室生犀星『蜜のあわれ』、幻想・妄想・キュートにしてエロス。
古典が続いたので、ここらで現代文学をご紹介します。
現代文学といっても、かなり古い。
ご紹介といっても、内容にはほぼ触れません。
これから読もう、という方はどうかご安心を。
『密のあわれ』室生犀星著。私は講談社文芸文庫で読みました。
最近の文庫ってけっこうしますね。300ページぐらいで¥1050。でも、文芸文庫や学術文庫は「売れる!」というラインナップじゃなくて、「出版しなきゃ!」という出版社の覚悟みたいなもんだから、まあ多少割高でも仕方ない。
それに、¥1000ぐらいでひととき楽しめるんなら、むしろ安いもんだ。
室生犀星は明治生まれで、亡くなったのが昭和37年。明治、大正、昭和を生き抜いた人です。少年期、青年期を金沢で過ごし、二十代で東京へ。大正デモクラシー時代の東京の文壇ってどうだったんでしょうね?ちょっと覗いてみたい。
犀星といえば、その出生と生い立ちにスポットが当たります。「室生」を名乗っても室生家には養子で入った身、養父はお寺の住職さんで養母はその内縁の妻。
このお母さん、四人の養子を育てたとか。なんで四人も養子をもらった?
お母さん(ハツさんという)にはあまりいい噂がない。お酒好き、役者さんに入れあげちゃう、お父さんにDV。養子をたくさんもらったのも、養育費目当てだったとか。おまけに子供たちは尋常小学校を出るやいなや奉公に出されて稼がされたというお話も。
まあ、こういう話にはたいてい尾ひれはひれがついているものですが、そこのところを多少割り引いたって、品行方正なお母さんではなかったようです。
養家は「雨宝院」というお寺で、金沢の犀川沿いにあります。「犀星」の「犀」はこの川からとったんですね。犀川大橋という橋のたもとに交番があって、そのお隣が雨宝院。
むかし、この交番にお邪魔したことがあります。何しに行ったか?いや、もう時効ですから…。
で、この雨宝院は「私設室生犀星記念館」みたいなところでもあります。運が良ければ現住職さんが案内してくれることもある。私は一度、案内していただきました。
そして、すぐ近くには金沢市が運営する「室生犀星記念館」があります。名誉館長が犀星のお孫さん、室生州々子(すずこ)さん。館長さんは現代文学研究者の上田正行先生。
上田先生は私の学生時代の恩師です。私は古典文学専攻だったんですが、上田先生とはよくお酒をご一緒させていただいた。おでんがお好きでね、よく「赤玉(金沢の有名なおでん屋さん)行こうよ」と誘ってもらった。今もご健在。おととし、とあるパーティーでお会いしました。
「先生とは、お酒の席でご一緒した記憶しかないんですよねえ」
「うん、君の研究内容は全く覚えていないなあ」
いったいなんの子弟なんだか。
そういえば、室生犀星記念館を最後に訪れたのは7年前の3月です。「徳田秋声記念館」と「泉鏡花記念館」にも行きました。
このお三方はいわゆる「金沢三文豪」です。
一日に三軒回るのはよほどのもの好きですな。
フウちゃん(誰でしょう)が受験勉強も終わったので、金沢三文豪を回りたいと言ったので一緒に回ったんです。私もフウちゃんも一番のお気に入りは「泉鏡花記念館」かな。
三館それぞれに工夫を凝らした展示をしています。未見の方はぜひお訪ねください。
雨宝院で聞いた話。
「これは犀星からハツさんにあてた手紙です。布団を送ってもらったことへの礼状ですね。犀星はよくハツさんあてに手紙を書いていたようですよ」
巷間伝えられるほど、ハツさんは悪い人じゃなかったんじゃないかな、と思わせるお話。
そうかもしれんなあ。犀星の代表作の一つ『抒情小曲集』を読むと、なんだかんだいってもやっぱりふるさとはふるさとだよなあと思わせてくれる。
さて、お勧めする『密のあわれ』ですが、これはもうファンタジーで、幻想で、妄想で、キュートなうえにエロティック。
映画にもなっています。なるほど二階堂ふみ、いいねえ。大杉漣、さすが。おお、真木よう子!という映画です。(なにがなんだかわからないですね。ごめん)
『抒情小曲集』と『幼年時代』、『あにいもうと』そして『杏っ子』ぐらいで犀星を読んだ気になってたんじゃだめですね。
『密のあわれ』は必読。
犀星はいろんな小説を書く。まったく文豪というのは恐ろしいものですよ。