見出し画像

子育ても仕事も正解は1つじゃない。勤続34年の社員に聞く、自分らしいキャリアの築き方

JTBは結婚・出産・育児などさまざまなライフステージにいる社員たちの「多様な働き方」の実現を目指し、制度の拡充などに取り組んできました。ライフステージの変化を経験しながらも、長く働いてきた女性社員も多く在籍しています。

今回、話を聞いた西日本仕入販売部の統括部長・内田 千寿うちだ ちずは、結婚を機に東京から関西へ転勤、その後2人の子どもを育てながらキャリアを築き、今年で勤続34年目を迎えます。

そんな内田のキャリアの変遷と、仕事と育児の両立について話を聞きました。

「長く働ける職場」を求めてJTBに入社

内田 千寿(うちだ ちず)
西日本仕入商品統括部長。1991年入社。東京で店頭営業、渉外営業に従事し、結婚を機に2002年より関西へ。2017年より現在所属する仕入造成個所に異動し、マネジメント職を経て2024年4月より現職。現在実施中の観光地活性化を目的としたキャンペーン「日本の旬 京都・奈良・滋賀」の統括を担当。休日は、好きなアーティストのライブや、中学生の息子の部活の応援、娘とショッピング、夫とカフェに行くなどしている。

――まずは、JTB入社の経緯を教えてください。

ある本で添乗員の仕事を知ったことがきっかけでした。特別、旅行会社に思い入れがあったわけではなかったのですが、高校生の頃から「長く働きたい」「経済的に自立したい」という気持ちが強かったんです。

私が就職したのは30年以上も前のことですから、今よりも家庭に入る女性も多く、働き方の選択肢がまだまだ少なかった時代。 男性は「総合職」、女性は「一般職」とする会社も多いなか、JTBは当時からそういった区別はなく、女性も男性と同等に働けることが魅力でした。

結婚や出産育児などのライフステージの変化を経験しながら、仕事を続けている先輩もいらっしゃり、「ここでならロールモデルも見つかりそう」「長く働けそう」と感じましたね。

――高校生の頃から長く働くことを意識して就職されたのですね。入社後、東京の店舗での仕事をされたのち、結婚を機に関西の支店へ転勤されたと聞きました。

そうなんです。夫が関西にいたのですが、当時は今のように社員のライフステージの変化に対応する「グループキャリア制度※」といったものはなかったんですね。そのため、関西に転勤希望を出し異動が決まるまでしばらく別々に暮らしていました。

なかなか異動が決まらなかったときは「もう辞めるしかないのかな」という考えが頭をよぎることもありましたが、夫から「もう少し粘ってみなよ」と言われて、たしかにそうだよなあと思って。「時間がかかってもいいから」と考え直し、自分が納得できるまで交渉してみた結果、無事に関西への異動が決まりました。

※家族の転居・介護・結婚等による、ライフステージの変化のタイミングでグループ内でのキャリア継続をサポートする制度

――働く場所を変えることに戸惑いはありませんでしたか。

それは平気でしたね。旅行の仕事って「住む場所を変える」という経験が直接生きる仕事なんです。私の場合だと、関西から東京に旅行に行かれるお客様はすごく多いので、関西にいながら東京の土地勘がわかることは強みでした。

例えば電車1つとっても「〇〇に行きたいなら、乗車時間は長く見えても、途中で乗り換えるより1本でいけたほうが楽ですよ」とか、そこで暮らしたことがあるからこそできるアドバイスは多い。店舗の社員から東京について質問されてもすぐに答えられたので、転勤することがこんな風に仕事にプラスになるんだなと。

長く働いていると、プライベートの事情で転居することになったり、新しい部署に異動することになったり、環境の変化は付きものだと思います。例えそれが自分から望んだものではなかったとしても、「この環境を楽しもう」という気持ちは常に持っていたかもしれませんね。

職場や地域の人たちにも一緒に育ててもらった

――その後、第一子、第二子のご出産を経て、産休育休を挟みながら店舗での仕事を続けられたとのことですね。仕事と育児の両立は、転勤とはまた違った大変さがありそうですがいかがでしょうか。

先ほど高校生の頃から「長く働きたい」「経済的に自立したい」という気持ちが強かったと話しましたが、1回目の産休・育休のときにその気持ちがより確かなものになったと思います。

人によっていろんな生き方や働き方があっていいのは当然ですが、私は性格上「家に長くいるのは向いてない」と確信したんです。仕事と育児の両立は大変だとは思うけど、自分は働き続けたほうが健康的な気持ちでいられるんだろうなと。

あと、何か欲しいものがあった時などにお伺いを立てるのが何となく嫌で…。夫が「ダメ」とは言わないのはわかっているんですけどね(笑)

――実際に仕事と育児の両立の中で大変なことはありましたか。

私の両親は東京に住んでいたのでなかなか頼ることができず、夫の実家も関西とはいえ車で片道1時間半かかりました。当時は基本的に土日が出勤日だったので、休日の育児は夫の担当でした。夫も面倒を見られない時は私が金曜日の退勤後に車で夫の実家に子どもを預けて、日曜日の夜に迎えに行き、翌朝にまた出社するということもありましたね。

平日は地域のNPO法人がやっている「ファミリーサポートサービス」を使い、夕飯作りとお迎えを依頼していました。最初にお願いしたベビーシッターさんからは「サービスを使ってお迎えを依頼するなら、担当者は1人ではなく複数いたほうがいい。1人だと、慣れてくると子どもがそのシッターさんに甘えすぎてしまうから 」と言われ、多いときは4〜5人にローテーションでお願いしていました。

当時小学生だった娘からは、「学童保育に毎回違う人が迎えにくるなんて嫌だ」と言われることもありましたね。申し訳ないなと思う気持ちもありましたが、「どこかで割り切らないと」と思っていました。「できないことはできない」と子どもに我慢してもらうこともありましたし、夫も普段から積極的に家事を分担してくれていて、家族の協力あってこそ乗り越えられたと思っています。もちろんその分、可能なときには家族からのリクエストになるべく応えるようにしてきたつもりです。

夫と今は15歳、18歳になった子ども、愛犬との家族写真

――「女性が働きやすそう」という雰囲気を感じてJTBに入社されたとのことでしたが、実際はどうでしたか。

職場環境には本当に恵まれていたと思います。プライベートで同僚とご飯や旅行に行くときも子どもたちも連れて行って可愛がってもらっていました。「職場や地域の人たちにも一緒に育ててもらった」と感じています。

店舗のお客様のなかには、子どもたちが通っている保育園の先生や小学校の校長先生といった方もいらっしゃったんですよ。スーパーで偶然お客様に会ったり、地元の学校について教えてもらったりすることもありました。アットホームな店舗で子育て期を過ごせたのはラッキーだったなと。

“お互いさま”と思ってもらえるように、自分も率先してフォローすることが大事

――今、仕事と育児の両立に難しさを感じている後輩社員がいたとしたら、どんなアドバイスを送りたいですか。

まず絶対に伝えたいのは、私のような先輩社員が選んできた道だけが正解ではないということです。そもそも我が家は子どもたちが大きな病気をすることもなく、夫やそれぞれの 親のサポートがあったからやってこられましたが、それは結果論でしかないと思っています。

今思えば、片道1時間半かけて子どもを実家に届け、その後出勤し、仕事が終わってから片道1時間半かけて迎えに行き、夜遅く帰宅して翌朝出勤するなんて生活をよくできていたなと自分でも思うんですよ。車の運転も息抜きになるから苦ではなかったですが、そういう生活を今の子育て世代におすすめできるかと言えば、全くそんなことはありません。むしろ、当時の自分に「もっと働きやすい方法を一緒に探そうよ」と言いたいくらい。

今のJTBは家庭と両立するための制度が当時よりも充実していますから、ぜひ上司に「こうしたいんだ」と自分の希望を伝えて、自身のライフスタイルに合う働き方を見つけていってもらいたいです。

――先輩社員の話を参考にしつつ、自分なりの選択ができるとよさそうですね。

そうですね。それぞれ時代も子育て環境も違いますから、すべてを真に受ける必要はないと思います。

その上でもし私が1つアドバイスできるとすれば、「とにかく周りを巻き込んでみて」と言いたいです。仕事と育児の両立にぶつかったとき、「自分がもう少し頑張れたら、もっと我慢できたら」と自分を責めてしまう人は多いと思います。でも今、子育てが落ち着いた立場からすると、一人で解決できることって少ないんじゃないかなって。

私の場合は、職場の面談では常に「私、絶対仕事辞めませんからね」と上司に言い続けていました(笑)。そう言っておけば、いざというときに仕事を続けるための方法を一緒に考えてくれるんじゃないかなと思っていたし、実際たくさん助けてくれました。

ただ、周りを巻き込むためには、普段から自分の仕事に前向きに取り組むことと、他の人にも積極的に巻き込まれていくことも忘れてはいけません。誰かにフォローしてもらった分は、できるときにちゃんと返していく。それを繰り返すことで、いざというときに“お互いさま”と思ってもらえるような状態を作ることが一番いいかもしれませんね。

大変なときほどお互い「察してほしい」と思いがちですが、相手の望みがわからないときはやっぱりコミュニケーションを取り合っていくしかないのかなと思います。

――「察してほしい」ではなく、自分の意志を伝え合うことが大切ですね。

そのためには、リーダー陣が「相談しやすい職場環境」を作っておくことが欠かせません。職場にはいろんな背景を持っている人たちがいますから、一人ひとりの想いにきちんと応えられるように、私も自分の引き出しを増やしていかないといけないなと日々感じているところです。

キャリアに求めるものは人によって全然違っていい

――2021年に西日本仕入販売部の統括部長に就任しました。女性管理職として、後輩社員に伝えていきたいことはありますか?

今はこういう立場ですが、色々な方を巻き込みながら仕事をしていると思います。(笑)。立場上、自分で意思決定する場面もありますが、自分だけで先走って判断するとあまりいいことがないんですよ。

現部署に異動になる前に1年間Web販売の「るるぶトラベル」の部署に配属になったのですが、知らないことだらけでゼロから後輩たちに教えてもらいました。「また聞いたらしつこいって思われるんじゃないか…」とたまに心配になることもありましたが、そのときも仕事も子育て同様に「周囲を巻き込むこと」をモットーにしていましたね。周りがどう思っていたかはわかりませんが(笑)。

――遠慮せず、わからないことは聞けばいいということですね。

そうですね、カリスマ的なリーダーに憧れますが、私にはそのやり方は向いてないし、真似したところで到底うまくいきません。ですから、いつしか真似ることさえも辞めました(笑)。自分なりのやり方でやれればいいと思っています。

昔は管理職になることが「キャリアの最終目標」みたいなイメージが世の中的にあったかもしれませんが、今はキャリアに求めるものは人によって全然違いますよね。私も管理職を目指していたわけではなく、「たまたま流れ着いた」というのが正直なところ。

昔から、周囲を巻き込みながらプロジェクトを成し遂げていくほうが得意で、何かのスペシャリストになれるタイプではなかったんです。1つのことを突き詰められる人に憧れる気持ちはありますが、自分はそれができないからこそ、スペシャリストである必要がない「管理職」というキャリアにつながったのだと思います。

だから、本当にいろんなキャリアがあっていい。子育てもキャリアも「こうあるべき」というものは、今や何もないと思います。

この日の撮影は、江戸時代の町家が大切に保存され、多くの伝統的建造物が軒を連ねる奈良県橿原市の今井町にて。内田が現在統括を担当する「日本の旬」でも、専任の地元ガイドがご案内するブランを造成している。

――いろんな子育て、いろんなキャリアがあっていいんですね。

もちろんです。「私はこれがやりたい」とビジョンを持って進むのもいいですし、私のように特に将来への明確な展望はなくても、与えられた環境を楽しみながらキャリアを積むのもいいじゃないですか。

自ら管理職を望んだわけではありませんでしたが、昇格することで責任は増えた分、自分のやりたいことに取り組めたり、物の見方が変わったり、結果として今とても貴重な経験をさせてもらっています。

あと何年働けるかわかりませんが、いろんなキャリアのあり方に耳を傾け寄り添えるような上司でいられるように、私も職場のみんなからいろんなことを学ばせてもらえればと思っています。

写真: 斉藤菜々子
文:  佐藤伶
編集: 花沢亜衣

この記事が参加している募集