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時を繋ぐ写真たち

防湿庫の奥に眠っていたフィルムカメラをそっと出すとフィルムが入ったまま何枚か残っていた。

もう何を撮ったのか全く思い出せない。

よくあるフィルムあるあるで現像に出す際に何を撮ったか思い出せないというのはあるけど、それはあくまでも1枚1枚全てを覚えていないということであって、このカメラは最後に持ち出したのがいつかさえ全く記憶にない。

そのカメラは祖父の形見で64年前に作られたCanon 7 という35mmフィルムカメラだ。


僕は祖父に会ったことがない。僕が生まれる前に亡くなってしまった祖父は自宅に暗室を持っていたほど写真が好きだったようで何台もカメラを持っていたらしい。唯一、叔父が保管していて譲り受けたこのカメラは僕がフィルムカメラにのめり込んでいく最初の1台となった。

露出計は壊れているけど、それ以外は普通に使えるものだったので当時はデジタルの合間にこのカメラでフィルム撮影を楽しんでいた。もともと子供の頃から -写ルンです- に馴染みがあったのでフィルムのざらっとした描写は好きで、休みの日にはこのカメラだけを携えて旅行に行ったり、登山に行ったりと一時期はよく使っていた。会ったことのない祖父との繋がりを実感できるのも僕には心地良かった。

ただその後は新たにコンパクトフィルムカメラや中判フィルムカメラを何台か購入することでこの祖父のカメラの出番は徐々になくなっていってしまった。




昨年末に東京の学芸大学にある、BOOK AND SONSで個展をすることになり、その会期中の展示の風景や来てくれた人たちを別のフィルムカメラで収めていた。

ふと、祖父のカメラを思い出した。写真が好きだった祖父にこの個展を見せることはできないけど、祖父の形見のカメラでこの風景を1枚でも収めれば、祖父にも見てもらえるような気がする。もちろんどこかで見てもらえてはいると思うけど、何か形に残したかった。

数枚残ったままのカメラを持ち出し、個展風景を撮って最後のシャッターを切る。そしてカバーを外し、レバーを回してゆっくりとフィルムを巻き取る。想いのある祖父のカメラだからそう思ったのかもしれないが、物に対して一つ一つの動作を丁寧に行うことの大切さを改めて感じた瞬間でもあった。

どんなものが写っているのだろう。何も写っていなかったりして。フィルムは劣化してるかな。流石に数年は経ってないだろうから大丈夫だろう。楽しみだな。

そんなことを思いながら現像に出したネガを待ち侘びてわくわくする、フィルムの醍醐味の一つだ。

それから年末年始を挟んで1ヶ月後、現像から戻ってきた写真を見るとそれは約2年前のものだった。友人の子供がまだ赤ちゃんだったり、以前住んでいた街並みを撮っていたりと少しづつ記憶が蘇ってくる。2年前に撮った感情を全く思い出せず、なんでこんなの撮ったんだろうと自分に嘲笑うも写真をよく見るとそこには自分の意志が写し出されていて、

そっか、この時にこんなことを思っていたんだね。ああ、だからこの次の写真がこれなんだ。そこを撮りたかったんだろうけど、でも全く意図して撮れてないよ。下手くそ。おっ、これはなんかいいじゃん。などと過去の自分と対話している感覚になった。
また、偶然にもどなたかの展示をBOOK AND SONSに観に行っていて展示風景を同じ祖父のカメラで撮っていたのも驚いた。その時には自分が同じ場所で個展をするとは露程も思っていなかったし、たまたま、偶然という言葉で片付けられるけれども、個人的にはどこかしら運命的なものを感じてしまいたくなってしまう。

祖父のカメラを保管していた叔父も、昔の写真を見るとその瞬間に戻れるよなと言い、正月に酔っ払いながら大音量のJAZZを聴きながら踊っていた。

忘れていた場所へと時間を引き戻していく写真。祖父から叔父、叔父から僕へ渡ったカメラ。2年前のBOOK AND SONSの空間から2年後の自分の空間。写真は時を超えて、記憶や時間、そして出会わなかった存在さえも繋げてくれるのではないだろうか。


写真は時を超えて、時を繋ぐ。































別のカメラで撮った正月の叔父。

祖父のカメラでも叔父を撮らないと。






石橋純

ブラジルの伝統芸能「カポエイラ」を26年間学び、LAを本部に置くCapoeira Batuque カポエイラバトゥーキ日本支部代表を務め、Contra Mestre (副師範) の位を持つ。国内外で20年近く幅広い世代に教えながらTVやCM、アーティストのMVや広告などでカポエイラの監修や指導をし、自身もパフォーマー兼モデルとしてその活動は多岐にわたる。
写し出す写真はどこか儚さを帯びながらも人々の心を強く惹きつけ、カポエイラで培われた経験から写真を独自の感性で表現する。東京・南青山にあるジャズクラブ BLUE NOTE TOKYO ではオフィシャルフォトグラファーとして世界のトップアーティストを撮影している。2022年「Life is Fleeting」2024年「41247」の写真集を刊行、同タイトルの個展「41247」を東京・学芸大学にあるBOOK AND SONSにて開催。

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