緊張する事なく淡々と声を発した。

私を含めたクラス全員と担任の先生が一斉に剛の声に引き寄せられるように耳を傾ける。
不器用だけれど一生懸命に生徒を見守る担任は眼を丸くしながらボサボサ髪を手で掴み
「どんな欠片なのかなぁ」と尋ねると剛は
「欠片は見えない小さな宝物です。いつも見えるとは限らないから探し続けないとダメなんです…」と答えた。

その時、瞳の奧に透き通る光が差していたのを私は確かに見た。

LINEの文字を見ながら小学生の頃の自分や剛が目の前にいる様で手のひらを広げ腕が痛くなるくらい伸ばしてみた。掴めるものなら手のひらの中に包み込みたい気持ちになっていた。

毎日仕事が深夜になり心も体も疲弊し直ぐに返信できなくて2週間が経ってしまった。
慌てて…久しぶりだね。剛がシェフになったなんて驚いたよ。今度お店に行くからね…と短く返信を済ませた。
その後、剛からはのLINEは届かなかった。
それから剛からのLINEを思い出すことはなかった。

初めて仕事で三軒茶屋に出向いた時、ふと小さな赤い店舗用テントにfragmentoという文字が目に入った。見覚えのある文字だが何を意味するのかは全くわからなかった。でも何故かドアの向こうに探しているものがある様な気持ちになり重いドアを開いた。

店内は植物と温かな電球の光に満たされていた。「いらっしゃいませ…お一人様ですか」と低い艶やかな声で迎え入れてくれた。
カウンターに案内され店内を見渡すとモノクロカラーの山里の写真が壁の額縁に丁寧に抱かれる様に掛けられていた。

カウンターから厨房にいるシェフの横顔が見えた…。毛細血管が見える様な色白の透き通る顔立ちだった。手元の料理が仕上がり正面を向いた瞬間…視線が合いびっくりした。「いらっしゃいませ」女性のシェフだった…。

てっきり男性だと思い込んでいたからだ。顔全体をゆっくりと見ると、どこかで会った様なきがして…暫く脳内が激しく波打った。

やがて私は細い糸を紡ぐように思い出した。
…小学校の同じクラスだった遠藤さんだ…不登校になってから会っていなかった少女は聡明で美しい女性シェフになっていた。

彼女の後ろ姿にゆっくりと「高瀬小学校5年3組だった遠藤さんですか…」と尋ねると彼女の左肩がピクリと動いて振り向いた。

再び視線を交わし互いを確認できた。暫くしてランチタイムが終わり思い出を語り合う時間をとることができた。当時の彼女は何故不登校になったのか理由は分からないと言い、学年が上がるタイミングで引越をし転校していた。
半年前にこの店のシェフが亡くなり、その後を引き継いだと話した。

また、彼女は山里の写真を見た時、この店でシェフをすると確信し、その直後に何者かが、えも言われぬ輝きを纏い自分に迫ってきたと言った。私は彼女とあった偶然と私が剛からLINEが届いた意味を考え暫く2人の間に沈黙が続いた…。

時計の針が動くと同時に唇がゆっくりと動き「亡くなったシェフの名前はご存知ですか…」と尋ねると「確か…吉田 剛さんという方です」と答えた。
背筋がゾッとし肩の筋肉が硬直したと同時に固くて歪な形をした欠片が輝きを纏って心の隙間に鎮座した。

窓の外には夕焼けのグラデーションが広がり一羽のカラスが橙色に染まり輝きを放って飛んでいた。

欠片は大空を飛び姿を自由に変えて彼女を見つけ生を繋いで救う。そして救われた者は誰かの救う人になる。
今、涙がゆっくりと這うように頬を流れ落ち愛らしい剛が私に微笑んだ。

                  アグア











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