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終わりのその先 第4話【お仕事小説】

〔これまでのあらすじ〕
上浜市の部長である東郷秀樹は、定年延長と役職定年の対象となることを知らされ、市に残り係長に降任するか、退職するか悩んでいる。
そんな折、保護課の部下が横領事件を起こし、部内に深い爪痕を残す。
家族の方も、息子の翔馬はやっと就職した会社を退職してしまった。
大学4年生の娘の里菜も、就活をしていない様子。
帰宅が遅かった妻尚子の勤める書店へ行ってみると、昼食時に隣り合わせだったイケメンおやじが、上司の店長だった。

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ニート

 心の中とは裏腹に、秀樹は
「ああ今日は、中華のお店で。さっきはどうも」と言い、尚子は
「あら、どこかで知り合い…?」と笑顔になった。
 浮き立つような、はにかんでいるような素振りが、神経を逆なでする。
 店長とやらのイケメンおやじは
「ああ、先ほどはどうも」と笑顔になり
「いやいや、お昼に中華の食堂で隣に座ってたんだ」とだけ言った。
 そして「それじゃ。失礼します」と秀樹に言って、尚子をつれて店の奥へ行ってしまった。

 どうも一般的には好感度が高そうな、いけ好かないおやじだ。
 大体、尚子と何やら視線をからめていなかったか?
 尚子も尚子だ。
 人の嫁さんだというのに、店長とベタベタして。

 家に帰ると、翔馬が一人でゲームに興じていた。
 いや、一人じゃないのか?
「ひゃーっほっほ!」とか
「くっそー!!」とか、変な奇声を上げているのが聞こえてきた。
 あいつ、とうとう頭がおかしくなったのか?

 俺だって悩みもあれば、愚痴もこぼしたい。
 子ども部屋の前の廊下にたたずんで、心の中で翔馬に話しかけてみる。

 お前も社会に出てみて、思ったようにいかなくて挫折感や悩みをもったんだろう。
 俺だって、新採用の頃には挫折の連続で劣等感の固まりだったもんだ。
 でも、何とか石の上に3年どころか37年もいたんだぞ。

 なあ、分かるか。翔馬。
 お前は、何かっていうと「父さんは成功者だから違う」って言うけど、父さんだって失敗ばかりしてきて、やっと今の立場を手に入れたんだ。
 それでさえ、もう間もなく下ろされるんだ。
 もうじき、どっちに行くか決断しないとならないんだ。
 なあ、翔馬。
 誰か、父さんの相談にも乗ってくれないか?
 誰か…。

 気がつくと、子ども部屋の前で泣いていた。
 涙を流したのは、久しぶりだった。
 人の気配に気がついて、翔馬がドアの方を振り向いた。
 秀樹は涙を悟られまいと、ゴホゴホと咳き込みながら
「お前、ゲームは一人でしてるのか?」と尋ねた。
 翔馬は、きょとんとした顔をして
「いや、ゲーム仲間と通信してるんだよ」と答えた。

 良かった…。
 頭がおかしくなった訳ではなかった。
「ゲーム仲間って、誰? 大学か高校の友達か?」
「いや、誰か知らない」

 …知らない奴と通信でゲームして、あんな奇声を上げているのか…。
 良かった、とは言ってられないな。
 これが、いわゆるニートの始まりかもしれない。


民間人材登録会社

 定年延長をして、役職定年で係長になることに甘んじるか、部長のまま退職して外部に活路を見出すか、早いとこ方向性を決めなければならない。
 なかなか妻にも相談できないし、秀樹は自分で考えて、民間の人材登録会社に登録をすることにした。

 テレビのCMで「驚きのいい条件のスカウトが来る」と言っているではないか。パソコンで、 
“ハイクラス転職が見つかる”『プラチナ・ビズ』という人材サイトと
“スカウトが圧倒的多数の”『ビジネス・マンパワー』という人材サイトに登録をした。

 自分の学歴から職歴、どのようなことができるかPRポイントまで、まるで大学生のようだと思いながら、今だけの辛抱だと気持ちを奮い立たせて、マイページという所に一つ一つ入力していった。
 スカウトが来て、仕事が決まるまでのことだ。


尚子の仕事


「今日は、店長と中華屋さんで会ったんだってね。聞いてビックリしたわ」
 尚子は、夕飯を食べながら今日のことを持ち出した。
「ああ、そうなんだ。尚子のところの店長さんだったんだな」
「あなた、黒い担々麺を白いのに作り直させたんですってね」
 どことなくトゲのある言い方に、むっとした。

 あいつ、やっぱり詳しく話したのか。
「だって、注文を間違えたのは、店の方だ」
「まあ、そうだろうけどね」
 口の端に皮肉な笑いを浮かべている尚子は、これまでの俺が知っている尚子ではないようにも思える。気のせいか?
 視線をからめる二人の親密な様子が、脳裏をよぎった。

「俺さ、実は…」
 言いかけて、秀樹は言葉をのみ込んだ。
「何?」
「うーん」
「途中まで言いかけてやめるのは、感じ悪いよ。
 言うことあるなら、ちゃんと言って」
「俺の年齢から、定年延長が導入されるっていうんだけど…」
「あらそうなの。良かったじゃない」
「いやそれがさ、定年延長で役所に残る場合には、係長に降任するんだ」

 尚子は役所の状況には疎いが、それでも少しだけ驚いた。
「係長に? へー、部長から降任するの」
「そうなんだ。それで、どうしようかなって迷ってるんだ。
 いや、もう管理職になってから十数年も経ってるから、実務をやるとなると、また一から覚えないとならないし、まわりの人もやりづらいんじゃないかなって思うんだよ」
「ふうーん」
「どう思う?」
「さあ…。私には、管理職から実務に下りるってことが、そんな大きなことなのかどうなのか分かんない。ずっと実務やってるし」
「まあそうだな」
「それに、まわりがやりづらいっていうよりも、あなたがやりづらいってことなんじゃないの?」
 う…。
 どうしてこう、核心をついてくるのか、うちの嫁さんは。

「ああ、そうそう。言っておくわ」
「何を?」
「私、今仕事がけっこう盛り上がっててね。帰り遅くなることが、多くなるかもしれない」
「ふうん。仕事って、さっきいた、あのハワイ特設コーナーとか?」
「そうね。ハワイも行きたいなと思ってるんだけど」
「ハワイ? 行ってくるか? 俺も年休は余ってるし」
 がぜん乗り気になった秀樹に、尚子は手を横に振って
「違う違う。職場で行きたいな、ってこと」と言ってきた。
「えー? 普通、職場でハワイって行くか?
 職場で行くのは、近場の温泉て相場が決まってるだろう」
「あなたは、考えが古いのよ。
 今のハワイ特設コーナーだけれど、単発のものに終わらせないで、フラとか歴史とか、いろんなテーマをずーっと続けていけたら面白いんじゃないか、って店長とも話しているのよ」
 ふん。また店長か。
 あなたは、考えが古い、か。

 元々は、秀樹と尚子が知り合ったのは、市の税務部で秀樹は若きホープ職員として期待を集めている頃、尚子が臨時職員で半年間だけ同じ職場に、事務補助の仕事をしに来たことがきっかけだった。
 当時は、正職員と臨時職員が職場結婚して、臨時職員は退職する、というパターンが多かったものだ。もちろん、圧倒的に秀樹の立場が上だった。
 子ども2人を出産、育児している間は、尚子は専業主婦だった。
 子どもが小学校の高学年になったぐらいから、本好きだった尚子は書店でパートを始めた。
 そして7年ほど前からは、正社員になった。

 でも、俺の方がずっと立場が上だったのだ、と秀樹は心の中で思う。
 なんで、こんなふうになっちゃったんだ?

――――第5話へつづく





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真夏 純 Jun Manatsu
子育てのヒントになるようなことや読んでホッと安らいでいただける記事で、世の中のパパママお爺ちゃんお婆ちゃん👨‍👩‍👧‍👦を応援したい📣と思っています! ありがとうございます。