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201. 【ボヤキ】目の前がモノクロになる前に
目の前の景色がモノクロに見える。
①
物語の中でも、歌詞の中でもたまに目にする表現。
この表現について私はものすごく共感できる。
次の未来が全く見えない。
今我慢していることに対する引き換えとしての成長、手応えが感じられない。
そういう時間が増えれば増えるほど目の前がモノクロの世界になっていく。
そうすると近くで話している会話の内容はまったく違う星の会話に聞こえてきてしまう。
自然と自分の性格や環境と比較して自分は劣ってるな・・・
あれだけ楽しそうにしている立場に自分は立てない・・・
と脳が無意識に考えてしまう。
それが繰り返されると一杯一杯になって自分や周りを客観的に、冷静に判断が出来なくなっていく・・・
②
この対策方法を高校生ぐらいからずっと探しているが
なかなか効果の強い方法は見つからない。
ただひとつ確かなことは
自分でコントロールしていかなければならないということだ。
自分ではテンパっていてもそれが周りに伝わらない。
よく落ち着いているね。
だとか
ポーカーフェイスだね。
とか言われるのだが
内側の表情はぐしゃぐしゃになって感情をむき出しにしている。
こういった状況になった時に
どうしたら気持ちの切り替えができるのか?
どうしたら考え方を客観的に見れるよう切り替えられるのか?
どうしたら人に助けを求められるのだろうか?・・・
いまだに対策法を探しては試し、合わないなら捨てて別のを試し・・・
それを繰り返し自分用のコントロール方法を少しづつ構築していっている。
③
対策法を探し続けてきた中で一つぐっとハマった方法がある。
それは自分と似たタイプの人間を探しまくることだった。
そして自分と似たタイプを探す前に必要なことは、まず自分の性格や好き嫌いを自分自身に問いかけてみることだった。
〇〇が好きだ。
〇〇が嫌いだ。
〇〇が得意だ。
〇〇が苦手だ。
〇〇に喜ぶ。
〇〇に怒る。
〇〇に悲しむ。
〇〇を楽しむ。
ミクロなもの、ほんのちょっとした些細なことから挙げていってみる。
具体的な感情だけじゃなく、趣味の好き嫌い。
ライブに行くのが好き。
音楽聴くのが好き。
ゲームが好き。
旅行が好き。
そういったものも挙げてみる。
そして同時に嫌いなものも挙げてみる。
④
これらの中で1番個人的に大事な視点だったのは
〇〇に怒る。
というところだ。
自分が何にイラつき、何に腹立つのか?
これについて例えば誰かと話した時に
共感してもらえることもあるし、へーそこにイラっとするんだ・・・
と交わされてしまったりする。
そこは人によって感じ方、考え方が違うというやつだからだ。
でも視点を変えると
人に対してイラっとすることがあるというのは
自分にとって「それ出来て当たり前でしょ?」
と思っている節があるからなのである。
その当たり前という基準は別に世の中の法律で決まっているわけではなく
自分のフィルターで作り上げてきた自分から見ただけの基準なのである。
つまり他人から見たらその分野でものすごく才能を持っている人だ!すごい!
と見えているのに
当の本人は当たり前だと思ってしまっている。
だからイライラに繋がっているということなのだ。
私は自分の劣等感や嫉妬をコントロールする知識として
本当にこの考え方は目から鱗だった。
そういった自分を知るうえで「怒」という感情はものすごく大事なのだと。
⑤
自己分析を積み重ねていくことで
自分の性格、好き嫌いが見えてくる。
そしたら今度は同じ性格、好き嫌いの人を探してみる。
家族、親戚、友達、恋人・・・など
近くにいる存在から探して行く。
ただなかなか同じものを持っている人は見つけられない。
自分の場合はうーんあまりにもかけ離れてるな・・・
と感じることが多かった。
そんな自分はテレビ、ラジオ、アニメ、映画、音楽、アイドル、演劇・・・
そういったところで活躍する人の中から探すことにした。
芸能に関わっている人達は特に性格や好き嫌いを吐露する場面が多く
インタビューや雑誌などでたくさん情報が入ってくる。
そこにたくさんのデータがあった。
元々感覚的にそういったものを見るのが趣味、好きの領域だったというのも大きいかもしれない。
ひたすら見まくった。
アニメ監督、その脚本家、キャラクターデザイン、プロデューサー。
ドラマや映画の演出、監督。役者。
お笑い芸人、そのネタ作りを支える放送作家。番組のディレクター、プロデューサー。
アイドル。アイドルのマネージャー。作曲家、作詞家。振付師。ライブの舞台監督。MV監督。衣装さん。
ひたすらそれらの人たちのコメントを読み漁った。
⑥
するとなんだか似ている人がたくさん見つかったのである。
読めば読むほど共感がたくさん出てくる人が一杯いたのである。
「なんだ共感できるひとって探したらいるんだ!」
それは本当に細か~くピンポイントにビタッッッ!!っと共感ができるものだった。
(自分はこれを波長が合うといつも言う)
近くにはいない・・・
けど、確実に、絶対に遠くにはいる!
この感覚をライブや演劇の舞台を観に行く度に
再確認してちょっとでも自分の実生活で思い出せるように
モノクロの世界に行かぬようコントロールする手段となるように
いつも200%注力して持って帰ってくる。
それが楽しいし、心揺さぶられるし、とてつもないカタルシスになる。
⑦
難しいのがそういった波長の合う経験には効力がある。
なるべく味わった瞬間を大事に大事に心に留めておきたいのだが
普段の実生活におけるリアルを浴びていくと
どんどんその鮮やかさは薄くなり錆びていってしまう。
次の燃料を投下するかのように
波長の合うものをすぐ取り入れられたらいいが
なかなかすぐに出会えるものでもない。
出会いまでの時間が長くなれば長くなるほど
モノクロになっていってしまう。
⑧
自分に合うモノクロ対策が一つあるだけでも大きな手柄なのかもしれない。
高校時代から10年以上積み上げてきたからこそ
気づけたものなのかもしれない。
ただそれを実生活、自分の半径1メートルの鋭い現実世界と向き合ったときに
安心できるほど強いものではまだ無い。
まだまだ探し続けている段階だ。
これから先こういったことと同じ悩みを持っている人にたくさん出会いたいし
そういった人たちが解決したのか?それとも現在進行形で戦っているのか?ということも知りたい。
さらに言えばモノクロを感じる前に別の事に集中するんだよ!
っていう人にも聞きたい。
世の中の人はどうやってこの「モノクロ」と対峙しているのだろうか?