胸郭出口症候群 病態理解とアプローチ
胸郭出口症候群(Thoracic outlet syndrome:以下TOS)は多彩な症状が出るため、その病態把握や治療方針の決定に難儀する疾患だと思います。
そして、腕神経叢の複雑な構造から苦手意識をもたれやすい疾患でもあります。
このような多彩な症状に皆さんも難渋した経験があるのではないでしょうか?
TOSのうちセラピストが対応可能なものは限られているため、分類を理解し、セラピストとして介入できる部分とできない部分を分けて考えなければなりません。
今回はセラピストが対応可能なものに限って、評価から治療アプローチの一部を解説いたします。
■胸郭出口の解剖
TOSは神経、血管束が前・中斜角筋、鎖骨、第一肋骨で形成される胸郭出口部において、圧迫・牽引されて起こります。
腕神経叢は第5〜8頚神経および第1胸神経の前節により構成されます。腕神経叢と鎖骨下動脈は前・中斜角筋、第1肋骨で形成された斜角筋隙を通過します。鎖骨下静脈は前・中斜角筋の間は通過せず、前斜角筋の前方を通過します。
その後腕神経叢はC5-6で構成された上神経幹、C7による中神経幹、C8−T1による下神経幹を形成し、鎖骨下動静脈とともに第一肋骨と鎖骨で形成された肋鎖間隙を通過します。
肋鎖間隙は、上前方を鎖骨及び鎖骨下筋によって、下後方を第一肋骨および前・中斜角筋停止部によって、それぞれ囲まれた間隙である。
整形・災害外科 VOl.62 No.2 P113
肋鎖間隙を出たのち、腕神経叢はさらに内側神経束、外側神経束、後神経束に分かれ、腋窩動静脈とともに小胸筋下間隙を通過します。
小胸筋下間隙は、前面を小胸筋停止腱、後内側を前鋸筋および上位の肋骨、後外側を肩甲下筋によって境界された間隙である。
整形・災害外科 VOl.62 No.2 P113
腕神経叢と血管はこれら3つの狭窄部位(斜角筋隙、肋鎖間隙、小胸筋下間隙)を通過するため、絞扼性障害を起こしやすいといえます。
そのため、この3つの狭窄部位の評価、アプローチは最重要となります。
また、肩関節外転外旋位にあると上腕骨頭による圧迫も起こりうるため、野球などのオーバーヘッドスポーツを行う患者さんの場合は、上腕骨頭による圧迫も念頭に入れて評価にあたる必要があります。
■TOSの分類
発現する症状により神経性TOS、血管性TOS、外傷性神経血管性TOSに分類されます。
血管性TOSには動脈性と静脈性のものに分けられます。神経性には真の神経性TOS(true neurogenic TOS)と議論のあるTOS(disputed neurogenic TOS)があります。
true neurogenic TOSは腕神経叢後方神経束の圧迫障害により母指球萎縮を生じ、電気生理学的にT1優位・運動優位な障害が証明された疾患を指します。
MB MED REHA no.157 2013 P164
上記のtrue neurogenic TOSに当てはまらないものはdisputed neurogenic TOSと名付けられています。
TOSの95%は神経性TOSが占めると言われ、その大部分がdisputed typeで腕神経叢過敏と評すべき病態である
MB MED REHA no.157 2013 P164
といわれています。
我々セラピストが扱う一般的なTOSの臨床像を示すものの多くはdisputed neurogenic TOSであり、その他のTOSは対応が困難なものと考えられます。
また、メカニカルストレスの違いにより、圧迫型、牽引型、混合型に分けられます。
圧迫型は挙上位での労働やオーバーヘッドスポーツによるものが多く、いかり肩の男性に多いと言われております。
一方、牽引型は下垂位での不良姿勢や重量物の保持に起因することが多く、なで肩の若年女性に多いのが特徴です。
しかし実際には混合型が多く、姿勢の違いに関わらず圧迫・牽引のどちらのストレスもかかっていることを想定して評価すべきです。
今回はセラピストが介入する機会の多い、神経性TOS(disputed neurogenic TOS)の混合型について考えていきます。
■姿勢から考えるTOS
TOS患者の代表的な姿勢として、なで肩、巻き肩、猫背が挙げられます。
若年女性ではなで肩でも胸椎がフラットな患者さんも多くいますが、年齢を重ねるごとに猫背姿勢となります。
これらの姿勢はいわゆるFowerd head postureであり、下位頚椎は屈曲位、上位頚椎は伸展位をとるようになります。
そして、胸椎は屈曲位となり、上位肋骨は下制位となります。
また、肩甲骨は外転、下方回旋、前傾し、下角は浮き上がった翼状肩甲を呈し、鎖骨は下制しやすくなります。
この姿勢変化に伴い、体幹、肩甲帯の筋バランスに変化が生じます。
後頭下筋群、大胸筋、小胸筋、鎖骨下筋は短縮位となり、斜角筋も伸長位となることから筋硬度は高くなります。
そして長期間この姿勢が続くと椎前筋、僧帽筋中部・下部線維、菱形筋、そして前鋸筋は弱化しやすい状態に陥ります。
このような姿勢では斜角筋群の緊張により斜角筋隙の圧迫ストレスの増加を招きます。
加えて、鎖骨が下制するため、肋鎖間隙での圧迫ストレスも増加します。
さらに、肩甲骨前傾位では小胸筋が短縮するため、小胸筋下間隙での圧迫も考えられます。
その上、上肢下垂による牽引ストレスも加わります。このように、圧迫と牽引の2つのストレスにさらされるため、混合型TOSが多くなると考えられます。
このように、TOS症状を増悪させる不良姿勢への介入は必須と考えます。
■日常生活動作の影響
日常生活で腕神経叢に刺激を与える姿勢や動作を長時間とっていないか把握しておく必要があります。
ADLで症状の出る動作、職業、趣味、そしてよく行うスポーツを問診しておくと病態理解やとADL指導に役立ちます。
ADL動作では上肢挙上位をとる、整髪や洗髪、そして歯磨きなどで症状が出る人が多いです。
長時間パソコン作業を行う人や黒板に繰り返し字を書く教師、重いものを運搬することの多い人は胸郭出口にストレスをかけやすいと考えられます。
また、長時間不良姿勢を続けやすいゲームや手芸などの趣味を持っているかを聞いておくと良いと思います。
最近では不良姿勢のままスマホをいじっている方が多いので、スマホの使用時間と頻度を聞くのも重要です。
スポーツでは野球などのオーバーヘッドスポーツ選手で胸郭出口症候群を発症することが多いと言われております。投球時にすっぽぬけたり、しびれやだるさを感じることがあるため、それらの症状の頻度や重症度を把握しておきます。
■介入のポイント
これまでの内容をまとめるとTOS介入の重要なポイントは以下の通りです。
ここからは上記3つのポイントの評価、治療について解説いたします。
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