鼓笛隊と夏の思い出
マーチングバンドじゃなくて鼓笛隊、スネアドラムじゃなくて小太鼓だったじゅんぷうです。
幼稚園、小学校と全員参加の鼓笛隊がありまして、幼稚園は小太鼓、小学校はアコーディオン…のオーディションに落ちてその他大勢組の鍵盤ハーモニカでした。小学校のほうは運動会や卒業式といった校内行事での演奏に限られていたと記憶していますが、幼稚園はナポレオンスタイルの衣装を着て園外でも演奏の機会がありました。
中でも、幼稚園鼓笛隊のハイライトといえば、市の夏まつりでパレードに参加するという晴れ舞台。当時の夏は30度、31度でテンション上がるぐらいのことでしたが、それでも園児が真夏に楽器を持って練り歩くのはまあ過酷なことでした。さすがに衣装もナポレオンではなく体操服。
その夏まつりに向けて園庭で練習中、倒れてしまったことがあります。曇りだけど蒸し暑い日でした。このときわたし、左腕をねんざしていたのです(家の中で一人ですべりこみの練習をしていたというしょうもない理由)。痛む腕をかばいながら小太鼓を演奏していて、具合が悪くなってしまったんでしょうね。
医務室がなかったのか、ただ使えなかったのか、わたしは冷房の効いた園長室に運ばれました。応接セットの黒い革のソファに寝かされたのですが、テーブルの向かい側でお金を数えていた園長先生と目が合い、ソファの背のほうを向くよう寝かし直されたというほほえましい思い出。
園庭は手狭だったので、いざマーチングの練習となると市営グラウンドなど広い場所を借りて、炎天下で練習していました。外での練習のときは、練習の合間にごほうびアイスをもらえて、それが楽しみでした。
現在中2の息子、あさっての吹奏楽コンクール(観覧は配信で!)に向けて毎日部活をがんばっています。34度もある時間帯に出て行って帰ってくるのは夕飯時。今日も「水筒のお水足りた?」と聞くと、コンクール前の外部講師の方による練習が今日で最後だったそうで「パピコもらってみんなで食べた!」と言っていて、わたしもあの遠い夏の日のアイスを思い出したのです。
わたしの楽器人生は小学校の鼓笛隊で終わりでしたが、息子は小学校でスクールバンドに加入し、中学で吹奏楽部に入部。区のジュニアオーケストラにも入団したのですが、こちらはコロナの影響でまともに活動できていません。部活も通常どおりとはいえないけど、なんとか活動できているからには不完全燃焼しないよう、コンクールで力を出してきてほしいと願う母じゅんぷうでした。そして、息子の担当はパーカッションなのでした。