思い出すだけで魂がギンギンに熱くなる『ヤヌスの鏡』(1985)のホットワード
もし、あなたにもうひとつ顔があったら…
みんな大好き大映ドラマ、フジテレビ水曜8時枠。堀ちえみの『スタア誕生』が終わり、新ドラマは『ヤヌスの鏡』…
ヤヌスって何?
杉浦幸って誰?
オープニングの石像こわい!
ヘアメイク含めてユミの様子がおかしいというひたすらショッキングな第一印象だった『ヤヌスの鏡』は、わたしの中で『乳姉妹』と並んで大映ドラマのベスト・オブ・ベストに輝きつづけています。
まじめで気弱な女子高生裕美は、厳格な祖母(初井言榮さま)に幼いころから日々折檻されている。裕美の実母は男に捨てられて死んだ愚かな女だと、こと男女交際に関しては厳しく躾けられ、生徒会長の進東さん(おなじみ宮川一郎太)からのラブレターをおばあちゃまに見つかって「つけ文など汚らわしい!」「お前に隙があるからだ!!」と朝から竹の物差しでビシビシ叩かれている。育ての両親(実母の弟夫婦の前田吟と小林哲子)は「今日はとくにひどい」「病的ですわよ」と、おばあちゃまの躾が度を超えていることもわかっているけど、とてもじゃないが口出しできない。
裕美はこの仕打ちがトラウマとなって<お香の煙><ビシビシ叩く音><ガラスや陶器が割れる音>という折檻3点セットを連想させるシーンを目の当たりにすると心の奥底のドアが開き、もうひとつの人格が現れます。
それはふだんの自分とは正反対の凶悪な不良少女ユミ。そんなユミにあこがれる家出少年たっちん(風見しんご)。ユミと敵対する暴走族「野獣会」会長の涼子(ジェームスディーンみたいな女の子の大沢逸美)。この夜の街の人たちのセリフがひときわふるっていて、1985-1986当時の中学生にとっても「何を言ってる…?」と、その様子のおかしさは異質でした。
ナンパ男を打ちのめす様子にひとめぼれしたたっちんはユミになついてきて、
なぜかユミは、ナンパ男はそこまでせんでも…ぐらいに打ちのめしたのに突然ブレイクダンスを披露するたっちんを邪険にはしません。そんな二人の視界で不良少女グループ「野獣会」が暴れだし、遠目ながらユミと涼子はバチバチに意識しあうのです。野獣会のいる六本木へ連れていけとたっちんに言うユミ。
問題は、こんなふるったセリフを一息で言うユミが、吹替えってこと。
ユミのお声を演じた野口早苗は、大映ドラマの次作(また堀ちえみ)『花嫁衣裳は誰が着る』では岡田奈々の「ユリデザインルーム」で働くスタッフ役として出演を果たしたのだけど、当時はまさかユミの声の人だとは思いませんでした。
ちなみにわたしはミス大映ドラマの伊藤かずえさまはこの『花嫁衣裳』のときがいちばん好き。その伊藤かずえが自ら演りたくて『ヤヌス』の原作コミックを春日千春プロデューサーに持ち込んだものの、すでに主演の『ポニーテールは振り向かない』が控えていて叶わなかったというのは有名な話。
もし伊藤かずえが裕美/ユミだったら。それまでの大映ドラマで「カミソリのマコ」も馬上から不良を蹴散らすお嬢様も演じている彼女だったら、吹替えはいらなかったはず。
とにかく『ヤヌス』デビューの杉浦幸に何がおこったのか、ユミの声は野口早苗だったのだ。これでいいのだ。当時は強烈な違和感しかなかったけど別人格は別人の声でいいと思うし、今見るとそんなに気にならない不思議。これってどこかで…
あ、主題歌つながりのあの映画の違和感と一緒だ。
ドラムのイントロが鳴りだすだけでワクワクしちゃう『ヤヌス』の主題歌『今夜はANGEL』(椎名恵)。
原曲『Tonight is What It Means to be Young』は1984年のアメリカ映画『ストリート・オブ・ファイヤー』の主題歌。劇中、この曲を歌手エレン・エイムに扮するダイアン・レインがステージで歌います。
これが正真正銘の口パクで、初めて観たときは違和感しかなく、作品の落ち度のように感じて「え、がっかり…」と思ったものだけど、最近は観るたびに気にならなくなってきているという、ユミ吹替えと並ぶ不思議現象。
そして『ヤヌス』での「野獣会」の初登場シーン。これも完全に『ストリート・オブ・ファイヤー』の極悪集団「ボンバーズ」の暴れっぷりそのもの。
内容はまったく違うものの、この2つの作品と楽曲が30年以上たってもまだわたしを熱くさせてくれるなんて、切ないよユミさん!胸がパンクしそうだよ!
・おじさま、踊りましょ。レッツダンス!(デビッド・ボウイの影響?)
・水平線のきらめきの果てまでぶっ飛んで行こう(トリップ…?)
・ナイフで斬りつけられてもアタシの体は痛みを感じないんだ(やっぱりトリップ…?)
・アタシたちは夢の旅人になろうじゃないか(どう考えてもトリップ)
・ババアが泣くと足元からウジが湧くって言うじゃないか(純粋にこわい…!!)
この非日常すぎる異質なセリフたちがあるからこその、ユミのサイコ感=裕美の抑圧の強さなんです。ユミがサイコであればあるほど、裕美のかかえる抑圧は強い。
六本木のバー「トランク」の中村晃子ママもわけあり感満載だし、だんだん壊れていく進東さんがタクトを振りまわしてワーグナーの『ワルキューレの騎行』を聴かせるという奇行に裕美が叫ぶ「もうやめて!私、もう十分にワーグナーを堪能したわ!」は昭和史に残る事件だし(かまいたちの監禁コントみたい…)、魔性のユミに転がされかけた高橋悦史の階段落ちも忘れられない。拾っても拾いきれない名・迷シーンとセリフや設定の宝庫『ヤヌスの鏡』。永遠に語り継ぎたいです。