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ハイスペ・エリートの苦悩〜中島敦の『山月記』

世の中にはいろいろな人がいて、これまた、いろいろな劣等感を抱いて生きている。

出自コンプレックス。
容姿コンプレックス。
学歴コンプレックス。

などがよくある劣等感だろうか。
これに加えて、人種、経済状況、男女間の問題で悩みを抱え、自己肯定感をおとしめている人もいるだろう。

かくいうわたしも、中学生の頃は、背が低くて、真剣に悩んだ。
そのことを女子にからかわれて、学校や学習塾にいくこともはばかられるほどに苦痛だった。
高校へ上がると、一気に背が伸びたので、それはすんなりと解消された。

以来、わたしは自分のことで悩んだことは余りない。
強いて言うなら、悩みは会社経営のことだったり、人間関係だったが、問題は自分にあるという自覚がなかったので、それほどキツイものではなかったと記憶している。

noteで、たまたま見かけて、コメントを通じて知り合った女性がいる。

お写真を拝見すると、健康的な美人でスタイルもよく、一見、芸能人かと思った。
その方は、アラサーで未婚らしく、今後、不妊治療やルッキズム、選択制夫婦別姓、同調圧力などのテーマについて、取り組み、記事化されるという。

なかなか優れた記事を書かれており、その内容も深淵で、奥行きがあったので、どんな人物なのか興味を持ち、その方のプロフィールをのぞいてみた。

すると。

帰国子女。慶應義塾大学卒業。早稲田大学院を主席修了。アフリカとアメリカに留学。大手財閥企業に就職。世界銀行。国際協力機構。外務省勤務。
海外駐在。起業して、現在は会社経営。

という、キラキラ過ぎるハイスペック女性という事実を知った。

こんな方でも、悩んで、いろいろと苦心されているのか。。。。。

というのが、率直な感想であった。

容姿端麗、頭脳明晰、それに加えて、仕事が出来る女性にも関わらずである。

これだから、人間はイメージや上辺だけでは判断できないのだな。

話はそれるが、わたしは、ことあるごとに「天才」と呼ばれていた。
別の記事にも書かせて頂いたが、みなさんは大いなる勘違いをされて、
わたしを「天才」と位置づけしていた。(あくまで過去形ww)

特に、高学歴な人ほど、わたしのような学力の低い人間を過大評価されているように思える。




特にお付き合いしていたSさんからこう言われていた。

私はただのガリ勉だよ。でも、あなたは天才。うらやましい。最初から能力の高い人は努力しないでも、何でもできるじゃない。それと、ずっと、教師をしていた私は、民間企業コンプレックスなの。だから、会社で見下されてる。もう、つらくて、やってられないよ』

『いや、俺だって、ADHDだから、会社でよくヘマをやらかして、上司にバカにされていたんだ。周りとテンポが合わせられない。発達障害もつらいもんだよ。ただ、それは悩みじゃない。病気だから気にしないようにしてるだけなんだよ』

わたしと、これらの方々との違いは、

『自らの能力のことで悩んでいるかどうか』

なのかと気がついた。

頭の良い、優秀な人ほど悩んでおり、傷つきやすい。

他者との比較から、劣等感は生じていく。。。。。。


ところで、現在、ある職業マッチング・アプリから、
180件以上の会社や団体から興味ありとの知らせが届いている。

いわゆる、スカウトメールだ。
わたしの営業力や経営能力の、ポテンシャル(潜在能力)を買われようとしている。

東京大学、キーエンス、アクセンチュア、ビズリーチ、リクルートなどなど。

これにわたしは、喜びよりも、むしろ、恐怖を感じているのが、
正直なところだ。。。。。。

こんなエリートと関わったら、わたしの病状は悪化するに違いない。

わたしのまがい物の才能など、いつ化けの皮がはがれてもおかしくないからである


名作『山月記』という短編小説を書いた、中島敦という作家がいる。
国語の教科書などで、ご存じの方もいるだろうか。
代表作『山月記』は、唐の時代に、最難関官僚登用試験の科挙に合格したエリートが虎になるという変身譚である。

その、あらすじはこうだ。

唐代の中国に李徴という男がいた。故郷では「鬼才」とまで呼ばれ、若くして科挙に合格し地方の役人になるほどの人物だった。

しかし質の悪い生活は彼には耐え難く、詩作の道に進むことを決断するが、芽はでない。

李徴は妻子を養うため再び下級役人の職に就くが、かつて見下していた連中が出世しているのを見て、自尊心はボロボロになる。

ある時、限界を迎えた李徴は、夜中に野山へ駆け出したかと思うと、不思議なことに虎になってしまった。虎として、理性が徐々に失われる中、古い友人の袁傪えんさんに出会う。


袁傪に対して、自作の詩を披露し、「尊大な羞恥心」と「臆病な自尊心」によって化け物になってしまったことを語る。


やるせない境遇を吐露し、自嘲する李徴に同情の念を隠せない袁傪。「妻と子供のことを頼む」という李徴の頼みに、涙を流しながらうなずいた。

月光に照らされる中、李徴は虎の姿を友にさらし、草むらに消えていくのだった。

中島敦のことは、上述のSさんから、薦められて知った。

中島は、東京帝国大学を卒業後に作家になった。
いくつかの素晴らしい作品を世に出したのちに、
気管支喘息で、33歳の若さで亡くなっている。

自身について、このような評価をして嘆いていた。

才能のない私は
才能のないことを悲しみながら
頭をたれて
明るい街をのそのそと歩いていた。

私はもう二十五だ。私は何かにならねばならぬ。
ところで、一体私に何ができる。
うわべばかりの豪語はもうあきあきだ。
なかみのない、ボヘミアニズムも、こりごりだ。
人に笑われまいとするきがねも、もう沢山だ。

感心したものには、大人しく帽子をぬげ、
自信ありげなかおをするのは止めろ。
自信も何もないくせに。
だが、それは結局、
自分の無能を人に示すことになる。
何ということだ、何と情けないことだ。一体。
才能がないということは、
才能のない男が裸にならねばならぬということは

— 中島敦「断片9」

ああ、なんということだろう。

これだけの才能に恵まれつつも、苦悩に苦悩を重ねて、死んでいったのか。。。。

それに引き換え、わたしは、無能で、馬鹿ゆえに、悩みも知らず、
天才と呼ばれて、お気楽な人生を歩んでいると言うのに。

天才と無能は紙一重。

わたしは、無能でいい。

無能でいいから、楽しい生き方をしたい。

もともとが、勉強もロクにしない、悩みは寝て、すぐに忘れるような人間だ。

出来ることなら、このまま、無能ゆえの苦労知らず、悩み知らずで、
なんの劣等感も抱かずに、日々を楽しく暮らしていきたい。

ダメな自分でも、自分を愛して、他人にも愛情を持てればそれで良しとしたい。

或いは、自称「天才」でもいいじゃないか。

思い込めば、誰しも天才だ。

天才と思えば、あなたも「天才」なのだ。

自己肯定感を常に高く持って、前向きな人生を歩んでいきたいと思っている。


最後までお読み頂きありがとうございました😊これからも頑張りますので、良かったらスキやフォローをお願いします💖







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