トークショーで話したこと
はじめに
昨日(2024年7月27日)、竹沢うるま「視点と写真」修了展で、出展者(1名欠席のため)8名と竹沢うるま先生のトークショーを行いました。
100名以上の方がお越しくださいました。ありがとうございました。
トークショーのトップバッターは私でした。
以下に話した内容に、話し足りなかった点も補完してまとめました。
今日は私の写真について、個々の写真の説明ではなく、何をお見せしようとしているのか、私の「視点」についてお話しさせてください。
私のサハラ砂漠(以下サハラと省略)の写真は3つの時期に分けられます。
自分のための記録写真
1981年からサハラに通い、暮らし、旅や生活しながら写真を撮っていました。これは純粋に自分のための記録でした。
撮らせてくれる相手のための写真
転機が訪れたのは2006年です。妻とマリ共和国(以下マリと省略)に里帰りした時、それまでの写真をまとめ、遊牧民の家族や友人たちに見せました。35年間の時間の経過で、写真の中の赤ん坊は大人になり、若者には孫ができ、老人は亡くなっていました。ありし日の写真を見て、彼らは深く懐かしみ、涙して喜んでくれました。
写真は素晴らしい。彼らのために写真を撮り続けたいと強く思いました。遊牧民のための写真を撮りたいと強く思いました。
写真の目的を見失う
しかし、その後マリの治安が悪化し、ずっと北部のサハラを訪れることができなくなりました。独立運動、アルカイダ系武装勢力、軍部とワグネルの結びつき、反仏感情の高まり、行政の弱体化による治安悪化・・・
昨年、今後10年はマリのサハラに平和は訪れないだろうと悟り、マリの遊牧民の写真を撮りに行けず、自分の写真の目的を見失いました。
第三者に見てもらう写真
そんな中、うるま先生の「視点と写真」というワークショップに出会いました。1年間自分の写真の視点について深く考える機会をいただきました。
サハラに住む遊牧民トゥアレグを撮りたいという思いは変わりませんが、今は第三者、不特定多数の人々に見ていただく写真を意識しています。
僕にしか撮れないサハラを
サハラと50年付き合い、サハラで10年の生活し、サハラ周辺の北・西アフリカでも7年の暮らしてきましたから、初めてサハラを訪れる人とは、感動するもの、興味を持つもの、撮りたいと思うものが(良くも悪くも)違います。それをうまく利用したいと思います。
4つの視点
また、サハラでの長期の撮影から、4つの時間的視点を意識しています。
Constancy(不変性、かつてあり今もあるもの・こと)
Change(変化、かつてあり今もあるが変わったもの・こと)
Creation(創造、以前にはなく今あるもの・こと)
Cessation(消滅、かつてあったが今はなくなってしまったもの・こと)
「サハラ砂漠」は固定的なものではありません。12000年前には湖や河川があり、豊かな緑が広がり多くの動物も暮らしていました。しかし約5000年前から気候が変わり始め、次第砂漠に変わっていきました。人々の暮らしも狩猟生活から遊牧生活に変わりました。
私が知るこの43年間でも、自然や社会に様々な変化が起こっています。2023年10月に滞在したアルジェリア南部のタッシリ・ナジェールでは、遊牧という生活はもはや風前の灯火で、新たな仕事や生活様式が生まれています。
パンタレイ
このように、不変性、変化、消滅、創造が混在し、複雑に絡み合っている世界がそこにあります。
これを一言で表したいと「パンタレイ」という言葉をタイトルに入れました。ギリシア語で「万物は流れる」という意味です。「生々流転」という言葉の方が日本では馴染みがありますが仏教用語なので、パンタレイを選びました。
それぞれの写真が不変性、変化、消滅、創造のどれに当たるのか考えてみてください。
世界の認識
私の世界の認識も、写真を撮り、見せる視点に大きな影響を与えています。アクターネットワーク理論や新物質主義、オブジェクト指向存在論といった考え方に影響を受け、自然、人、世界を関係性の中で紡がれるものとして捉え、人とものを等価に見ています。
伊勢和紙という選択
今回の8点の写真は、全て手漉き和紙に印刷しました。私は三重県出身なので、写真の中の自分の存在を伊勢和紙に重ねました。(今回使った伊勢和紙については後述します)。
和紙というと日本的な風景のプリントを目にする機会が多いと思いますが、和紙とサハラの相性もなかなかのものだと思います。
大きな和紙にプリントした砂漠の写真の前に立って、砂漠にいる自分を創造してみてください。
モノクローム写真
最後に、モノクローム写真にこだわった理由をお話しします。
モノクローム写真には、色情報がないので、被写体の本質的な形や構造が浮かび上がります。また、その抽象性が鑑賞者の想像力を刺激し、主体的な解釈を促します。つまり、モノクローム写真には現実を再構築する力があり、それにより観賞者に新しい視点と解釈を提示できると思います。みなさんなりの解釈、現実を感じてください。
以上が、私の今回のサハラ砂漠の写真に込めた思いです。
この展示を通じて、皆さんがサハラ砂漠とそこに生きる人々の姿を新たな視点で見ていただければ幸いです。
ありがとうございました。
竹沢うるま先生からのコメント
「ぼくがよく話している写真の「想像と創造」する力につながる話でした」
「最初の写真の説明をしてください。」
はい。1983年5月、マリ共和国北部、岩塩鉱のあるタウデニと旧都市トンブクトゥの間を行き来する塩のキャラバンルートで撮影した真夜中に岩塩の板を運ぶキャラバンです。ラクダの背に積まれた塩の板と板が擦れて、キュルキュルと幻想的な音が夜の砂漠に響いていました。慌ててカメラを取り出し思い切り増感して撮りました。
竹沢うるま先生
「他のモノクローム写真は昨年撮ったものだそうです。40年の時間がここにあります。」
参加者からの質問
なぜサハラ砂漠に行ったんですか?
高校生の時に、上温湯隆の『サハラに死す』という、ラクダでサハラ砂漠を横断しようとして渇死した日本人青年の遺稿をまとめた本を読みました、
自分がそれを達成したいと思い、大学時代もサハラに通い、大学を卒業すると、ラクダの技術を学ぶためマリに行き遊牧民に弟子入りしました。
サハラ砂漠のどこに惹かれているのですか?
自然の大きさやその美しさも大好きですが、人と人の距離感が自分にはとても心地よいところです。例えば、パキスタン、インド、バングラディシュは人がとても親切ですが、僕には距離感が近すぎてストレスを感じます。サハラの遊牧民トゥアレグのちょっと突き放したくらいの距離感がとてもリラックスできます。僕にはフランス人の距離感も心地いいです。砂漠の暮らしも大好きです。
変化や消滅でがっかりしたことはありますか?
例えば、伝統的で格好良い儀式や遊牧のために使われていた道具がなくなると残念だとおもいますが、彼らが選んだ変化について、外の人間がとやかく言うことではないと思っています。ですから勝手に期待したりがっかりしないようにと心がけています。
8人と竹沢うるまさんのトークショーが終わった後、自分の展示の前に戻っていると、いろんな方に話しかけていただきました、
肩の力が抜けた写真ですね
サハラ砂漠にこんなところ(オアシスやゲルタ)があるとは思っていませんでした
大きな砂漠の写真をずっと見ていたいです
和紙についての質問もたくさんいただきました。
日本は好きですか?
一人の女性から聞かれました。自分の心の中を見透かされたようで驚きました。
「日本は素晴らしい国ですよね。でも僕はずっと日本にいると苦しくなります。サハラや海外にいると自然に呼吸できます。」
写真を見て風を感じました。『アルケミスト』という本をご存知ですか?「はい、パオロ・コエーリョのアルケミストは僕も大好きです。」
話と写真からアルケミストの世界を感じました
「それはとても光栄です。」
改めて、ギャラリーにお越しくださり、話を聞いてくださったみなさん、ありがとうございました。
伊勢和紙について
「伊勢和紙」は、1899年(明治32年)に創立した大豊工業さん一社が、以来一世紀にわたって旧法と伝統を重んじつつ「神宮御用紙」を奉製してこられました。御用紙は、大麻と呼ばれるお神札(おふだ)さんやお守り・暦などに用いられており、用途に応じて透かしを漉き込んだりしておられます。
今回の展示写真は全て、手漉きの伊勢和紙を使っています。
伊勢和紙は和紙の風合いをいかすという観点から、表面のコーティングはありません。滑らかな面とざらざらした面があり、両面ともプリントできます。
1枚目
紙の種類:伊勢斐紙 風雅、加賀雁皮:土佐楮= 1:1
2枚目から7枚目
紙の種類:純雁皮紙、加賀雁皮100%
きめ細かく美しい光沢のある最高級の手すき和紙で、克明な描写で強い陰影を作ることができます。
2枚目以降は全て2023年10月、アルジェリア南部のタッシリ・ナジェールで、モノクロームしか撮れないカメラで撮影しています。レンズは28mm, 35mm, 50mmの3本です。写っているのはトゥアレグと呼ばれる人々です。
4枚目と5枚目は菊判という和紙のサイズ(970mm x 630mm)で、上下の板は桟(さん)と言います。写真仲間の稲継木工の稲継さんが梨の木で特別に作ってくださいました。
4枚目はサハラ砂漠の中のオアシスに映えている植物(夾竹桃など)です。
5枚目は雨期の水が何カ月かたまっているゲルタと呼ばれる場所です。
8枚目
紙の種類:晒純楮紙
二人がかりで漉かれた五八判(1500mmx2400mm)というサイズです。
1、2、3、6、7枚目はEPSON SC-PX1Vで自宅で印刷しました。
4、5、8枚目は伊勢和紙ギャラリーでCANON PRO-6100でプリントしていただきました。
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