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Look back on Paris2024 vol.4

追う側から追われる側へ。

パリ2024パラリンピック競技大会に出場するWC3 杉浦 佳子がパラサイクリングの世界に身を投じてからの彼女の立ち位置の変化は目まぐるしいものだった。

それは、東京大会での二冠のみに終わらないタイトルの数々が証明している。

世界各地での表彰台経験は数多く、2022年のロードレース世界選手権では虹もくぐった。決してまぐれではない、まさに女王の貫禄を見せつけた。

しかし、そんな杉浦の本質はチャレンジャーだ。自らの立場にあぐらをかいて誰かの挑戦を待つということはなく、常に新たな挑戦の舞台を求め続けるのが彼女のアイコンなのだ。

貪欲に、新たな挑戦を

そんな挑戦者の次なる目標が、トラック種目。東京大会ではロードレースで二つの金メダルの栄光を手にした杉浦だが、トラックでのメダル獲得はない。出国前の記者会見でも、トラックでのメダル獲得を目標にしていると語っていた杉浦は、大会1日目の女子 3000m個人パーシュート C1-3に臨む。

予選はイギリスのC2 ダフネ・シュレーガーと対戦する形で出走した杉浦は序盤をリードする展開でスタート。僅かにシュレーガーを上回るタイムで周回する杉浦。しかし後半、シュレーガーが加速し始める。

1000m時点を杉浦が1分19秒597で通過したのに対し、シュレーガーは1分19秒469。シュレーガーが僅差で逆転すると、その後は杉浦を上回るタイムでラップを重ねる。

杉浦を突き放すシュレーガーに対して、やや速度の落ち始めた杉浦。3分53秒549で5位入賞を果たしたが、目標にしていた決勝への進出は逃す結果となった。

「正直に言えば本当に残念です。この日のために、自分だけではなく、本当に色々な方々のサポートがあってのことだったので」

レース後、杉浦は悔しさを口にする。

今大会に向けてトラックの練習に力を注いだ杉浦。その言葉と努力が偽りでないことは、東京大会後の世界選手権で数回に渡り表彰台に登ったこと、そして2023年には同種目でアルカンシエルを着たことが物語っている。

今回も結果を見れば入賞を達成しており、タイムも決して悪いものではない。成長の手ごたえもあった。だからこそ、この結果は杉浦にとって悔しいものだった。

大会直前にぜんそくを患い、コンディションを落としていたという杉浦。今持っている力を100%発揮できるような体調管理が一番大事と出国前の記者会見で語っていただけに、その調整がうまくいかなかった歯がゆさもあるのだろう。

(選手からのコメントは パリ・パラリンピック トラック競技初日 個人パシュートで杉浦佳子5位 木村和平・三浦生誠ペア10位 - 自転車動画シクロチャンネル CYCLOCHANNELより引用)

不屈の精神

それでも、挑戦者は常に歩みを止めない。500m個人タイムトライアルに備え、杉浦は前を向く。

気持ちを切り替え挑んだ女子500m個人タイムトライアルC1-3。

予選は最終出走の第6組。杉浦は自身の持つ日本記録の更新と決勝出場を目指してスタートを切る。

予選は杉浦と同クラスのメル・ペンブル(カナダ)が、C1では銭 王偉(中国)がそれぞれ世界記録を更新するハイレベルな戦いとなるなか、杉浦もまた力を尽くした。

250m地点での計測で22秒116の3位と好調の滑り出しを見せる杉浦は、その後も力強く走り抜く。

決勝進出こそかなわなかったものの、杉浦は39秒449で7位に入賞した。これで杉浦は、出場したトラック種目の全てで入賞を果たすという成績を修めたことになった。

もちろん、杉浦が今大会のトラック種目において目指していたのはさらに高い場所である。メダル獲得を狙っていた杉浦にとって、この結果は納得のいくものではなかった。

しかし、挑戦はまだ続いている。杉浦を次に待ち受けるのは、ロードレース種目。この種目で東京大会の女王となった杉浦が、その座を守り切るということは大きな挑戦である。

女王の意地

トラックでの悔しさはロードで晴らす。

ディフェンディングチャンピオンとして挑むロードレース種目。その初戦は15名の選手と14.1㎞の距離を戦う女子個人ロードタイムトライアル C1-3から始まる。

53歳という年齢で挑む最年長記録の更新もまた、彼女にとって大事なチャレンジ。トラックからしばしの休息を挟んだ杉浦は、新たな挑戦に闘志を燃やす。

最終出走の杉浦は、5.8㎞の中間計測では8分10秒99で9位と、入賞が危ぶまれる位置で通過。登りの得意な杉浦は、決して今大会のような平坦基調のコースは得意ではない。

それでも必死にタイム差を詰める杉浦は、持ち前の粘り強さを見せる。

暫定8位に付けていたC2 ダニエラ・ムネヴァル(コロンビア)、暫定7位のC3 王 小梅(中国)、暫定6位のC3 クララ・ブラウン(アメリカ)を上回るペースに持ち直した杉浦は、22分28秒53でフィニッシュ。

結果は、6位入賞。王座防衛とはならなかった。

しかしレース後、「他の選手が強かった。C1、C2の選手がすごい勢いで強くなっていた」と各国の選手たちへのリスペクトを語る選手の表情は明るかった。

「自分としては、力はしっかり出し切った結果だったなと思っています」

出国前に語っていた、「今持っている力を100%発揮する」ことは、このレースでできたと杉浦は語る。

大会前の身体のコンディションの不調から、トラック種目での挫折によってメンタルにも影響が出ていた杉浦だったが、今回のレースを経てようやく好調の兆しが見えてきたようだった。

(選手からのコメントは パリ・パラリンピック ロード初日 個人TT 杉浦6位 藤田7位 川本8位 厳しい戦いも揃って入賞に漕ぎつける - 自転車動画シクロチャンネル CYCLOCHANNELより引用)

比類なき努力の証明

そして迎えた最終戦。56.8kmのコースで最速を競い合う女子個人ロードレースC1-3には、15名の選手が参戦。

出国前の記者会見で、「積極的にアタックをかけていきたい。アタックが決まったらそのシーンを見てほしい」とレースの見どころを語っていた杉浦。

その瞬間は、スタートと同時にやってきた。

スタートが切られると同時に強力選手によるアタックが発生。レース開始直後に作られた逃げ集団に杉浦も入り込むと、その位置を維持。先行したのは前回大会2位だったスウェーデンのC3 アンナ・ベクをはじめとする6名。

東京大会で表彰台を経験した選手が杉浦へのリベンジを果たそうと睨みを効かせる中、杉浦は一歩も引かなかった。

時には単騎の不利も厭わずに先頭で牽引し、足の強さを見せつける姿を見せる場面も。その動きについて、杉浦は語る。

「(コーチとの話の中で)このコースは、割とテクニカルなところがあるので、必ずコーナーあけにアタックがかかるだろうと。そこで後ろにいると前に追いつくのに脚を使う。

だから逆に自分が先頭で行って後ろに脚を使わせろ、と。後ろの選手に脚を使わせて、力をどんどん使わせて、最後に温存させないようにと走っていました」

要所でのアタックはことごとく杉浦の先行によって潰される。時に不敵な笑顔さえ浮かべ、力を見せつける杉浦を警戒してか、集団は大きな仕掛けが無いままじりじりと残り距離を消費して、コースを周回していく。

勝負はこの6名によるスプリントになるだろう。誰もがそう思っていた矢先、最終周回で杉浦が踏み込んだ。小柄な体躯で登りを得意とする杉浦は、フラットコースな今大会では不利。

それでも杉浦は、フィニッシュまで約2㎞地点にあるわずかな登坂でのチャンスを逃さなかった。

「先頭集団を3人に絞りたいなって思って、付いて来てくれそうなアンナ(ベク)とクララ(ブラウン)に、「私、ペースアップするから一緒に行こう」と声をかけて。

自分としては9割くらい。全力ではないけど9割。最終スプリントの脚は残せって言われていたので、できるだけシッティングで行き最後のスプリント分の脚だけは残しました」

この最終盤の局面にあっても、杉浦はいたってクレバーだった。杉浦のアタックは、オール・オア・ナッシングではなく、冷静にライバルの戦力を見定め、かつ自身の力を温存し、そして有利な状況を作り出すための計画的なもの。そしてその計略は見事に功を奏した。

2名が脱落した先頭集団。残るのは、スイスのフルリーナ・リグリング(C2)、アメリカのクララ・ブラウン(C3)、スウェーデンの アンナ・ベク(C3)、そして日本の杉浦 佳子(C3)。

ロード世界選手権での好調が著しいリグリング、ここまでチームメイトの協力を得ながら疲労を抑えてレースを進めたブラウン、そして東京大会の雪辱を果たそうと杉浦をマークするベク。誰が勝ってもおかしくないこのメンバーでの決着は小集団スプリントに。

まず飛び出したのはブラウンとリグリング。杉浦は二人の動きに反応して追従する形となった。しかし、今大会に向けてトラックにも注力してきた杉浦だからこそ、ゴール際の競り合いにも対応する用意があった。

今大会のトラック種目では辛酸を嘗めた。しかし、その努力は無駄ではないことをこのスプリントで証明する。トラックに費やした練習、そしてそこで得た技術をつぎ込んで、杉浦は風になる。

「この4人だったらどこで駆けようかと思った時に、残り180mかなって思ってたんですね。

でも、後ろをちらちら見ながら走っていたら残りまだ200mちょっとくらいの時に、チラッと駆け始めた選手が見えたので、これは先に行かなきゃな、と思って、そこで早いけど駆けました。

今までは早駆けすると大抵最後に抜かれていたので、早駆けする場合のスプリントの練習もして来ていて、300m、200m、150mと色んなパターンの練習をして来ました」

クララとフルリーナが先行する形から始まったスプリントは、コース左側から二人の動きを見て力強く踏み込んだ杉浦が、フィニッシュライン数百mで先頭に立つ。そのままペダルを踏み続け、前を譲らなかった杉浦は、接戦を僅かに勝る形で制した。

ゴールで待っていた沼部 早紀子ヘッドコーチをはじめとするスタッフに、何度も勝利を確認する杉浦。ようやく自身の勝利を確信した時、緊張した顔は崩れ、目には涙が浮かんでいた。

「なんかもう本当に特別です。嬉しいのとホッとしたのと混ざってます。もう絶対獲れないって思っていたのでまだ信じられなくて。

トラックが終わった時に、もう日本に帰りたい、この調子じゃとてもメダルは獲れない、私、ここに居て良いんだろうかって思っていたので」

レース後、今まで抑えてきた胸の内を明かす杉浦は、心底安堵したような表情だった。

今大会が始まってから不調に悩まされたこと、周囲からの強い期待がかかる中で結果が出せず期待に応えられなかったという無念の思いから、これでようやく解放されたのだ。

東京大会での同種目で金メダルを獲得した杉浦は、今大会で二連覇を達成した。最年長記録を更新したことも忘れてはいけない。

プレッシャーをはねのけ、比類なき努力を証明した杉浦は、表彰式でいつもの笑顔を見せてくれた。

人間的な弱さも、超人的な強さも。努力も挫折も等しく味わって、全てを受け止めて前に進むのが杉浦の、偉大なる挑戦はひとまず区切りを付けた。

今大会は杉浦にとって決して順風満帆ではなかったといえよう。

しかし、それでも彼女は笑う。山もあれば谷もあるレースを、一つの人生として見ているかのように謳歌し、涙と同じ数ほどチャーミングに笑うのだ。

(選手からのコメントは パリ・パラリンピック ロード最終日 個人ロードレース杉浦佳子がパラ連覇 涙の金メダル - 自転車動画シクロチャンネル CYCLOCHANNELより引用)

リザルト

杉浦佳子選手コメント

トラック競技でのメダル獲得を目標に頑張ってきたにも関わらず、予選敗退という結果に終わり打ちひしがれましたが、気持ちを切りかえて臨んだロードレースで金メダルを獲得! 最高のフィナーレを迎えられました。

このメダルは関わってくださった方々全員でとれたメダルです。最後まで支えていただきありがとうございました。

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