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オランダ鉄道であった本当の話。第5話:自転車泥棒ジャンキー

Aankomst(到着)
ある晩、大分遠くまで電車で行って、帰ってきた。駅を出て、疲れた足を引きずって、自転車置き場に向かった。最後の力を振り絞って、下宿まで自転車で帰ろう…と思いきや、とめてあったはずの自転車がない。何せ自転車大国のオランダ、しかも学生町の駅の自転車置き場だ。広いし、上下二段式になっているし、満杯である。頭が朦朧として、置き場所を勘違いしていたのでは、とうろうろ探したが、やはりない。逆流性食道炎の様なきゅーっとした焦燥感が、沸々とした怒りに変わる。Godver…(クッソ!)また、盗られてしまった。

オランダは、自転車に関しては治安が最悪である。町外れにある実家でも、父が家の前に納品された新品の自転車を30分放置しただけで盗られている。私が学生時代お世話になったライデン市では、5年間で6台盗られた。犯人はオランダの駅周辺に屯している浮浪者やジャンキーであることが多いが、中には自転車のカギを壊すことを趣味にしている悪い学生もいる。5年間に6台盗られたのは、私がよっぽどうっかりなのではないかと思われても仕方がない。確かに最初の自転車は、普通の後輪をフレームに固定する輪っかタイプのカギに、前輪とフレームに通して後輪の輪っか錠に繋げられるスマートなチェーンというごくごくスタンダードな鍵しかかけていなかった。

そうなのだ。オランダでは、自転車の前輪と後輪を両方施錠するのは当たり前。しかし、初代自転車は、チェーンを電柱などに括り付けていなかったので、そっくりそのまま持っていかれてしまったのだ。オランダの殆どの駅の自転車置き場は、自転車盗難の展示会の様な光景となっている。自転車ラックに施錠された前輪のみが寂しく残っていたり、ばっちり前輪・後輪を施錠されていても、腹いせのようにサドルだけ盗られていたり。そんな訳で、私の6台の自転車たちは、代を変えるごとに自転車自体の価格は低く、鍵とチェーンの値段が高くなっていった。

その晩盗られた自転車も何代目だったかは忘れたが、とにかく最後の方だったので誰がこんなオンボロ欲しがるもんか!という代物に、分不相応に立派なチェーンがかけられていたのは確かだ。にもかかわらず、盗まれてしまっていた。怒りが湧いた後に残った脱力感を携え、自転車置き場を後にした時には、もう12時を回っていた。下宿方面のバスは、もうない。重い足取りで徒歩1時間あまりの道のりを歩き出すと、やたらに陽気なジャンキーに声をかけられた。

「ちょっと、そこの人。自転車買わない?たったの5ユーロだよ!」

もしや!と思って思わず振り返ったが、私の自転車ではなかった。ちょっとした期待と怒りと安堵が入り混じった感情が落ち着くと、理性が働いた。確かに自転車5ユーロ(感覚的には500円)は安い。けれど、それを買うわけにはいかなかった。振り返って自転車を見てしまったので、明るいジャンキーを無視して通り過ぎるわけにもいかず、ため息交じりにこう言った。

「生憎だけと、お宅の同業者にやられたばかりの身なので、そちらのビジネスを助長する訳にはいきません。」

しかし、ジャンキーは全く動じず、けらけらと笑った。

「心配ご無用!この自転車はライデンじゃなくて、隣村のカットワイクから盗ってきたから!」

もう、呆れて物も言えなかった。

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