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ドラマで学ぶ中国史(南北朝時代/北斉)

【今回のドラマ】

「後宮の涙」
「蘭陵王」
「独孤伽羅〜皇后の願い〜」

「後宮の涙」「蘭陵王」「独孤伽羅」は、全部6世紀の北朝(北斉と北周)を舞台にしていて、同じ時代なもんだから、共通する歴史人物が登場して絡み合ってるから面白い。

北斉と北周
北斉皇帝の系図

「後宮の涙」と「蘭陵王」は北斉視点でちょうど時代順に前後に並んでいる感じ。「独孤伽羅」は北周視点の物語なのだが、北斉の陸貞が独孤伽羅の友人的な立ち位置で入り込んでくる。全部おおまかには史実に乗っ取った設定になっているものの、それぞれに独自のフィクションを織り交ぜてくるので、何が本当で何が嘘かこんがらがってしまう。というわけで、史実とも比較して人物ごとに整理してみたい。各キャラ別に私的No1がどれかも語りたい。

1.高湛(北斉の第4代武成帝)

【史実】
高湛は、北朝北斉の第4代皇帝(武成帝)。東魏の神武皇帝、高歓とその妻婁昭君との間の息子。後に長男の高緯に帝位を譲り、太上皇帝となった。

「後宮の涙」中の高湛

高湛(後宮の涙)

「後宮の涙」では、主人公陸貞の相手役として準主役的なイケメン善人扱いで登場。史実では陸貞は高湛の息子、高緯の乳母としてのみ記録しており、高湛との恋愛関係は記されてない。にもかかわらず「独孤伽羅〜皇后の願い〜」でも陸貞と高湛は長年つれそった恋人としてちょっとだけ登場しているのは「後宮の涙」のオマージュだろうか。

「独孤伽羅〜皇后の願い〜」中の高湛

高湛(独孤伽羅)

「後宮の涙」の設定を踏襲したように、陸貞と高湛は長年つれそった恋人としてちょっとだけ登場。ここでも病弱だけど良い皇帝だったみたいな扱いででてくる。

🔴「蘭陵王」中の高湛

高湛(蘭陵王)

前2作の高湛がイケメン青年キャラなのに対して、「蘭陵王」の高湛は息子の高緯が皇太子として大人になっている時代なので、貫禄あるおっさんとして登場する。
史実の高湛はけっこう凶悪な暴君の感じだから、イメージ的にはこれが一番実態に近いのではないかと思う。相手の女性も前2作では陸貞とのロマンチックな恋愛物語になっているが史実にはそんな関係ではなく完全創作なのに対して、こちらではちゃんと性格の悪いおばさん、胡皇后になっていて、その意味でも忠実っぽく好感が持てる。私的No1高湛としたい。

2.婁昭君(神武皇帝の皇后)

【史実】
瘻昭君は東魏の神武皇帝、高歓の奥さんにてスーパーお母さん。中国史でも、もしかしたら世界史でも、これだけたくさんの息子が皇帝になった例はないのではなかろうか。文襄帝高澄、初代皇帝高洋、3代高演、4代高湛となんと4人の息子が皇帝に。
息子高洋が東魏皇帝に禅譲を迫り自らが皇帝になろうとした時に、「お前の父(高歓)は龍のごとく、お前の兄(高澄)は虎のごとき人物であったが、それでも臣下として身を終えたのに、どうしてお前ごときが禅譲を受けたいなんて思うのか」と責めたあたり、道徳感覚もある人格者のように思える。史実では才徳兼備なエピソードがたくさんなスーパーマザー。


「後宮の涙」中の瘻昭君

瘻昭君(後宮の涙)

名前は瘻昭君だが、もう完璧なフィクションの別人と言える。史実では高演も高湛も共に息子なのに、ここでは高演の母だが高湛は他人の子で、本来皇帝になる予定だった高湛を陥れて自分の息子高演を皇帝にする悪者という設定になってしまっている。ドラマ向け捏造キャラの中でも最悪レベルの改変といえる。

🔴「蘭陵王」中の瘻昭君

瘻昭君(蘭陵王)

「後宮の涙」とはうってかわって絵に描いたような善人キャラとして登場。後宮でいじめにあいまくるヒロイン雪舞を助けるおばあさん皇太后。良妻賢母として褒め称えられる瘻昭君にイメージ近いので私的No1瘻昭君。

3.   高演(北斉の第3代孝昭帝)

【史実】
高演は、北朝北斉の第3代孝昭帝は、東魏の神武皇帝、高歓とその妻婁昭君との間の息子。初代皇帝文宣帝を継いだ息子の高殷(第2代)をぶっ殺して帝位を奪った。文宣帝は死後に高演に簒奪されることを予感しており、死の間際に「お前が息子の高殷から帝位を簒奪することは仕方がない。だがその命までは奪わないでやってくれ」と言い残していた。がやっぱり殺した。
孝昭帝は、自身が甥の高殷を害した時と同じく、皇太子である息子の高百年が弟の高湛により害されることを恐れ、あらかじめ百年を廃して帝位を湛に譲り、百年のことだけは殺さないように遺命を残して死去した。しかしその後、湛も後顧の憂いを除くべく、わずか9歳の百年を手にかけるに至っている。
そもそも初代の文宣帝が中国史上最高レベルの変質者的殺人マニアとして有名であり、北斉の皇室系譜は相当やばい感じがする。

「後宮の涙」中の高演

高演(後宮の涙)

ヒロイン陸貞とイケメン高湛の恋愛を支える優しくて気の毒な兄さん皇帝役として登場。陸貞と高湛のロマンス自体が史実にフィクションなドラマだから、周りもことごとく堂々と史実無視されているのでどうしようもない。

🔴「蘭陵王」中の高演

高演(蘭陵王)

蘭陵王では高湛の過去のトラウマとして28話でちょっとだけ高演が登場する。史実通りに、高演が死に際に高湛に対して「帝位を譲るから息子の皇太子(百年)を殺すのだけは勘弁してくれ」と懇願する。で結局、高湛はやっぱり息子を殺してしまう。高緯の側近に「おまえら高一族は代々身内で殺しまくる」と独り言を言わせる等、しっかり史実通りにしてるところが素晴らしいのでマイNo1高演。「蘭陵王」は題材的になんとなくフィクションぽいイメージがあるがドラマは意外に史実に沿っているところが多いのだ。

4.陸貞(陸令萱)

【史実】
女官から入り、第5代皇帝高緯(後主)の乳母として、権力を振るいまくった女傑。

陸貞(後宮の涙)

「後宮の涙」中の陸貞
史実を真っ正面から無視して、高湛とのロマンスドラマとして創作されている。高緯の乳母になるのは一応史実通りだが、史実では高湛と他の女(胡皇后)の息子であるはずの高緯が高演の息子であり陸貞に託されたことに改変されている。

「独孤伽羅」中の陸貞

陸貞(高湛)

面白いことに歴史上の陸貞ではなく「後宮の涙」中の陸貞に忠実な設定になっている。パートナーは高湛で、陶磁器造りが特技なところまで踏襲されている。劇中ではちゃんと史実上通りに高緯の代にブイブイ言わせた陸貞のことにも触れていて、その女は陸貞の名を語って権威を振るう悪い偽物という設定になっていた。

5.高緯(北斉の第5代後主)

【史実】
北斉最後の皇帝、第5代後主。国を破滅に導いた暗君。
重臣・王族たちを佞臣らの讒言によって殺す。特に大将軍の斛律光を粛清して、蘭陵王高長恭を自殺に追い込んでからは軍事力が衰退した。最後には北周に滅ばされる。

🔴「蘭陵王」中の高緯

高緯と馮小憐(蘭陵王)

史実通り正しく暗君。頭悪くて嫉妬深くて小人。文句無しのマイNo1高緯。
鄭児という名の悪女キャラが、高緯が愛する傾国の美女として知られる馮小憐に成りすますという設定になっている。高緯と鄭児が成りすました馮小憐は夫婦で悪行をつくす。初代文宣帝が始めたとされる娯楽殺人を楽しむ様子はまるで紂王と妲己のようだ。
史実では、高緯は小憐のあまりの美しさに自分だけで楽しむのはもったいないと思い、裸で机の上に寝かせて大臣たちを招集して共に彼女の美貌を見物したという逸話が有名。北周が北斉を滅ぼす際に高緯は小憐を連れて逃げた。後に隋の文帝となる楊堅が小憐を捕まえることになるとのこと。
ドラマ中では裸で机の上ではなく、ちょっとソフトに肌を露出気味にして高緯に抱かれたまま皆の前に出ていた。
頭がおかしくなって犬に要職を付けるのも史実通りらしい。
文句なしのマイNo1高緯。

「後宮の涙」中の高緯

高緯(後宮の涙)

「後宮の涙」では陸貞が高緯を育てる点は正しいのだが、高湛と他の女(胡皇后)の息子であるはずが高演の息子として陸貞に託されたことに改変されている。映画のメインストーリーである陸貞の高湛とのロマンティックな恋愛が他の女との息子の存在によってぶち壊れることを恐れたのだろうか。

北斉年表

北斉で起こったエピソードを年表にして、各ドラマで扱っているものに印する。

532年 高歓が孝武帝を擁立
534年 孝武帝が宇文泰の元に逃走。新たに孝静帝を擁立。
   孝文帝路線継承を宣言。洛陽を離れて鄴に遷都
   東魏成立。
545年 高歓が柔然のアナカイ公主を娶る
547年 高歓が死去。長男の高澄が後を継ぐ。
   侯景が挙兵
548年 侯景が梁に落ちのびる
549年 高澄が刺殺される。弟の高洋が後を継ぐ。
550年 高洋が文宣帝として禅譲を受け、北斉建国。
559年 過度の飲酒が原因で文宣帝死去。皇太子の第2代高殷が即位。
560年 文宣帝の弟の高演がクーデター。第3代孝昭帝即位。
561年 落馬事故の負傷がもとで孝昭帝死去。(蘭陵王) 
   高湛が第4代武成帝即位。(蘭陵王)
 
564年 蘭陵王が500騎で西魏を突破し洛陽城を救う(蘭陵王)
    高湛が先帝の皇太子百年を殺害(蘭陵王)
565年 武成帝が皇太子緯(後主)に譲位して太上皇帝となる。
572年 祖珽の陰謀で斛律光が処刑され、軍事力が弱る。
573年 蘭陵王を毒薬で自殺させる。(蘭陵王)
    
国力が著しく低下。
577年 北周に攻められ北斉滅亡

【後書き】
北斉の歴史上でクライマックは、初代文宣帝の高洋の変質者的な快楽殺人狂のところだと思われる。西魏の皇帝から帝位を簒奪する際に母の婁昭君が強く反対したところもドラマで見てみたい。あまりに強烈な変態キャラがゆえにロマンス系には成らないのだろうが、ハードボイルド系ドラマとしていつかできるのを期待する。




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