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ShopifyはECサイト構築ツールではなくOMOコマースプラットフォームである

『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』(以下、『D2C』)という本を読みました。2020年1月に発売された本で、小売業界に巻き起こっているD2Cというムーブメントについて解説した本です。

D2Cについての正確で中立的な記事を探すのは難しいですが、みんな大好きWikipediaの記事による定義は次の通りです。

D2C(Direct to Consumer)は、メーカーが自社で企画・製造した商品を、自社のECサイトを用いて直接消費者に販売する仕組みのこと。直接販売のひとつ。(中略)小売を介さずにメーカーが直接消費者と繋がるため、消費者の購買状況や利用状況、嗜好など様々なデータをメーカー側が収集して分析し、短いスパンで商品開発のPDCAをまわすことで売れる商品を売れる数だけ作るよう予測することが可能になった。

この定義も実際のD2Cからすると少し狭いのですが、その点は後述します。

さて、D2Cと情報システムというテーマを語る上で外せない存在があります。それはShopifyというBtoB SaaSです。この『D2C』にも、Shopifyの存在感について次のように書かれています。

Shopifyは、世界シェアNo.1のECサイト構築プラットフォーム。誰でも簡単にECサイトを開設することができる。決済、在庫管理、顧客データベース管理も可能だ。他にも色々なツールがあるが、AWSとShopifyはアメリカのD2Cスタートアップのデフォルトのツールともいえる。

この記事ではD2Cというムーブメントを裏で支えるShopifyが、単なるECサイト構築ツールではないことを説明します。そこには、先日の記事にも書いた『アフターデジタル』で語られた世界観も垣間見えます。


ShopifyはECサイト構築ツールではない

先日、履いていた靴がボロボロになってきたので、Tech界隈で話題だったAllbirdsというD2Cブランドのスニーカーをオンラインで買いました。僕は仕事柄、ECサイトがどう構築されているかを気にしてしまうという職業病を患っています。allbirdsのオンラインストアの滞在中、「Shopifyっぽいなー」と思って中身を見たら、やはりShopifyで構築されていました。

後から知りましたがAllbirdsはShopifyユーザーとしてかなり有名らしく、Shopifyのサイトに事例として掲載されていました。書籍『D2C』の中でも次のように記述されていました。

(Shopifyは)どのサイズの売上規模にも対応できるのが特徴で、Allbirdsは創業時から売上が数百円を超えた今でもShopifyを使い続けている

さて、Shopifyというサービスが紹介されるとき、「ECサイト構築ツール」と紹介されることがとても多いです。『D2C』でも、Shopifyは「世界シェアNo.1のECサイト構築プラットフォーム」であると書かれています。また、Shopify自身の日本向けサービスサイトでも、キーメッセージとして「ネットショップを開設しよう」と書かれています。

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https://www.shopify.jp/

しかし、Shopifyが提供する価値や描く世界観の中で、ECサイト構築機能はそのごく一部でしかありません。Shopifyとはコマース全般のプラットフォームであり、エコシステムを育て上げD2Cムーブメントの下支えとなっている、非常に重要な存在となっています。

Shopifyが実現する "Sell everywhere"

実際、ShopifyというプラットフォームにとってのECサイトは、多様な販売チャネルの中の1つに過ぎません。それはShopifyのグローバルのサービスサイトのキーメッセージにも表れています。日本向けサービスサイトに「ネットショップを開設しよう」と書かれていたその場所には、 "Anyone, anywhere, can start a business" と書かれています。

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https://www.shopify.com/

また少し下にスクロールすると、 "Sell everywhere" という言葉も出てきます。ここに登場する "anywhere" や "everywhere" という単語が意味するのは、「ECサイトなら世界中のお客さんに物が売れます」ということではありません。それはShopifyが実際に提供する販売機能の一覧を見れば明らかです。

まず、Shopifyでは、実店舗で商品を販売するためのPOSシステムが提供されています。前述したAllbirdsが原宿にオープンした実店舗でも、ShopifyのPOSシステムが使われているようです。実店舗で商品を販売する場合も、Shopifyのシステムを利用することができます。

世の中的には、InstagramやFacebookで商品が検索され、そのままストアに流入するケースも増えています。ShopifyのFacebook channel Appを使うと、Shopify画面上からFacebook広告が打てたり、2020年5月に登場したInstagramショップ機能への商品リスト連携ができたりするようです。

また、EC専用のページを持たない場合であっても、自社のブログやWebメディアに商品購入ボタンを埋め込むということもできます。たとえば自社のブログにShopifyで生成した商品購入ボタンを埋め込むことで、そのブログ画面上で商品の購入まで完了することができます。

さらに重要なのは、これらの販売チャネルの裏側で必要な業務システムもShopifyがほぼ全てカバーしているということです。決済はもちろん、在庫管理、注文管理、配送、マーケティングまで、チャネル横断で共通のシステムを使うことができます。

同じ商品を、Shopifyの共通仕組みで管理しながら、オンラインストアだけでなく実店舗でもSNSでも自社メディアでも購入できるようにする。Shopifyとはまさに "Sell everywhere" のためのサービスであるといえます。そんなShopifyを「ECサイト構築ツール」と呼ぶのは、少し認識が狭いような感じがします。

『アフターデジタル』に書かれたOMOの実装としてのShopify

先日『アフターデジタル』という書籍を読んでnoteを書きました。

『アフターデジタル』では、OMOという概念が何度も登場します。その続編である『アフターデジタル2』に書かれたOMOの説明がわかりやすいので引用します。

OMOとは、「オンラインとオフラインを分けるのではなく、一体のジャーニーとして捉え、これをオンラインの競争原理から考える」という概念です。(中略)オフラインがなくなると、オンラインとオフラインを分けることに意味はなくなります。ユーザーは「今はオンライン」「今はオフライン」という区別を意識せず、そのとき一番便利な方法を選んでいるだけです。

Shopifyが多様な販売チャネルをワンストップでサポートしている背景には、このOMOの流れがあると思わざるを得ません。

僕がAllbirdsのスニーカーを買ったとき、「原宿の店舗にも行きたいけど情勢的にオンラインでまず買おうかなー」という気持ちでオンライン購入を選びました。一般的にはオンライン購入の方が手続きが煩雑になりやすいですが、Shopifyで作られたAllbirdsのオンライン購買体験はとてもスムーズで最高でした。

さらに重要なのは、Shopifyを全面的に採用している企業にとっても、顧客がECサイトで購入しようが実店舗で購入しようが、あまり関係がないということです。もちろん事業戦略上のチャネル間の優先順位はあるかもしれません。しかし、在庫がShopifyで一元管理されデータもShopifyに貯まるのであれば、どのチャネルで商品が購入されたかによって裏側のオペレーションが大きく変わるということはあまり無さそうです。

ShopifyはこうしたOMO的なビジネスを展開するD2Cスタートアップに積極的に採用されています。その意味で、ShopifyはコマースのOMO化を加速させるプラットフォームであると言えそうです。

なお、『アフターデジタル』では「日本企業はどのようにアフターデジタル型に変化すべきか」ということが主眼に置かれています。一方、『D2C』で紹介されているようなD2Cスタートアップ企業は、もともとOMOの視点を持ったアフターデジタル世界のプレイヤーといえます。こうしたいわば「デジタルネイティブ」な企業にとってのコマースとは、「まずはオンラインで買えるようにし、その後実店舗を出す(かも)」という順番になるのが一般的です。これは、従来の小売メーカーの「商品のほとんどが実店舗で売られていて後からECの比率が上がった」という順番とは逆になっています。

D2CブランドはECだけをチャネルとして使うわけでもなく、またShopifyとはコマース業務全般をカバーするプラットフォームです。しかしながら、D2CがまずECによる販売から始めることが多いという特徴を取り上げて、D2CブランドやShopifyの本質が「自社ECサイト構築」にあると誤解されているケースがとても多いです。『アフターデジタル』の視点に立つと、こうした誤解が生まれる背景には、「オンラインとオフラインを分けることに意味はなく各チャネルは顧客との接点の1つでしかない」というOMOの思考法が浸透していないことがありそうです。

Shopify v.s. 独自システム構築

抽象的な話が続いたので、最後にもう少し具体的に「Shopifyを使うとはどういうことか」を見ていきましょう。わかりやすくするために、「Shopifyを使う」か「独自システムを構築する」かという2つの選択肢の比較で説明します。ShopifyはSaaSであり、実体はコマース業務のための情報システムです。独自にエンジニアを調達し、Shopifyと同じかそれ以上の機能を持つ独自システムを開発するということは十分に可能です。そうした独自システム構築という選択肢に比べて、Shopifyを使うことのpros/consはなんでしょうか?

まずは、一般的にSaaSを使うことのprosとして語られる内容がShopifyにも当てはまります。Shopifyのビジネスモデルはサブスクリプション型であり、月額費用を支払うだけですぐに使い始めることができます。初期コストを抑えられるので、売れるかどうかの不確実性が高い新規事業と相性がいいと言えます。

逆にSaaSである以上避けられないconsとして、独自システムを構築するよりも理論上の自由度は低いです。Shopifyを使う以上は、Shopifyが提供する機能の枠を超えた使い方というのは基本的にはできません。Shopify自体がカスタマイズ性の高い機能性を持ち自由度を担保しようとしてますが、もちろん実現できない機能もあります。たとえば、最近までサブスクリプション型の商品購入モデルはShopify公式ではサポートされていませんでした。独自システムであればこの辺りは(開発力があれば)何とでもなるので、「Shopifyを使うと実現できることに制約が生まれる」というケースは確かに存在します。

(ちなみに、そもそもSaaSって何?という人にはこちらの記事がおすすめです。)

一方、Shopifyは単なるツール提供型のSaaSではありません。Shopifyは今や多くのBtoB事業者が乗っかってビジネスを展開するプラットフォームであり、Shopifyの利用者はそこで実現されたエコシステムが生み出す価値を享受することができます。

まず、ShopifyにはShopify App Storeと呼ばれるマーケットプレイスがあります。Shopifyは豊富なAPIを公開しています。各種パートナーは、そのAPIを使ってShopifyを拡張するアプリを開発し、Shopify App Storeに公開することができます。Shopifyの利用者は、自分が欲しい機能を実現するアプリを探してインストールするだけで、技術的な知識がなくても自社のShopifyをカスタマイズすることができます。次のような日本の事業者向けのアプリも公開されているようです。

・LINEや楽天市場などで商品を販売するためのアプリ
・ヤマト運輸など日本の各種配送業者の送り状を発行するためのCSVを出力するアプリ
・国内の広告事業者と連携するためのアプリ

他にも、Shopifyの導入や運用を支援するパートナー企業が多数います。そうしたパートナーを使うことで、Shopifyに詳しい人材を比較的簡単に調達することができます。また、こうしたパートナーや他のShopifyユーザーがインターネット上にShopifyの活用ノウハウを多数公開していたりします。

なお、Shopifyは必ずしもフルパッケージで全ての機能を利用する必要があるようなサービスではありません。多くの機能がAPI連携可能に作られている以上、「用途に合わない一部の機能だけを独自システムで組み、Shopify側とはShopifyのAPIを介して連携する」といったことも可能です。開発次第では、独自構築システムの中に、Shopifyをシームレスに組み込めるということになります。

もちろん、独自システムを構築する合理性があるようなビジネスモデルは多数存在します。しかし、少なくとも自社のモノを売るような新規事業を立ち上げる場合、全てのシステムを独自に構築した方がいいケースはほとんど存在しないんじゃないかと思えます。それほどまでに、Shopifyが提供する機能は洗練され、エコシステムが生み出す価値に乗っかるメリットは大きく、「とりあえずShopify使っとけ」が正解になるシチュエーションはとても多そうです。もちろんShopifyを導入したら全てうまくいくという話ではなく、「Shopifyをちゃんと使うと本質的な思考や改善に集中しやすい」ということですが。

ちなみに、ここまでで書きたいことの半分も書けずに分量が一記事のそれを超えてしまったので、また続きを書くかもしれません。乞うご期待(?)。

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