105 参列の心配
あいつを消すには私が死ぬしかないと気付いたのは最近だった。今まで縁切りをしに神社に行ったり妙なおまじないを実行したり、占い師に見てもらったりしたのが全部無駄だったのかと思うとへこんだ。使った金も安くは無いからだ。唯一事情を知っているシマノにはまだこの気付きを話していない。言ったらきっと止められてしまう。泣きながら「お前が死ぬ必要はない」なんて私が欲しい言葉をくれるかもしれない。そう考えると胸のあたりが傷ではなく痛むようだが、悲劇のヒロインに施されてきた魔法の様な洗脳は今日まで上手くかからなかった。彼だって心より身体が欲しかったはずだ。
キッチン灯の下で腕を反らしてみると、刃は綺麗に光った。骨まで切れそうな鋭さで、もし私に子供がいたなら絶対に触らせないだろう。木製の柄に力を入れる。汗で若干ぬめっているが、胸部に一刺ししてしまえば後はどうにかなる。小心者だって、こんな時ぐらいは勇気を出す。震える右手を抑える左手も震えはじめた。もうすぐ胸に届く。刃先がパーカーの生地を越え、インナーに届く。あいつを刺せる勇気があったとして今頃刑務所だっただろうし、それなら火葬場の方がまだマシなのだ。
反射的に叫んでしまったことで、ニコちゃんが起きてしまった。ニコちゃんはお利口さんだから、しばらく私の周りをうろうろしていたけれどやがて自分の行くべきところへ戻っていった。ずるずると床を這いながら、ドアを閉めきる。開けようと必死になっている前足がガタガタ音を立てているが、蓋をするようにドアの前に寝転がって阻止した。彼女が些細なことで吠える子じゃなくて良かった。透明な液体が流れる前に、意識が朦朧としてきた。次第に家の中には異臭がし始めるんだろう。家から葬儀場まで運ばれるまで保冷剤とかあてられるのかな、とこれからのことを想像していったらあいつが参列する映像が浮かんでいた。嫌だ、と思った途端必死に視線はテーブルや社用バッグを追うのに、身体はもう動かなかった。
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