小説の一節から描いてみる
梶井基次郎 「雪後」から
「乗せてあげよう」
少年が少女を橇に誘う。二人は汗を出して長い傾斜を牽いてあがった。
其処から滑り降りるのだ。
ー 橇は段々速力を増す。首巻がハタハタはためきはじめる。
風がビュビュと耳を過ぎる。
「ぼくはお前を愛している」
ふと少女はそんな囁きを風のなかに聞いた。胸がドキドキした。
然し速力が緩み、風の唸りが消え、なだらかに橇が止まる頃には
それが空耳だったという疑惑が立罩める。
「どうだったい」
晴ればれと少年の顔からは、少女は孰れとも決めかねた。
「もう一度」
少女は確かめたいばかりに、また汗を流して傾斜をのぼる。
ー 首巻がはためき出した。ビュビュ、風が唸って過ぎた。胸がドキドキする。
「ぼくはお前を愛している」
少女は溜息をついた。
「どうだったい」
「もう一度!もう一度よ」と少女は悲しい声を出した。今度こそ。今度こそ。
然し何度試みても同じことだった。泣きそうになって少女は別れた。
そして永遠に。
梶井基次郎がアントン・チェーホフの「たわむれ」から引用した一節です。
「雪後」
16×23cm
紙に水彩、インク、鉛筆