ワインの供給過剰ってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点
(第四回)世界のワインの供給過剰、サステナブルですか?
今回は世界のワインの供給過剰状態と異常気象の影響の確認です
第二回で、ワイン産業がESGの考え方と重なる部分が多いのでは、というお話をしました。その中で、世界全体でみるとワインは過剰生産になっている一方で、異常気象の影響も受けている、と述べました。今回は、この点を少々。
ワイン産業がサステナブルであるために
ワイン産業がサステナブルであるためには、栽培から醸造、流通から販売までのサプライチェーンがきちんとキャッシュフローを生み出す、もっと言うと利益を生む形で回っていくことが必要です。
川上にあたるワイナリーにしてみると、ワイン畑を開きワイナリーを作るための初期投資には多額の資金が必要ですから、クラファンしたり借金したりという資金調達をすることになるでしょうが、それは将来できたワインを配当として出資者に返礼したり、金融機関に利払いして返さなければいけません。クラファンの返礼が出資者の期待を下回る状態を続けたり、借金返済のために借金を続けたり、ということであれば資金は回らなくなります。当たり前です。これは川下の対消費者についても同じことです。
一般的には需要より供給が多ければ価格は下がりやすくなったり、売れ残りが出やすくなったりします。
世界のワインが供給過剰状態だということの確認をしておきます
ということで、一般的に産業としてのワインをとりまく環境として、世界のワインの需要と供給を概観しておきましょう。
ワイン業界でこの手の話をするときに必ず参照されるのが、OIV(フランス語でOrganisation Internationale de la Vigne et du Vin, 英語だとInternational Organisation of Vine and Wine)という国際機関が作っているSTATE OF THE WORLD VINE AND WINE SECTOR というレポートです。ブドウの作付面積や生産、消費、輸出入についての世界と主要国の国ごとの動きをまとめています。残念ながら日本の姿はほとんど見られません。
2023年は生産も消費も減少しましたが供給過剰続く
4月に発表された2023年の速報値によれば、世界のワイン生産は2.37億ヘクトリットル(hL)で前年比9.6%減少しました。一方で消費は2.6%減少して2.21億hLでした。細かいお話はいろいろあるのですが、今回強調したいのは二つです。
2023年のワイン生産の落ち込みは史上最大級
その一、9.6%の生産量減少は、史上最大級の減少率になります。大きく足を引っ張ったのが、イタリア、スペイン、チリ、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンという大生産地の生産量が前年比10%以上減少したことです。
このうち、イタリアは大雨、スペインは大干ばつ、オーストラリアは(エルニーニョによる)洪水の影響が指摘されています。異常気象の影響は否定できないでしょう。特にイタリアは、前年比-23.2%で世界一の生産国の地位をフランスに明け渡しました。
スペインの大干ばつの影響がオリーブオイルにも
余談ですが、オリーブオイルの値段がこのところ上がっているのは、世界一のオリーブ産地、スペインで去年大干ばつが起きたせいです(まあ、円安の影響もありますけど、米ドル建てのオリーブオイル価格は2022年夏から2024年初めにかけて2.5倍になりました)。
ブドウもオリーブも地中海性気候が適しているので、多少の乾燥はウエルカムなのですが、はるかに限度を超えてしまったわけです。ちなみにスペインではドイツにイチゴを輸出するために、アンダルシア地方のラムサール条約登録の湿地から水を引いて栽培したとかで去年大問題になっていました(シェリー産地の近くの話です、DiplomaのD5受験生の皆さん)。やばい、脱線が面白くなってきたのでストップ。
消費の落ち込みは相対的に小さいが供給過剰
その二、消費量の落ち方は相対的に小さかったのですが、それでも生産量の方が多い、というのがお分かりいただけると思います。OIVのレポートによれば、ロシアのウクライナ侵攻などの地政学的リスクを含む世界的なインフレ圧力が指摘されています。中国での消費量が(政権腐敗に対する引き締めの影響もあって)落ち込んだことも理由の一つに上げられています。
中国の消費の低下がコンスタントに続いている
中国での消費量は2018年以降年平均で200万hL(なので世界の消費量のおよそ1%)ペースで減っているようです。赤い色はめでたい色だから大好きで、お祝いに濃い赤ワインを好んでお飲みになる中国ではお祝い事が減ってきているんでしょうか。ちなみに、この消費量のデータでは、日本が16位で登場しています!!頑張ろうニッポン!!
ボトル熟成分は全体のトレンドに影響していないと思います
消費量が少なくても、ボトルで熟成させるために生産者がセラーに入れる分があるので、そんなに心配しなくてもいいのでは?とかいうご意見はあろうかと思います(この消費量、販売量との明確な区別がされていないみたいに見えるのがモヤモヤします)。ただ、人によって好みはありますが、ボトル熟成してワインの熟成の美味しさが味わえるものは、量としてはせいぜい5~10%くらいじゃないかと言われています。
世界のワイン余りは続いていると考えるべき
でも、いずれにしても消費のタイミングをずらしているだけですから、熟成分を甘めに見積もったとしてもやっぱりワイン余りの状態は続いている、と考えるべきでしょう。昨年大打撃を受けたイタリアとか、今年リベンジの生産拡大に動いてくるかもしれませんし。特に、イタリアで被害を受けた産地は、普及価格帯の大量生産産地と言われるようなところが多かったようです。
世界各地でブドウ畑を潰せという話
そんな話を受けて、いろんなところで供給過剰調整のためにブドウ畑を潰せ!!って話が出てきています。フランスではボルドーで昨年(2023年)あたりからブドウ畑の縮小計画が議論され、カリフォルニアで大量生産ワインを作っているセントラルバレーやオーストラリアの南東オーストラリア地域(ここも大量生産地区です)でもそういう話が出ています。もちろん、それで世界の供給過剰が解消する保証はありません。
お国柄の違いがにじむ供給過剰対策
これがまた、広げると収拾するのが大変な話題がゴロゴロしていて、書きながらどうしようか悩んでいるのですが、長くなると嫌われそうなので、先々のネタ振りとして一言ずつ。
ボルドーではお上からの補償金がいくらになるかで揉めたみたいです。カリフォルニアでは、そもそも「アメリカ産ワイン」を大量供給しようとした奴らが悪い、という話も出てきています(「カリフォルニアワイン」じゃないですよ、受験生の皆さん)。オーストラリアでは色んなブランドがコンステレーションとかトレジャリーとかの大資本にぶら下がっていることが多いのですが、トップブランドだけ残してあとは売っちまえ、という話が見え隠れしていて、そういうところにブドウを売っている農家が泣く泣くブドウ畑をつぶしている、なんていう報道が時々出てきています。この段落でお国柄の違いを肴にワインを飲みたい方、是非ご連絡ください。
ワインの選択肢とともに暮らしを豊かにするためにサステナビリティが必要
俺はフランスかアメリカの超プレミアムワインしか飲まないから、そんな下級市民の飲み物なんか関心ないぜ、という方はお好きにどうぞ。なんですが、私はプレミアムワインがプレミアムワインとして成り立つためにはワイン産業全体がサステナブルである必要があると思っています。あと、一般庶民がその日の気分やシチュエーションに合わせていろんなワインの選択肢を持つことが人々の暮らしを豊かにすると信じていますので、産業としてのワインのサステナビリティは重要だと思っています。いずれ議論しましょう。
なお、来週末は国内ワイナリー現地調査のため、この後は少し間が空くかもしれません。ご了承ください。
供給過剰の影響を受けないワインを片手に m(_ _)m
今回のNoteを書くためにいろいろ調べて、正直あまり気分は良くないです。
なので、せめて片手のワインは供給過剰の影響を受けない一本を開けることにしました(笑)
フランスはローヌ地方、エルミタージュからやってきてくれましたJ.L. ChaveのFarconnet 2020です。ワインのコメントはいちいち書きませんが、凝縮感と力強いタンニンが長熟向きのストラクチャーを作っていて、垣間見える熟成の旨味が今日開けたことの後悔を誘います。
今回のタイトル画像はCopilotに「ワイン工場でステンレスタンクが並んでいる絵を作ってください」とお願いしたものです。