書籍"遠くへ行きたければ、みんなで行け"を読んでみて頭の整理をしてみた話
こんにちは、じゅんです。
Scientist/Developer RelationsとしてxRの領域の開発者コミュニティと実験系研究者を繋ぐ活動を趣味で行っております。今年で5年目に突入です。
本記事は、DevRel Meetup in Tokyo(#DevRelJP) コミュニティのGWアドベントカレンダーの5/2公開分記事です。最近出版されたコミュニティ本を読んでみたので簡単な内容・感想を先入観ない状態で独断でアウトプットしてみる事にしました。先入観が入るのがイヤだという方は、"想定の読者"セクション以降は読まずに購入されると良いかと考えます(もちろん購入推奨です)。1周目の理解で書くので解釈違いもあるかと思いますが、語弊を恐れずに書いてみます。
本について
この本は、ジョノ・ベーコンさんが2019年に出版した、"people powered: how communities can supercharge your business, brand, and teams"という本の訳書です。(多分開発者が形成する)コミュニティのもつ力を明確に表現してあります。またその力が発揮される状態に持っていけるまでにはコミュニティ運営者はなにを戦略的に考え、どう計画的に遂行していけば、その失敗の確率を下げられるのか(成功するとは書いていない)が網羅的に書いてある本です。訳者はニコ技深圳などでおなじみの高須さんです。
想定の読者
まず初めにこの本はごく一般的なマーケティングの本ではないようです。というのも、一般の人がコミュニティの活動に参加し、その参加体験から各人の成長を促され、コミュニティにより深くかかわるようになってさらなる学びのステージを上げていくプロセスを描いたものだからです。あくまでも個人がそれぞれ成長しながらコミュニティの目的に沿った活動を一緒に出来るまでが描かれており、参加者に対してモノが売れる・売れないの話は一切なされません。したがって、企業などの営業の部門に居る方が安易に手に取っても、営業成績の向上は見込めません。
コミュニティと聞くと誤解気味に同類にされがちな、商業的オンラインサロンの運営などともなじみません。コミュニティの参加者に対して他のコミュニティへの経路を閉じていくクローズドなサロンとは違い、あくまでオープンで客観的な場で運営が出来る手法について重点的に書かれています。選択肢の多い状態のまま自分たちのコミュニティへの参加を選んでもらえるためにどうすべきかという文脈でした。
本書は、「コミュニティとかいう、趣味みたいな事になんでわざわざ自分の時間を削ってまで取り組んでいるのだろう?」と外から疑問に思っている(つまり関心くらいにはなっている)ような人が一章部分を読むと、少しだけメカニズムが分かるようになっています。あるいは、「勉強会イベントを立てて開催してみたものの、どういう風にコミュニティ運営していいかわからない」という人も2~4章くらいまでを読んだ時に、何かしらの光明を得る可能性があります。ただしそれ以上を読むと、やるべき事が突然無限に増えたような気持ちがしてきて運営するハードルが自分自身の中で上がる気もしますので、それだと本末転倒です。11章までを納得感とともに読み切れるのは、「一般に広めるべきプロダクトや概念・プラットフォームを所属企業が持っていて、それを盛り上げるコミュニティを複数部署と連携しながら運営する専任チームを持ってしまったチームリーダー」かなと思います。企業所属でなくとも運営者属性をいったん得た人であれば、本書の網羅的な留意事項を見た時に自分に欠けていた視点を得ることが出来ますので、おススメできると思います。
個人的には会社の経営者の間で流行ってほしい本だと思います(そうするとコミュニティマネジャーの社会的認知が上がりそうなので、という下心です)。
理解した内容
人の気持ち面から行動を理解する
コミュニティという社会的な場をうまく盛り上げていくためにはそもそもの人間の性質について正しく理解する必要があります。コミュニティに参加して何かしらのアクションをしてみた人がそれを認められ、自信を持つと、よりみんなのためになる事をしてみたくなります。それを更に認められたり、個人活動への有益なフィードバックを得ることが出来れば、参加者はコミュニティに定着しやすくなります。コミュニティ全体の盛り上がりは、これらの現象の積み重ねということになります。つまり個人を見ることがすべての基本になります。
戦略に基づくコミュニティ
コミュニティがその活動を通じて達成するべきものを戦略目標としてガッチリ固める事を推奨しています。そこにはどんな人がいてどんな助け合い活動が良しとされて、その結果参加者がどんな価値を得るかをあらかじめ強くイメージしたものを言語化し、運営チームで共有するところが始まりです(バリュー・ステートメント)。この目標に対し、実現可能性を上げるための方策として目標・取り組み内容・KPI・担当者を簡潔にまとめたビッグロックスを文書に定めて固定します。KPIを測定可能な物に決め、曖昧な判定が一切入らないように気を付けながら、コミュニティイベントを順次やりきり、目標と現実の差を把握しながら次の実験を計画するという流れが基本になります。
細かい仮設検証の中で、「コミュニティが実現したい価値創出を自分たちの運営チームは達成できているのか?」という事を客観的に把握・共有しながら次の施策がきまります。コミュニティ運営自体は計画的に行くものでは決してないですが、だからこそ、軸を固めてブラさない努力を意識的に行っているように読めました。うまくいかない前提であるので、計画の日程の中に余白部分もあらかじめ入っているのも特徴です。
ここで出てくる、四半期実施計画書はおそらく、社内のチームメンバーとタスクを共有した状態を維持するだけでなく、それぞれのメンバー間の活動の期待値調整の意味もありそうです。複数人で業務としてやってると自然と特定の人にタスクが集まるので、それを防ぐ意味でも効果がありそうです。
参加者のステップアップとその補助
コミュニティの参加者は、そのかかわりの深さから、①オンボーディング段階、②カジュアル、③レギュラー、④コアというふうに本書では便宜的に表現・分類されます。各段階で、参加者の抱える課題が異なるので、それぞれのステージに合わせたサポートを運営が提供するとコミュニティ内の満足感が高まります。そして、参加者の①→②、②→③、③→④の移行段階ではそれなりにハードルがあるので、それを越えられるに十分なインセンティブ設計をして補助をしていくことによって、運営側にもなれる人を増やしていくことができます。
ビジネスとコミュニティの関係
コミュニティの構成員に対して直接モノや自分を売るといったビジネスをすれば参加者は離れていってしまいます。考えるべきは、会社がどうやってコミュニティメンバーに価値を提供できるか&コミュニティメンバーがどう製品に価値を提供できるかが明確になっていて、お互いが補完しあう関係を作ることです。
というような内容が、
・ベーコン・メソッド
・6つの基本原則と適用方法
・コミュニティメンバーと関わる上での10則
・ロードマップ展開(コミュニティ参加のフレームワーク)
・10のカルチャーコア
などのシステム的な説明とともに展開されます。
概念がピンとこなかった場合は、ジョノ・ベーコン氏の本家サイト
https://www.jonobacon.com/resources/
に、事例がたくさん公開されているので、イメージを固めるのに良さそうです。
また巻末に大量の参考文献とリンクが付録されているので、こちらも参考にするとよいでしょう。
黄色い本との違いと読むべき順番
#CMC_Meetup のおじまさんの黄色い本と言えば、コミュニティに関わる事のある方は一度は読まれているのではないでしょうか?私も読んで勉強しました。この本では、人々がそれぞれのコンテンツをコミュニティのラベルつけて外部発信するとどんないい事があるのか(ex. 界隈の知られるべき人に知られて機会が広がるなど)、といった参加者体験のお話に重点が置かれています。コミュニティマネジャーが場をうまくサポートして発信が活発に行われるようにしていくことで、参加者が属するコミュニティの関心軸での知見がどんどん溜まるところまでを本書では取り上げています。キーになるのはファーストピンと呼ばれる、製品・プロダクトに愛を持っているユーザーで、この人たちと各種イベントを拡げていくことができます。
黄色い本では、コミュニティ的な物が起こり始めているときにコミュニティマネジャーが考慮すべき戦術面のTIPSがカバーされています。それに対して、今回の本では、チームが建てようとするコミュニティが目指すべき価値を定義するところから始まりますので、こちらはコミュニティに関わることへの全体戦略を扱っているという理解でよいかと考えます。
黄色い本の範囲では全体戦略を自分たちで決める話までは多くが語られませんでしたが、最近の #CMC_Meetup Vol.21 で戦略のお話が少し出ました。”どうやって超える?コミュニティ立ち上げ初期の壁”というテーマで個々のプレゼンターのコミュニティでどんな壁の乗り越え方をしたかが共有されました。うさみさんの登壇スライドで、最後に、「壁よりもその先をみよう」というメタな呼びかけがなされました。
この部分がまさに、コミュニティが価値を発揮しているあるべき姿を最初にイメージしてその障害に対処する姿勢のことだろうと解釈しています。
また、この回のちょっと前あたりから話題に登場していたOWWHシートも戦略を定めるうえで役に立つツールです。3年後、1年後のコミュニティのObjectiveを書き出して、そこに至るためにはコミュニティの誰に何をどうすべきかという順番で物事を書き出すのがOWWHシートです。これはベーコンの書での四半期実施計画を書くアプローチにちょっと似ています。アーカイブ公開もされていますので、気になる方は視聴推奨です。
さて、コミュニティに関心のある方がこれらを読む順番ですが、ひとまずコミュニティにまつわる力学を知りたい方は黄色い本を読んで何かを実践し、これを仕事で役立てたいと本気で思った人がPeople Poweredを読むのがよいかなと考えます。
戦略と戦術は両方使える状態にあることが重要で、それらを相補的に学べる関係になっていると思いますので、これらの2冊は揃えておくのがおススメです。
自分の運営スタイルで考慮している事とその結果
後半では自分の運営するコミュニティでどういう事をしているかの振り返りも行います。
短期的にはエンジニア同士の飲み仲間がそれぞれ作れるようになることを目指してスタートしたHokkaido MotionControl Network (#DoMCN)ですが、広報担当の私個人としては割と初期の段階から、文化を作る事を目標に活動しています。OSC Hokkaidoなどでは動きがあるものの、札幌の勉強会は東京に比べてはるかに少なく、したがって"発信"と"共有"で個人がハッピーになるという文化がありませんでした(多分今もない)。xRの文脈でのこういう文化づくりができれば、界隈の裾野拡大も速まるだろうと仮説して行動しています(ついでに私のフィールドである学術研究分野への導入も速まってくれないかなーみたいな感じです)。2018年当時でも、企業さんへの対外活動などで集合知文化アピールはしていました(当時ビックリするぐらい刺さらなかったけれども)。
アウトプットフェーズ(上の画像)とコミュニティへの還元フェーズ(近くの画像)も2018年当時からわりと明確に言語化していたようです。
発信でハッピーになる文化を札幌にも根付かせることをコミュニティの目標(戦略部分)にしていましたが2019年以降はコロナによって形を変えました。発信者を札幌に限定せずに、地方のエンジニアが成果発信でハッピーになる事例を増やせばいいやということで、コミュ間コラボのサポートに回る事にしました。こうすることで発信が地元だけに閉じずに残る仕組みを作りました。つまり、発信と共有を拡げる戦略はそのまま、発信の場を札幌周辺から全国に拡大したことになります。オンラインならではですよね。
本書のいう所の"測定可能なKPI"も設定しており、"コミュニティイベントの主催者を年1人発掘する"を毎年達成しています。このKPIを達成するために、登壇による発信の有益さと、イベント運営による発信の有益さの両方を自らの体験で広めて回って、エンジニアさんへの後押しの材料としています。必然的に私自身は発信をしたり運営をしたりしつづけなければならなくなりますが、これは手段なので気楽にやっています。
イベント運営に関しては、参加者ファースト、登壇者ファースト、運営者ファーストになるような体験設計をずっと続けてきていて、その時その時に入れ込む施策(戦術部分)は毎回違っていたりもするのですが、適当なタイミングで都度ブログなどで公開しています。記事の後ろに付けときます。
コミュニティ公式チャットスペースなどはあえて作っていません(普通はあった方が発言しやすくなるのでいいです)。現存のメンバーが少なく、みなさんの発言がSNSの外に埋もれて消えるのが大変勿体ないと考えているため、必要最小限のDMと、ツイートで連絡が出来るのみの最小構成です(こうしてる理由は他にもたくさんある)。
私自身は企業に所属していないので、いろんな事が自由に試せる身分かなと思っています。とくに、わざと数を追わないという反則技みたいなのが出来るので、数字に出ないピンポイントな事が出来る事が強みになります。発信したいけどどうしていいかわからない人を見つけて後ろから支えてみる時間を最重要視して自分の時間を確保するように努めています。
今のところアウトプットファーストな人を周りに増やすことには成功しているので、これからも細々とハッピーな事例を増やしていきたいと考えています。今月もXRミーティングの運営をやっていきます(本日ページ公開)。
ところで、DoMCNが始まるきっかけになった初回の札幌HoloLens Meetupのメインセッションで、@jojomonvrさん(DoMCN創設者)のロードマップが出されていたこともさっき思い出しました。思い返せばこれが四半期実施計画書みたいな役割を果たしていたようにも思います。なおこれらの項目は当時のメンバーですべて達成しました。この時は楽しかったですね。
まとめ
簡単そうに見えてコミュニティってやっぱり難しいので、定期的に知見をアップデートしていく必要があると思います。今回の本をきっかけに、頭の中を整理することが出来たので良い機会でした。本書の内容は、ビジネスに限らずあらゆる集団で使える可能性がありますので、時々見返す用としても良さそうです。
個人的には、一連の施策と改善の段階を実験と表現されていた所が気に入っています(7章かな)。こういう記述があると実験研究者の私でもやっていいのかなという気になります。また、私自身はエンジニアではありませんが、長年大学の研究室で研究発表や物書き(とレフェリーとのバトル)を指導する立場でいたので、いわば人に発表させるプロです。そういう意味では、この分野で貢献できるという確信があります。
4/29に訳者の高須さん・関さん・山形さんのグループでこの本の出版記念イベントがあったようです。聴いてしまうとイメージがぶれそうで聴けずにいたので、これから改めて聴いてみる事にします(またなにか書き足すことになるかも…)。
DevRel Meetup in Tokyo GWアドベントカレンダー
おまけ:過去のコミュニティ運営話
(2022/5/1 360min 6240字 初稿)