コスト削減と価値向上を両立する「テックタッチ」という考え方
どうも、エンジニアのgamiです。
先月書いたnoteがちょっと話題になったのですが、今日noteの管理画面を開いたら、そのことを祝ってもらいました。
Webサイトやアプリの機能などを使って人手を介さずに顧客対応をすることを、「テックタッチ」と呼びます。たとえば僕はnote社の社員と話したことも無いですが、noteの管理画面上でたくさん褒められて気持ちよくなっています。その結果、note社としては人的なコストをかけることなく、僕という人間のnoteに対するロイヤリティ(Loyalty)を高めることに成功しています。
僕はこのテックタッチという考え方がとても好きです。なぜなら、それは人的コストの削減と体験価値の向上という一見相反する目的を同時に達成できる、夢のような取り組みだからです。この言葉はもともとSaaS業界のカスタマーサクセス業務の中で積極的に使われ始めた言葉のようです。一方で、「デジタルを前提に人との関わり方を考え直す」という取り組みは、別に業界や職種を問わず広く役立つはずです。
今回は、そんなテックタッチについて一緒に考えましょう。
ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチ
テックタッチとは、一般に顧客単価の振れ幅が大きいようなサービスの顧客対応に関して使われる言葉です。実際には、次の3つの言葉がセットで使われます。
たとえば、noteというサービスの顧客対応を例に(勝手に)考えましょう。
noteの管理画面に行くと、様々な通知が出てきたり、バッジで「次に何をすれば良いのか」がわかりやすくなっています。ここでは「ユーザーが勝手に使い方を学んで使い続けてくれるような仕組み」がテクノロジーで実現されています。これは、まさにテックタッチといえます。
一方で、noteのイベント情報ページを見るとイベントを定期的に実施していることがわかります。特にnoteはBtoB事業としての側面もあり、法人事例紹介セミナーがかなりの頻度で催されています。こうしたイベントやセミナーは、ロータッチといえます。
さらに、noteのproプランの契約を検討or利用している企業に対しては、恐らく法人営業やカスタマーサクセス担当が個別対応もしているはずです。こうした1対1の個別対応をハイタッチと呼びます。
このように、ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチは、状況に応じて3つをうまく使い分けることが想定されています。それぞれに得意不得意があり、組み合わせを工夫することで価値を最大化できるわけです。
ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチという区分は、もともとSaaS業界で積極的に使われ始めた言葉のようです。一方で、多くの事業がモノからコトの提供にシフトしサービス化が進んでいる中で、ITを主力としない企業の間でも注目を集めています。
コスト削減と体験価値創出の二兎を追う
とかく「IT活用」を鼻息荒く掲げている企業は、目先のコスト削減や業務効率化に注視しがちです。そこに「DXの本質とは単なるIT活用による効率化ではなくデジタルを前提とした新しい価値の創出である」みたいな理想論を振りかざしても、多くの企業にとって「そうは言ってもヒトもカネも足りない」というのが正直なところじゃないでしょうか。
テックタッチという考え方には、こうした理想と現実のギャップを埋めるヒントが隠されていると思います。そのことを理解するには、テックタッチに対する誤解を解消する必要があります。
テックタッチとは、「テクノロジーを駆使して人手をあまりかけずに広く対応する」ことでした。この定義を聞くと、「単価で顧客を区別して、低単価層には人手をかけず最低限の対応をするんだな」と早合点してしまいがちです。
(テックタッチに対する誤解)
しかし実際は、次の図のようにテックタッチを土台としてロータッチやハイタッチがその上に積み上がっていく形になります。
重要なのは、テックタッチとは単価の低い顧客のためだけの「安かろう悪かろう」の対応ではないということです。たとえどんなに単価の高い重要顧客であっても、24時間365日、常にハイタッチし続けることは現実的ではありません。そこで、ベースとしてテクノロジーによるテックタッチを広く提供しつつ、必要に応じてロータッチやハイタッチを上に乗せていくのです。
具体的には、たとえば前述したnoteの例でいえば、note proプランを提供している大手顧客にはカスタマーサクセス担当がついて直接的なアドバイスをしてくれたりするかもしれません。一方で、その顧客がnoteの管理画面に日々アクセスする中では、テックタッチ施策によって自動的にロイヤリティが上がったりサービスの使い方に関する学習が促進されたりするわけです。
さらに重要なのは、全ての顧客に対してテックタッチし続けることによって、顧客に関する日々のデータを取得し続けられるという点です。このデータを活用することで、たとえば「この大口顧客は契約単価が大きいのに全然サービスを使っていなくてやばそう」みたいなことがわかったりするわけです。テックタッチが上手い企業は、こうしたデータを元にアラートを上げる仕組みを構築していることも多く、ハイタッチが必要なタイミングを自動で判別できるようになっています。
テックタッチを強めるというのは、人による対応を全て無くすことでも、一部の顧客のサービス体験を諦めることでもありません。テックタッチの本質は「コンピュータが得意なことはコンピュータにやらせよう」というリソース配分の最適化であり、人とコンピュータがどう協力すると顧客体験の総量が最大化できるかを考えることに他なりません。その結果として、人的コストをかける対象をより適切な領域に集中できるようになり、顧客体験が全体として底上げされるわけです。この本質を見誤ると、テックタッチは失敗します。
あなたの仕事はテックタッチでどう変わるか?
以上が、僕のテックタッチに対する理解でした。
少し抽象的な話が続いたので、ここからは「じゃあ実際にどこでどうやってテックタッチの考え方が使えるの?」というところを考えてみたいと思います。
前述のように、このハイタッチ、ロータッチ、テックタッチという区分はSaaSのカスタマーサクセスについての説明でよく使われる言葉です。一方で、業界や職種を超えて広く応用することができます。
業界という意味では、たとえば先程から引用している『アフターデジタル2』には保険業界や自動車業界などでのテックタッチ事例が紹介されています。(とても良い本なのでぜひ読んでみてください。)
職種としては、たとえば僕がいる会社では「社員の採用業務にテックタッチが使えないか?」という試みがされたことがあります。また、社内のコーポレートIT部門への問い合わせは一次対応をbotがやってくれたりします。
「顧客や社員への有人対応が増えて回らなくなってきたけれど、安易に自動化して体験を損ねたくない」というとき、私たちはまず何から考えればいいのでしょうか?
まず第一に、目の前の業務に本当にテックタッチを本腰入れて導入すべきかを見極める必要があります。前述のように、その職種や業務の種類自体を理由に諦める必要は必ずしもありません。たとえば採用業務で自社に興味がある人が多すぎて全員に対応し切れていないのであれば、採用にテックタッチの考え方を導入することが合理的かもしれません。もちろん、まだ数が少なく人手での対応で事足りる場合は、いったん人力で頑張るフェーズというのもあるでしょう。
さて、テックタッチを実現するには、タッチしたい相手がデジタル接点を使っている必要があります。デジタル接点とは、Webサイトやネイティブアプリなど、テクノロジーによる体験づくりが容易な接点のことです。相手が社外の人の場合、公開されたサイトやアプリが必要になります。また、ただデジタル接点が存在するだけで使われなければ意味がありません。リアル接点が強い場合は、いかにデジタル接点を日常的に使ってもらうかを考える必要があります。ここは、状況に応じて頑張る必要があるでしょう。。。
その上でテックタッチにおいて重要なのは、データ取得と体験改善のサイクルを回すことです。人同士で直接会話する状況に比べて、デジタル接点でつながっている相手の目的や嗜好を把握することは難易度が高いです。一方で、データからうまく個々の人物の解像度が上がったり全体の傾向を把握できるようになったりすれば、そのナレッジをテックタッチ施策として落とし込むことができます。具体的には、次のような施策が考えられます。
一般に、デジタル接点上でユーザー毎に行動データを取得したり、個々の状況に対して適切な案内を出したりするには、ソフトウェアエンジニアによる開発が必要になります。ただし、最近ではWeb接客ツールとかCXプラットフォームと呼ばれるようなSaaSが多く登場しており、それらを活用することで開発コストを大幅に抑えることができたりします。(ちなみに、僕は本業でKARTEというCXプラットフォームの提供に関わっています。)
さらに広く捉えると、テックタッチとはある会社が社会において関わるあらゆる人との接点を最適化していく営みといえます。ここでいう「人」とは顧客だけではなく、協業先、競合、採用候補者、従業員、株主など様々です。会社にとって、人とのつながりは資産になります。ときには採用候補者が見込み顧客になったり、協業先が株主になったり、人と会社との間の関わり方も多様で動的なものです。テックタッチの基盤を整える活動を捉え直すと、自社に興味を持って関わってくれる人の行動を緩く把握し続けることで、その人への対応そのものだけではなく、自社の商品やブランディングや制度や文化や組織に対してフィードバックループを回していく活動であるといえるかもしれません。そう捉えると、業界や部署や職種で閉じた話にしてしまうのがいかにもったいないかがわかりますね。
最後はかなり発散してしまいました。ぜひ、あなたの会社のテックタッチについて考えたことがあれば、gamiまで教えてください。ではまた。
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