最初のプロジェクトを語る
設計事務所勤務を立ち上げて最初にどんな仕事をするかが重要。何事も入口が大事。「リノベーションの時代」と言われる現代の建築業界に新築設計ができる「建築士」でも「無資格と有資格が問われない業務」が依頼されることが増えた。白井も当然のように直面した。
「資格の有無が問われない仕事だとしても、建築士としての倫理を大事にして、建築家としてどのように応えるプロジェクトとするか」
スクラップ&ビルドという新築する時代からストック&リノベーションという資産活用の時代へと変わりゆく中、問われるのは「美徳」だと考える。30代の自分は「設計」で徳を積みたい。
白井純平
1985年群馬生まれ。早稲田大学で建築を学び、バルセロナ建築大学(ETSAB)に1年の留学を経て、株式会社日本設計に勤務。海外案件に従事した後、日系企業の海外進出に伴う建築デザインコンサルティング業務を担当。2017年に独立開業。故郷の群馬県高崎市に事務所を構え、「価値創造」をテーマに設計業を営む。
建築家のリノベーションは、先人達の遺産を未来に残す選択肢を導くこと
最初のプロジェクトはどんな案件でどういうお仕事でしたか?
独立して最初に受託した案件は宮崎県の山中にある諸塚村での施設改修プロジェクトです。当時で既に築30年を超えた村の集会所を2度目の改修により次時代に応える用途として再生するプロジェクトでした。
実は元々「曾孫請け」として関わり始めたのですが、最終的には依頼者の前にてプレゼンなども行う立場に至りました。その立場に至った理由としては、条件整理する内容が多くて予算条件なども厳しく、難解な案件であったためピンチヒッターとしての立ち回りから解決する立場へと役割が変化したためです。
群馬でも都内でもなく、九州の宮崎の案件を請けてたいへんでしたか?
仕事の内容というより物理的な距離の大変さを問われているかと思います。宮崎の案件が遠隔地という意味で苦だったかと聞かれれば、全くそのように感じませんでした。前職では海外案件を担当していたため、移動に1日かけるということもありましたし、何より電話やウェブ会議といったリモート業務の経験があったことがよかったのだと思います。
改修案件だったようですが、どういうことに取り組みましたか?
「しいたけの館21」という施設ですが、「21」という言葉から予想できるように21世紀を迎える施設として整備されたのだと感じていました。21世紀を迎えた現代にその役割を終えたことにならないよう、次の30年を継続して利用してもらえるような「時代の変化に耐えられるおおらかな骨格」をもつ建物として再生していこうと考えました。
最初の調査時に感じたのは「暗さ」でした。谷間にある施設である故に特別開けて明るい地形環境ではないのですが、大変豊かな山の景観が広がっていた周囲の環境を考えると「開放感」が足りてないことに疑問を覚えました。
村の施設であるため、新築時の設計図が現存していため調査はしやすく、すぐに吹抜けのブリッジが本体の鉄筋コンクリートの建物と分離している鉄骨造だとわかりました。この鉄骨部を撤去することで山間の豊な風景を堪能できる施設に生まれ変わると考えました。
村にとってどのような機能をもつ拠点なのですか?
しいたけの館21は村の特産物である「しいたけ」をモチーフにしたドーム状のホールがあり、自然観光(エコツーリズム)の情報発信施設が主な機能となります。村の移住者支援や、村外からの子供たち用の学習支援施設でもあります。
しいたけといった特産物を扱うレストランやバーベキュー場もあり、自然の恵みである食育施設でもあります。鉄骨のブリッジを撤去することでしいたけの館21と反対岸のバーベキュー場の関係性もよくなり、これまで以上に施設が諸塚村にふさわしい建物に生まれ変わったと思います。
かなり都市部から離れている村のようですが、施設改修する上で地方村特有の取り組みなどはありましたか?
日本全国に点在するほぼすべての地方村の課題に過疎化が挙げられます。この諸塚村も過疎化と少子化の両方の影響によりかなり子供の数が少ない事実があります。社会問題であるそれらの課題を施設改修単独で解決することは難しいと言えます。ですがこの場所に住んでいる小さな子供のための空間を整備し、村全体で育つ子供を大事にすることができるのではないかと考えました。
施設のほぼ中央部に子供のための空間を整備しました。村にとっては数の少ない子供こそが最大の宝だと思えます。この場所に計画することで豊かな景色を眺めながら育ち、故郷愛を培ってほしいと考えました。
またこの柱を覆う棚や間仕切り壁側に作られたベンチ型本棚は、それぞれ村の子供たちが卒業したおもちゃや絵本などを寄贈し共有することで、子供たちの間に「継承」という繋がりを育む提案をしました。いつか大人になったときに村の先輩と後輩が談笑する話題になってくれることを願っています。
しいたけの館21は建築家としてどのようなプロジェクトとして振り返りますか?
私達建築家は建築士という資格を保有するため、新築を主な業務により、これまで社会的役割を果たしてきました。しかし戦後の新築時代も一息つき、成熟した社会に向けてSDGsといった自然界の資源を大事にする時代を迎えつつあります。特にこのプロジェクトのように地方村に同等規模以上の鉄筋コンクリート造の建物を新設することは今後珍しいと思います。しかし、過去のニーズにより建設された建物を、長寿命化させ、先人の建築家たちの作り上げた遺産をさらに役立たせるように導くのが現代の建築家に問われている社会的責務だと思います。
このプロジェクトが私の自立した建築家としての最初の案件であったことは大変誇らしいです。この時代に生きる建築従事者として、生涯に渡るテーマを背負うことができた忘れがたい案件だと言えます。
【事務所内インタビュー/白井純平談】