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かけ込こみ乗車防止ポスター 2.0
いよいよ、この日がやって来た…。
2024年1月7日、場所は東京メトロ表参道駅。
私は胸のときめきを抑えながら、駅構内を急ぎ足で移動した。
「今日はあるはずだ……。」
最速で確認したく1月1日に同駅に赴いた際には、まだ入れ替え前だったのか、去年と同じポスターが掲出されており、がっかりして帰宅したことをを思い出す。
何せ去年の夏頃から楽しみにしていたのだ。
どんなデザインなのか、頭の中で何度も想像してきた。
そして、それは目の前に現れた。
※以下、2024年の東京メトロ「駆け込み乗車防止ポスター」のネタバレがあります。
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「……!!!!」
ああ、ついに、ついに見ることが出来た。
予想よりゴージャスな絵作りに、最高傑作の昨年(後述)を踏襲したデザイン。
やはり、東京メトロの「駆け込み乗車防止ポスター」は他とは一味も二味も違う。
このポスターを確認しないと新年が明けたことにはならない。
まさに「駆け込み乗車防止ポスター」界の王者といえる。
……ここまで読んで何の話をしてるんだ、という方もいらっしゃるだろうから、説明したい。
通常、駆け込み乗車に限らず駅構内の危険防止ポスターは無味乾燥としたデザインのものが多く、正直に言うと記憶に残るポスターは少ない。
皆さんもこれまで見てきた危険防止ポスターを思い出してみて欲しい。なかなかデザインを思い出せないはずだ。
その中で、筆者が注目している東京メトロ「駆け込み乗車禁止ポスター」は異彩を放っている。
その魅力は「干支をモチーフにした連続性」と「デザイン性の高さ」にあると言える。
特に、去年2023年の「卯(うさぎ)」において、「連続性」と「デザイン性」がブレイクスルーを起こし、本年の「辰(龍)」でさらに先鋭化した。
それは新時代「駆け込み乗車防止ポスター2.0」の幕開けでもある。
本記事では、その魅力と進化の軌跡について、詳しく迫っていきたい。
「亥」 THE ORIGIN
まず、基本的な情報を抑えておこう。
東京メトロ「駆け込み乗車防止ポスター」の干支を題材にしたシリーズ(以降、「干支シリーズ」と称す)は2019年の「亥年」からスタートし、毎年デザインを更新して、本年で通算6枚が発表されている。
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「干支シリーズ」の役割は、駆け込み乗車の注意喚起であるため、「亥」では後々にまで引き継がれる最低限の以下4つの要素がすでに出揃っている。
「①大きく目立つ《危険》の注意喚起」
「②事故イラスト」
「③ピクトグラムカード」
「④下部の詳細注意事項」
とはいえ、「亥」ポスター単品だけで見ると、特に非凡とはいえないデザインである。
あくまで危険防止を呼びかけることが役割であり、作り手も高いデザイン性を追求していなく、数多ある「駆け込み乗車防止ポスター」の凡庸デザインの範疇内にある。
だが、「干支シリーズ」が真の本領を発揮するのは、翌年からである。
「亥」▶︎「子」▶︎「丑」▶︎「寅」BRUSH UP
干支をモチーフにすることにより、ドアに挟まれる動物が毎年変わる。
その年ならではのイラストにすることで、
無味乾燥になりがちな防止系ポスターに、「ゆく年くる年」感のある連続性を付与していると言える。
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2019年からスタートしたシリーズは、2022年の「寅」までの4年間、上記画像のように同一フォーマットを継承している。
細部における更新はあるが、ここで「寅」までの大きな特徴として挙げたいのは、事故部位が「鼻」で統一されていることだ。
駆け込み乗車が禁止されている理由は、ドアとの衝突および挟まれ事故の防止だ。
「亥」の身体的特徴である鼻がドアに挟まる事故を描くことで、危険感を演出していると推察できるが、それを基本形に、「子」「丑」「寅」共に鼻が挟まっている。
ここで告白しなければならないが、
筆者は通勤の関係上、毎年「干支シリーズ」を目にしていた筈だが、実のところ「亥」「子」「丑」のポスターの記憶はぼんやりしている。
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「寅」は、眉の表現があり、妙に痛そうな表情をしているため「すこし可哀想だな…」という気持ちにはなったが「まあ、確かこのシリーズは来年で新しいイラストになるからな」くらいのことは思った記憶がある。
だから、まさか、翌年も「寅」と再会するとは夢にも思わなかった。
「卯(うさぎ)」GAME CHANGER
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おわかりいただけただろうか?
事故部位が「鼻」ではなく「首」となっているのだ。
それがなんなのかと思う方もいるだろう。
「寅」までの事故部位は「鼻」であり、視点は正面からの平面的な絵作りであったが、本作「卯」では、奥行きのある立体表現へと進化を遂げている。
また、小道具(挟まれ事故により、二つに割れてしまったことを表現するに人参)の登場により、躍動感が格段に増している。
圧倒的な「デザイン性の向上」と言えるだろう。
さらに、これまで「鼻」一択だったところ、「首」という新たな選択肢が生まれることにより、
「次の動物はどの部位が挟まるんだろう……」という、クイズ性までもが付与された。
だが、本作「卯」の衝撃の本質はそこだけではない。
ポスター下部・詳細注意事項部分に注目されたい。
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そうなのである。
去年(2021年)事故った「寅」がいる!
ご丁寧に、怪我した箇所が同じ「鼻」なので、同一個体であるのは疑いようがない。
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この情けなく、物悲しい顔を見て欲しい。
去年「駆け込み」をしてしまった罪は、ドアに挟まれたことでチャラになったかのように思っていたが、東京メトロはそんなに甘くはなかった。
2023年からは、
罪を犯せば、翌年1年間、その姿が《罪人》として晒されるのだ。
なんという厳罰感。
これまでのポスターが牧歌的に見えてくる急激な変貌。
罪人を晒すことで、前年から地続きであるという「干支の連続性」が強固になったうえ、新たに「物語性」も付与されたのだ。
人間は物語によって物事を把握する生物である。
去年まで、慣れ親しんでいた「寅」の末路を目の前にして、筆者は「あ、駆け込み乗車ってマジで危ないんだな」と思えた。
「駆け込み乗車防止ポスター」の最大の目的は危険の防止であり、その意味でも「卯(うさぎ)」ポスターは傑作である。
さらに新たに「物語性」までも付与したゲームチェンジャーと言っても過言ではない。
しかし、その「卯(うさぎ)」もまた翌年は《罪人》として痛ましい姿を晒されることになる。
「辰(龍)」NEW GENERATION
本年発表された「干支シリーズ最新作」、「辰(龍)」である。
改めて、見てみよう。
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この神々しいまでに輝くゴージャスな龍の姿はどうしたことだろう。
ご利益ありそうで、ついつい手を合わせてしまいそうになる。
一目で過去作からクオリティが爆上がりしているのが分かるが、細かく見ていこう。
干支の動物の中でもとりわけ複雑な形態の「辰(龍)」の細部まで丁寧に描かれ、なんと珠まで持っているではないか。
「卯(ウサギ)」以前の平面的な表現では、ここまで描写はしきれなかっただろう。「卯」を経てこそ、「辰」が出来たと言っても過言ではない。
「辰(龍)」では、動物の身体カラーがこれまでのベタ塗りとは異なり、グラデーションが用いられている。
しかも、金色である。(まさか特色ではないだろうが……)
「龍というモチーフを最大限描写しよう」というイラストレーターの気合いが入りようが伝わってくる力作である。
……そして、「卯」の状態だが……。
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思っていた数倍、酷い怪我だった!!!!
事故部位でないはずの「鼻」と「耳」が怪我をしていて、しかも闇医者の手抜き治療でも受けたのか、耳も謎にクロスして巻きつけられている始末。
「寅」以上に痛ましい姿なうえ、まるで我々に向かって「助けて……」と手を伸ばしているようにも見える。
一見、「辰」のゴージャスさに眼が行きがちだが、しかしこの「辰」も来年は満身創痍な姿を晒すことになるだろう。
いかに豪華絢爛に振る舞っても、東京メトロは情け容赦なく罪人を罰するに違いない。
もはや「干支シリーズ」は東京メトロによる「駆け込み犯」へのメッセージとしても機能している。
終わりに ~罪人へのレクイエム~
今回の「卯」の重症具合に正直、筆者も「いくらなんでも可哀想では?」と思った。
しかし、そういった同情心も抱えながら、「事故を無くしたいという想い」が制作者インタビューを読むと伝わってくる。
直感的に分かりやすく伝わることが重要ですが、ポスター内の表現方法については、不快感や嫌悪感などを与えないよう配慮しているとのこと。
「毎年、干支の動物たちには痛い思いをさせてしまっていますが、駆け込み乗車をすることでお客様自身も危ない思いをしてしまう可能性があることを、このポスターを見て感じていただけたら」
「駆け込み乗車防止ポスター」に出演する干支の動物たちは、足掛け2年に渡り、事故の悲惨さを我々に見せつけてくる。
だが、それも我々人類が「駆け込み乗車」をやめないから、彼ら動物たちはその身をもって危険性を訴えることになるのだ。
来年(巳年)は、この「辰(龍)」が罪人として晒され、「巳(蛇)」がドアに挟まれる運命にある。
どれだけの重症を負うのか今から楽しみ…もとい、心が痛む。
動物たちの完治を祈り、罪人へのレクイエムとして本記事を捧げたい。
「駆け込み電車」は、《危険》なので絶対にやめよう!!
*本記事は、「干支シリーズ」の細部に渡る工夫と遊び心に魅入られ、その魅力を伝えたいと想い、執筆するに至った。
実は、恥ずかしながら、筆者は干支を正確に覚えておらず、この「干支シリーズ」でちゃんと履修しようと思っている。
なので、干支を一巡するまで是非、続けてもらいたい。
毎年、楽しませて頂いている東京メトロとイラストレーター様に本記事が届いたら嬉しいです!
〈補足〉
下記のインタビュー記事は、2023年の東京メトロへのインタビュー記事である。
こうした記事があることから、「干支シリーズ」が少なからぬファンがいることが窺える。