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『Learning Process-Based Therapy』読書会完結! 資料の一覧と総括コメント,お役立ちリンク集など

近年の臨床心理学では,Process-Based Therapy (PBT) という枠組みが提唱され注目を集めています。このPBTを学ぶための勉強会を2022年2月に立ち上げて,下記の『Learning Process-Based Therapy』という書籍の読書会を進めてきたわけですが,2022年8月に読書会がめでたく終了しました!ブラボー!

本当に,沢山の方々にご参加いただいて,まずは半年間走りきれたと思います!その感謝の気持ちを込めて,総まとめの記事をお届けします!勉強会で用いた資料の一覧に加え,樫原からの総括コメント,お役立ちリンク集edited by菅原さんなどをお送りします。 

PBT勉強会自体は今後もまだまだ続きます。勉強会が気になっていたけど参加できていなかった方,この記事で初めてPBTや勉強会のことを知ってくださった方,ご興味があれば,この記事の末尾からぜひお気軽にご参加ください!多くの方々と新たに交流できること,心から楽しみにしています!



勉強会の資料一覧

『Learning Process-Based Therapy』という書籍の内容を,パワーポイント形式で参加者のみなさまにおまとめいただきました。また,一部の章には感想記事がついていて,どれもとても読みごたえがあります!「PBTがだいたいどういうものなのか」「勉強会の人たちはPBTについてどういった印象をもっているのか」を把握するのにお役立てください!

第1章 Rethinking Clinical Science and Practice
発表:菅原 大地さん (筑波大学)

第2章 The Network Approach
発表:樫原 潤 (東洋大学)

第3章 The Extended Evolutionary Meta-Model
発表:重枝 裕子さん (国立精神・神経医療研究センター)
感想記事:杉田 創さん (国立精神・神経医療研究センター)

第4章 The Cognitive, Affective, and Attentional Dimensions
発表:伊藤 正哉さん (国立精神・神経医療研究センター)・重松 潤さん (富山大学)

第5章 The Self, Motivational, and Behavioral Dimensions
発表:村中 誠司さん (大阪大学)・安達 友紀さん (神戸大学)

第6章 The Biophysiological and Sociocultural Levels
発表:野口 詩織 (東京医科歯科大学) さん・倉石 聡子さん (アップコンセプト・スタジオ)

第7章 Context Sensitivity and Retention
発表:森下 結花さん (稲荷山武田病院)・津田 菜摘さん (同志社大学)

第8章 A Closer Look at Processes
発表:河村 麻果さん (福島学院大学)・竹林 由武さん (福島県立医科大学)

第9章 Disrupting the System
発表:嶋 ⼤樹さん (追⼿⾨学院⼤学)・矢部 魁一さん (国立精神・神経医療研究センター)

第10章 Treatment Kernels
発表:平井 友貴さん (岡山大学)・林 竜也さん (林こころのクリニック)

第11章 The Course of Treatment
発表:国里 愛彦さん (専修大学)
感想記事:三宅 拓人さん (公益財団法人井之頭病院)

第12章 From Problems to Prosperity: Maintaining and Expanding Gains
発表:水野 雅之さん (筑波大学)・石川 惠太さん (東京大学)

第13章 Using the Tools of PBT in Practice
発表:齋藤 順⼀さん (広島⼤学病院/早稲⽥⼤学)
感想記事 (公開準備中):石井 寛さん


運営責任者 (樫原) の総括コメント

ここまで「怒涛の資料リンク祭り」になっちゃいましたが,「PBTがどんなものか,さっくり理解した上で資料を読みたい」という人もいると思います。僕自身も「PBTとは,つまりどういうものなのか」というのを自分なりにまとめたくなったので,総括コメントをつらつら書いてみます。

執筆者プロフィル

樫原 潤 (かしはら じゅん)
東洋大学社会学部社会心理学科助教
博士 (教育学)・臨床心理士・公認心理師

臨床心理学が専門の大学教員です。「臨床実践をせずに研究に没頭する人がいた方が業界が活性化するんじゃあないか」とか,「ありがちな『臨床心理学研究』の型に囚われない研究があってもいいんじゃあないか」とか考えながら日々過ごしています。

わざわざ「~じゃあないか」と書く程度には,ジョジョが好きです。その他,業績や経歴など細かいことは,下記の個人ホームページを適宜ご覧ください。


PBTのモットーと現在地

半年間『Learning Process-Based Therapy』という書籍の読書会をやってみてわかってきましたが,PBTは「治療パッケージや理論的枠組みの『完成品』」ではなく,「これからのClinical Science (臨床心理学・精神医学など) が進むべき道筋を示したアジェンダ」なのだろうと思います。そこで掲げられているモットーとしては,以下のようなものがあります。

・「診断名ごとのプロトコルに沿った画一的な治療」から脱却しよう!
・科学的実証性を担保しつつ,ケースの個別性にも対応できるよう,業界全体をテコ入れしよう!
・異なる学派の間にも共通項は実は潜んでいるものなので,「あらゆるセラピーを包括できる枠組み」を作っていこう!
・平均論としての「エビデンス」ばかり見る時代を終わらせ,1人1人の「プロセス」を丁寧に見る時代を切り拓こう!


わーお!なんだか心の踊るうたい文句の数々ですね。上に掲げたモットーは,臨床に携わる方なら,何かしら響くところはあるんじゃないかと思います。「エビデンス偏重で,ろくにクライエントという『人』を見ようとしない…そんな臨床ってなんかやだなあ」ということって,多かれ少なかれみんな考えたことあるのでは。

押さえておくべきは,こうした「ちゃんと個を見よう!」という主義主張が,なぜ今の時代に声高に掲げられたかだと思います。おそらく昔の臨床家は「個を見る」ということを,現代のわれわれよりもうんと必死にやっていたはず。そこから少し時代が経つと,「臨床家の必死さはわかるけれど,科学として,実証性をもっと大事にしましょう」というEvidence-Based Therapyの波がやってきたのでしょう。しかし「エビデンス重視」も,行き過ぎると「個を見ない,画一的な臨床」に陥るなど,それなりの制度疲労を起こすわけです。その制度疲労を顧みて,「今の時代ならではの蓄積を生かし,『個を大事にする視点』に立ち戻り,『エビデンスとも両立できる形』をなんとか作り出そう」としているのが,このPBTというものなんではないかと思います。

「なんか行ったり来たりしている感じだし,PBTがやっていることは別に新しいことではないのかも」と思った方もいらっしゃるかもしれません。その理解は,半分正しく,半分間違っていると思います。確かに,「原点回帰」の要素は多分にあります。一方で,ただ単純に「先祖返り」しているわけではなく,現代まで発展してきた科学の力を借りて,確実に進歩している面もあります。「ものごとは,らせん階段状に進歩する」といった格言がありますが (ヘーゲルが由来の言葉?),PBTがやっているのは,まさにそれなのだと思います。

現代なりの理論や枠組みの力を借りつつ『個を大事にする視点』に立ち戻って,もといたところより高いところに行こうとしている・・・それが,僕の理解する「PBTの現在地」です。らせん階段を上っている途中なので,具体的なツールや「ケースマネジメントの処方箋」がまだまだ開発途上ではありますが,「なんとかしてもうちょっと高いところに行こうぜ」という気概は感じます。そういった営みを,Steven C. HayesStefan G. Hofmann のような大御所が率先してやっている姿に,きっと多くの人が引き付けられているんだと思います。


・・・とかなんとか自分なりに考えていましたが,Hayes先生たちが最近出したレビュー論文を見るに,「PBTはまだアジェンダを示した段階で,これからいろいろと整っていく」という理解で大体あっていたようです。たぶんオープンアクセス論文だと思うので,良かったら読んでみてください (長いけど)。


PBTの最低成立要件とは?

ここまで,「PBTとは,『科学的実証性』と『ケースの個別性』の両立を目指すアプローチだ」ということを説明してきましたが,これだけだと定義として広すぎるし,実現可能性も気になるところです。その辺りが気になって書籍や論文を手に取ると,Hayes先生やHofmann先生特有のあっつい (「熱い」うえに「厚い」) 文章を読まされる羽目になります。両先生の書籍や論文は,読み切るにはすごく体力と時間が要ります。書籍・論文のそこかしこにポエムや檄文のような表現が出てきて,読んでいてわくわくするのですが,論の本筋を見失いやすいきらいもあるんですよね~。そういった事情から,書籍・論文の最終ページにたどり着いた頃には,「結局,PBTって今までのアプローチと具体的に何が異なるんだろう?」と迷子になることがよくあります。


僕自身も上記のような迷子体験を何度か繰り返しましたが,最近ようやく,「下記の2つを活用していさえすれば,PBTと呼んで差し支えないのではないか」という結論にたどり着くことができました。

・1人1人のクライエントを独自の「複雑系」とみなし,その複雑系を記述して視覚化するための,ネットワークモデル (←ネットワーク科学が由来)
・「クライエントの情報をなるべく多角的に収集し,全人的理解につなげられるように」という意図のもと設計され,「ネットワークモデルにどの情報を組み込むべきか」という臨床判断をガイドしている,拡張進化論メタモデル (←EEMM [いーむ] が愛称,進化科学が由来)


・・・はい,これだけ書かれても「なんのこっちゃ」ですねー。note上で説明を続けようかとも思いましたが,図とかあった方が確実にわかりやすいので,近々学会発表で用いる予定のスライド資料を貼っておきました。14枚でまとめたので,こちらの資料でさらっとご理解いただければ。


この「ネットワークモデル」と「拡張進化論メタモデル (EEMM)」の合わせ技でPBTは進むわけですが,この2つはどちらも,「臨床心理学の特定の学派」ではなく「心理学以外で発展した,幅広いものごとに適用可能な理論」にルーツを持っていて,きっとここがミソなんだと思います。不毛な学派対立を招く前に,みんなが納得しやすい枠組みに基づいて「臨床」という営みを記述してしまおう,ということですね。だからこそ「多様な学派が相乗りしやすい枠組み」に発展し得るし,「心理学に限らない,最近の科学的アプローチとの接続」みたいな応用的価値も生まれやすいんではないでしょうか。


これからPBTとどう付き合っていくと良いか?

ここまでの文章でも述べてきたように,現在のPBTは「これからのClinical Science (臨床心理学・精神医学など) が進むべき道筋を示したアジェンダ」であり,「多様な学派が相乗りしやすいよう,工夫して設計された枠組み」といえます。こうした特徴をもつPBTと今後どう付き合うと良いのか,僕なりのおすすめをいくつか考えてみました。

1つ目のおすすめは,「いまのオリエンテーションはそのまま大切にしつつも,自分の臨床を俯瞰で振り返るためにPBTの枠組みを参照する」ということです。「1人の人間がマスターできること」の要領には上限がありますし,臨床家それぞれに「特定の学派なり着眼点なりへの思い入れ」があって当然だろうと思います。そういった「自分の得意分野」を大事にするためにも,EEMMなどの枠組みを参照し,「自分のセラピーは,人間という複雑系のこの次元・レベルに働きかけようとするものなのだ」ということを整理しておくと良いのではないでしょうか。PBT由来の新たな言葉を借りつつ「自分のセラピーとは一体何なのか」を言語化しておけば,現実の難しいケースに直面したときにも,原点に立ち戻りやすくなる気がします。

2つ目のおすすめは,「自分と異なるオリエンテーションの臨床家を理解して交流するために,PBTという枠組みを参照する」ということです。臨床心理学あるあるだと思うのですが,少しでも自分の専門から外れた講演などを聞くと,話が難しくてぜんぜん頭に入ってこないのですよね。。。でも大抵は,同じ「人間」「クライエント」という存在の,異なった次元やレベルに光を当てているだけなんだろうと思います。場合によっては,「同じ次元やレベルに光を当てているけれど,介入する際の切り口が異なっている」ということもあるかもしれません。隣の学派の人が話していることの詳細まではわからなくとも,「この人はEEMMでいうここに着目しているんだな。自分にはない観点でがんばっていて立派だな」と思えれば,建設的な交流につながりやすいと思います。

3つ目のおすすめは,「『科学的実証性とケースの個別性を両立しよう!』というアジェンダに便乗して,新しい臨床の形を自分なりに切り拓く」ということです。僕自身は,オランダの心理統計学者が切り拓いた「心理ネットワークアプローチ (※)」というのにドはまりしていて,なんとかこれを臨床応用につなげていきたいと妄想しています。そんな妄想をしているときに,PBTのアジェンダが出てきて「ネットワークモデル」も強調されるようになったので,もう本当ラッキーだと思っています。似たような感じで,「こんなことができたら面白いのになあ・・・」と思っている人は,PBTに便乗してぜひ新しいことを始めてほしいです。「そんな臨床の形もありえるんだ!」とみんなで互いに面白がれば,業界がまた1つ,大きく進歩することでしょう。

(※「心理ネットワークアプローチってなに?」と思った方は,ぜひこちらの記事を・・・!)

逆に,あまりおすすめしないPBTとの付き合い方は,「Hayes先生やHofmann先生の書いたことを一種の『経典』と捉え,その通り忠実に臨床実践していく」というやり方です。現状では,『Learning Process-Based Therapy』という書籍を参照しても,「主旨はわかったが,具体的にどういう手続きを取ればいいのか?」というポイントだらけです。今後細かいところも整理されていくのでしょうが,「一通り整った」という状況になるのはいつのことやら・・・。そして何より,「偉い先生のおっしゃることを絶対視する」というのでは,「個別性を大事にする」というPBTの姿勢に大きく背くことになってしまいます。ぜひ,ご自身の価値観や,置かれた状況を大事に臨床に取り組んでほしいです。その上で,PBTから得られるものがあれば,それはぜひ積極的に活用してみてください。「PBTに従う」のではなく,「PBTを利用する」というイメージが良いかと思います。


おわりに

いやあ,「ちょっとした総括コメントでも書いとこ」というつもりでnote執筆に取りかかったら,こんなに長くなってしまいました。読んでくださったみなさま,ありがとうございます!

PBTが「いろいろ語りたくなってしまうぐらい,魅力にあふれたアプローチ」であることは,樫原が身をもって保証します。ぜひみなさま,少しでも気にかかったら『PBT勉強会』にご参加いただき,おしゃべりや情報共有を気ままにやっていきましょう~。



運営責任者 (菅原大地さん) によるお役立ち情報

『PBT勉強会』を共同運営している菅原 大地さん (筑波大学) が,「PBTを学ぶための資料のリスト」をいただきました!日本語・英語の論文,英語の書籍,YouTubeなどの動画を挙げていただいています。本格的に読み込みたい人,動画で熱気を直に感じてみたい人などなど,ニーズに合わせてご活用ください!


また,菅原さんが「僕の方でも総括記事をブログに書いてみようかなあ」とおっしゃっていたので,出来上がった際にはここにリンクを貼ってお知らせします。お楽しみに!


『PBT勉強会』の参加者募集

「日本でPBTに興味を持つ人同士が活発に交流できる場」として,『PBT勉強会』というオンラインコミュニティを運営しています。PBTが少しでも気になる方は,ぜひ積極的にご参加ください!

勉強会の形態

Slackというビジネスコミュニケーションツールを活用しています。好きなときにオンラインコミュニティにアクセスし,チャットやスタンプで好きなように交流できます。

2022年8月まで『Learning Process-Based Therapy』の読み合わせを勉強会メンバーで行っていましたが,任意参加の別のイベントも気ままに行っていく予定です。イベント等については,Slack内で随時お知らせします~。

参加条件

基本的には「PBTに興味のある方なら誰でも!」と思っていますが,「他の参加者と,フラットかつ友好的な態度で交流できる」ということだけ,参加条件として設定させていただきます。

参加方法

下記のリンクから手続きをして,Slack グループご参加ください。「Slack グループへの参加」をもって「勉強会への参加」とします。

「Process-Based Therapy 勉強会」へのご参加はこちらから

Slack グループにご参加いただいた際は,Slack内の # general チャンネルで自己紹介 (お名前・ご所属・ご関心など) をお願いします!参加に際してご質問のある方は,Slackにいったん入ってみてそこでご質問いただくか,運営責任者にメールでご連絡ください。

運営責任者

菅原 大地(筑波大学)
sugawara [at] human.tsukuba.ac.jp

樫原 潤(東洋大学)
kashihara [at] toyo.jp

付記

Process-Based Therapy 勉強会は,下記の科研費課題の一環として運営されています。

若手研究 「認知行動療法アプリケーションの開発とテーラメイド化の試み」 研究課題番号:20K14215   研究代表者:菅原 大地   研究期間:2020年4月~2023年3月

学術変革領域研究(B) 「ネットワーク解析による心理療法の高精細な作用機序の解明」 研究課題番号:21H05068   研究代表者:樫原 潤   研究期間:2021年8月~2024年3月

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