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天牛名義考 序 (かみきりむしのなまえについて はじめに)

序文のさらにその前置きが長すぎたようです。すみません。ここから先が, 序文の本題です。当初「序」を6回に分けて投稿すると予告しましたが, これで最後にします。

序の4. 名義問題(なまえについてのぎもん)

その1. カミキリムシの漢字表記

試みに “カミキリムシ” を国語辞典『広辞苑』で引くと, 漢字表記が「髪切虫・ 天牛」となっている. まず, 「髪切虫」. なぜ, “髪を切る” と書くのだろう.

カミキリムシの口は鉤が2つ向き合った形になっていて, これが左右に開閉する. その口は大顎(おおあご)とも大腮(たいさい)とも呼ばれる. その大腮で, 主として植物の表皮や葉を齧る.

だから ”噛切虫” ならわかる. 「髪切虫」など習性としてはまずあり得ない. 誰かが恣意的に当て字したに違いない. その ”誰か” とは誰か. そこにどんな経緯があるのか.

次に「天牛」. これは中国から移入された表記だと想像される. しかし, なぜ「天牛」なのか. 国語辞典にも掲載されているぐらいだから, この表記は日本の文献に少なからず登場するのだろう. いったい, いつごろ伝わって, どう普及したのか.

この問題に, 『天牛名義考』本論の「名義史放浪編(なまえのれきしほうろうへん)」で挑戦します*。

その2. 種の名・・・和名と学名

日本産カミキリムシには, 一種ずつ種の名(種名) が日本語で与えられている. それを和名という. かりに, 日本と中国に同じ種類のカミキリムシがいるとして, 和名を漢字表記しても中国名と一致するとは限らない. 命名の”着眼”が違うかもしれないのだ.

生物学の世界では種名に学名が用いられる. もちろん昆虫もしかり. が, 国際的に共通のこの学名が厄介だ. その語源を知るのは命名者のみで, 一般に公表されない**. 語源がわからねば学名は無意味な文字列(アルファベット)に過ぎない. それでは記憶する意欲も湧かない.

だが, せめて, 自分が採集したカミキリムシの学名の語源ぐらいは知りたい. 語源が分かれば, 学名と和名で命名の着眼の違いがわかって楽しかろう.
わが国に一冊だけ, 語源解釈を記載したカミキリムシ専門の図鑑がある***. まことに貴重だが, 語源「不詳」扱いや, 納得できない解釈も少なくない. それで, 残念ながら安心して依拠できない.

この問題に, 『天牛名義考』本論の「種名考察編(しゅのなまえのことなど)」で挑戦します****。

(次回投稿から, いよいよ本論です. 「名義史放浪編」と「種名考察編」を適宜織り交ぜながらお話を進める予定です)



そのために, わが国の古典的な文学作品や日本と中国双方の古い辞書を紐解くことになった. 近年, 古い書物の多くがデータ化され公開されているので, 調査はさほど困難ではない. それでも紆余曲折あって, まとまるまで数年を要した. これを少しずつ投稿します.

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近年では, 学名登録時に語源を明記するよう推奨されているようだ. しかし、19世紀にはすでに, わが国の実に多くの昆虫が国外の採集家によって学名登録されている. その当時の論文に語源が記載されているか否かは不明だし,少なくとも筆者にはアクセスの方法もない. その意欲も湧きませぬ(苦笑).

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⼩島圭三, 林 匡夫『原⾊⽇本昆⾍⽣態図鑑 Ⅰ カミキリ編』保育社, 1969.
同書に記載のあったシロスジカミキリ(冒頭の写真)の和名と学名の解釈について, 失礼ながらどうしても納得がいかなかった. それが自分で検討するきっかけとなりました.

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学名は, ラテン語, もしくはその複合語, あるいはラテン語風の ”造語” で, しかも命名にあたってラテン語文法に従うというルールがある. そこで, ラテン語文法とラテン語辞典, 学名に関する参考書, それに前述の図鑑などと格闘しながら語源を推定することにしました.


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