GLP-1受容体作用薬
短い内容ですが、久々にこちらから失礼いたします。
糖尿病に対する薬として登場したGLP-1受容体作動薬ですが、自由診療でダイエット薬として使われてもいます。
弊地、米国某所でもこの薬を使う患者をよく見るようになりました。
実は、この薬の副作用として胃排泄遅延(delayed gastric emptying)が知られており、鎮静・全身麻酔施行時の誤嚥のリスクが話題になっています。
6月29日にはASA(米国麻酔科学会)からもGLP-1受容体作動薬を使用する患者の術前管理についてのガイダンスが発表されました。
GLP-1受容体作動薬と誤嚥の症例報告
先日GLP-1受容体作動薬のセマグルチド使用患者の誤嚥に関する症例が報告されました。
Barrett食道の既往がある患者が上部消化管内視鏡を施行された際に、18時間の絶食後にも関わらず、多くの胃残渣が認められていたとのことです。
上部消化管内視鏡は以前にも行ったことがあり、その時には特に胃残渣を見られませんでした。その最後の内視鏡から今回の内視鏡までに患者に起こった変化・介入としては、内視鏡を行う2カ月前から体重減少のためにセマグルチドを1週間に1回投与されていて、これが要因と考えられました。
GLP-1受容体作動薬の種類
第一世代に比べて第二世代のGLP-1受容体作動薬のリラグルチド、セマグルチド、とりわけセマグルチドは半減期が長く、それだけ周術期への影響が大きいです。
リラグルチドの半減期は12.5時間、セマグルチドの半減期は7日です。
セマグルチドはオゼンピック®︎やリベルサス®︎、リラグルチドはビクトーザ®︎やサクセンダ®︎という商品名で販売されています。リベルサス®︎は個人輸入サイトでも扱われています。
通常、1日1回ないし週1回の注射もしくは1日1回の内服で投与されます。
少し種類が異なりますが、2023年4月より日本でGIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチド(マンジャロ®︎)が発売されました。セマグルチドなどの第二世代と同じような長い胃排泄遅延の効果を持つことが知られています。半減期はセマグルチドに近い5日です。
2023年8月(オンライン先行で3月)単施設の後方視的研究の論文が掲載されました。
上部消化管内視鏡の患者で「セマグルチド」対「非セマグルチドのGLP-1受容体作動薬」の胃残渣量増加が認められたのは、24.2% (8/33) 対 5.1% (19/371)でセマグルチド群が有意に割合が高かったと報告されています。
この論文では胃残渣量増加は固形物の残渣または0.8 mL/kgの液体残渣で定義されています。誤嚥や呼吸器合併症などの患者中心の転帰ではありませんが参考にするべき結果です。
2021年BJAの巻頭言(editorial)
ところで2年前のBJA、GLP-1受容体作動薬使用患者に関するeditorialでは、「胃排泄遅延の理論的副作用について注意するべきであるが、GLP-1受容体作動薬の周術期使用は安全で有効と考えられる」と記載がありました。
安全とは言い難い最近の報告や、GLP-1受容体作動薬の使用の広がりを鑑みて調査が行われており、現時点では不明ですが、麻酔科学会よりプラクティスガイドラインや何かアナウンスが出るかもしれません。
→ 再度掲載ですが6月29日に米国麻酔科学会よりガイダンスが出ました。下記参照です。
麻酔・鎮静診療への影響
個人的に憂慮される点は、
・糖尿病に対して投与され、糖尿病自体で胃排泄遅延のリスクがある上でさらに薬剤でリスクが増える
・自由診療において体重減少やダイエット目的に投与され、処方薬のリストから外れたり、術前に患者が申告をしない可能性がある
・手術室で行う全身麻酔のみならず、(麻酔科管理でないこともある手術室外の)鎮静で行われる手技でも誤嚥リスクがある
が挙げられます。日帰り手術とダイエット目的の内服の患者の多い美容系では特に注意が必要かもしれませんね。
現時点でできること
6月29日に発表された米国麻酔科学会のガイダンスも含めてまとめると、
・術前診察で「何かダイエットのお薬を使ったことありませんか?」「注射でのダイエットのお薬は使ったことがありますか?」と積極的に伺う
・糖尿病、GERD関連疾患、肥満、食道疾患のリスクファクターがあればより注意する
・GLP-1受容体作動薬を使用する患者での適切な術前絶食時間はまだ不明であるので、現時点では従来の米国麻酔科学会の絶食ガイドラインを用いる。
・毎日服用のGLP-1受容体作動薬なら術当日の休薬、毎週投与のGLP-1受容体作動薬なら1週間前からの休薬が推奨される。
・術当日に患者が腹部膨満感や嘔気、嘔吐を訴える場合は、予定手術の中止や延期を考慮する。また術者と相談し、誤嚥リスクを話し合った上で手術に進むかどうかの判断をする。
・術当日に、患者が上記の通りにGLP-1受容体作動薬を休薬していなかった場合、フルストマックと見なして周術期管理を行うか、gastric POCUSで適切に評価する。
・Gastric POCUSで胃内容物がなければ通常通り扱い、胃内容物があれば、予定手術を延期するか、フルストマックとして手術へ進むか術者と相談し判断をする。
徐々に学会からのガイダンスを始めとして情報が集まってきています。比較的新しい手段であるgastric POCUSは、GLP-1受容体作動薬内服の有無に関わらず疑わしい患者で、機器があるなら積極的に活用していきたいです。
追記
・2023年6月8日、APSFでも警鐘を促す症例報告の記事が出ました。
・2023年6月29日、ASA(米国麻酔科学会)からGLP-1受容体作動薬を用いた患者の術前管理についてのガイダンスが発表されました。
・Gastric POCUSの導入の記事を書いたのでご興味があればどうぞ。