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ウパニシャッド哲学を読んで#154

ウパニシャッド哲学を読み始めたが、この時代からここまで哲学として作り上げられていることに驚いた。

内容はやや難しい。しかし、その論理体系に、デカルトやカントも驚くのではないかと思う。

この書物に触れて、釈迦も1人の人間であったことを感じる。

人類の歴史考えて、釈迦以前にも悟りの境地へと至った方は多くいたはずで、智慧は語り継がれ、釈迦も巨人の方の上に乗っていたことわけだ。

ウパニシャッドの真髄、大格言「梵我一如」は、非二元の世界観であり、仏教の悟り、無分別智と同じ概念である。(同じというより、釈迦がそれを発展させていった。)

また、まだ読めてはいないが、ケン・ウィルバーの始めの頃の書籍に出てくるような言葉も多くあることから、ウィルバー自身もウパニシャッド哲学を尊重していたことがなんとなく察した。

たとえば意識状態も、すでにこの時代からはっきりと「アートマンの4状態」として現れている。

覚醒・夢眠・熟睡ときて、第4にturya。

ウパニシャッド哲学以外に東洋哲学をいくつか読む中で、何が違って何が同じなのか。
何は残り何が発展したのか。それはどういう背景からきたものだったのか。

私のレベルでの理解ではわからない事が多く、その疑問が率直に出てくる。

ただ1つ言えるのは、人類の歴史がこんなにも長いのだから、紀元前の叡智にも敬意をもちたい。

温故知新。古きを温めることが多いが。笑

じっくりゆっくり、自分のペースで、先人たちの知恵を受け継いでいきたいと思う。

2021年5月17日の日記より

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