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物語の楽しみ方

自分はあまり詳しく存じ上げないのですがyoutube界隈では名の売れた方だそう。

冒頭、著者が同じ文章を見て、深読みできている人と読みが浅い自分との差に愕然とした経験が語られています。自分はそこまでの経験はないですが、なんとなく「深く読めていない」という感覚には共感するものがあります。
物語、からはちょっと外れますが仕事のできる先輩と同じ学術論文を読んでも、自分はなんというか、その論文の中の単語なり内容の理解に留まってしまっているのが多いのに対し、その先輩は

・自分達の既存の評価、将来的にどのような位置付けになる論文か
・将来的にどういう影響がある・リスクがあるから今どのように対応すべきか
・関係者にどのような情報発信をすべきか

といったことを、多角的に理解している。
その認識の違いに「ここまで考えるんだ」とびっくりすることが多々ありました。
でもこれって、「理解力」の差じゃないんですね。
単語なり、理論の積み重ねまででミクロにみると、おそらくその能力や知識にそこまで大差はないし、単語であれば調べればある程度のラインまでは皆同じレベルになる。問題はその次のフェーズで、
「情報に接するときに、どのような視点・切り口で見るか」
に尽きるかと、最近は思っています。

そんな課題意識でいたところ、本書と出会い「物語も仕事も同じやなぁ」と思った次第です。
論理的に文章を読み解き、理解する。その次は「視点」持ちながら情報と接することができるか、が鍵となるわけです。視点は課題意識・問題意識と言い換えても良いかもしれません。

本書では、その「視点」を著者の経験を交え、語られています

読解のスキームがなく、ただ漠然と読んでいては、面白かったとかつまらなかったとか以上の感想は出ません

これ、自分が美術作品を鑑賞するときと類似しているな、と思いました。
自分はびっくりするくらい、美術い疎い人間です。
なので、興味本位で絵を見に行っても
・すごい
・よくわからん
・好きor嫌い
といった、小学生でも言えるであろうレベルの感想しか持つことができません。解説を読んで、面白いと思うことはあるけれど、美術界の全体の流れなり、作家・作品の位置付けを含む「スキーム」が全くもって頭にないから、こういうことになるわけですね。
著者の主張も納得です。

勉強には「目的志向型」と「ネットワーク型」がある。
目的志向型の勉強とは、目的のために愚直に学ぶ方法で、勢いはありますが、視野は狭くなりがちです。一方、ネットワーク型の勉強は、一つの科目を学ぶにも、他の科目の知識などと紐付けて幅広く学ぶ。時間はかかりますが、視野が広く応用の効く方法です。

受験勉強をくぐり抜けてきた身からすると、この説明は腑に落ちます。
高校時代の勉強って音楽はセンターに出ない、とか非常に視野狭窄状態になってるケース、多いですよね。真面目にやるやらないの基準が試験に出るでない、だけになってしまっている。今思えば勿体無いことですが・・・。
で、目指すべきはネットワーク型。幅広い知識を身につけ・互いに紐づけていくことにより多くの視点を手に入れ、かつ理解も強固になっていきます。

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